第5話 名前

はい。ペットボトルの俺です。

色々限界だったのだろう。

俺を強く胸に抱き、ただただ呆然と状況を眺めていたベリト姉は、

病的な空笑いを浮かべながら気を失った。


「瓶がなんか言ってる……妹の魔法がすごい……夢、これは夢……。

うぅん……」


気を失いつつも、なんかぶつぶつ言っているので、一応大丈夫ではあるのだろうが……。


「……ぅん、はぁ……」


……高揚した表情や、吐息がエロすぎて直視できないのが難点だ。

動けないので胸元にギュッと抱きしめられている状況でも、何ができるというわけでもないのだが。

というかレザーアーマーの上からギュっとされても、あまりうれしくない。

もちろん美人にギュッとされていること自体、非常に好ましいことではあるのだが……。

ベリトと違ってお姉さんのほうは……なんというか……鎧の上からでもわかるくらいぺったんというか。どこがとは言わないけど。


「うん? なぁに?」

「いや、何でもない……」


俺の視線に気づいたのか、思考が漏れたのか分からないが、ベリトが可愛い仕草で首をかしげる。

その視線から逃げるように、俺はもう一度ベリト姉を【鑑定】する。


状態:麻痺・劣情


麻痺毒と一緒に媚薬的なものを撃ち込まれたのだろう。

ベリトが間に合ってなかったらどんな目に遭っていたのか……。

想像することすらおぞましい。

とはいえ、俺のコーラは体力回復に特化していたよな。

状態異常に特化したり複数効果があったりするのか?

そのへんどうなんです? 先生?


『スキルで生成される液体は、イメージを明確にすることで効果のタイプを

 ある程度変えることができます! -女神ペディア-』


ほう。ということは、解毒に効きそうなコーラを頭に浮かべて生成すると、

なにか変化するのか。

ということで早速考えてみる。

解毒ってことは……うーん? 特保とか? でも脂肪の吸収を減らすのと毒を減らすのは違うか?

などと唸ってると、MPを消費する感覚とともに体の形が変わる。


「って……コーラじゃない!? ドクペじゃん!?」


紫のラベルに愉快そうなイラスト。

独特のフレーバーに極端な好き嫌いが必ずと言っていいほど発生する、

コーラよりも早く登場し、客層的にもリアルにも古来からコーラと

戦争していたあの!


『カテゴリー的に同社製品なので問題ありません! -女神ペディア-』


あ、はい。


この辺を突っ込むと色々ヤバそうなので、俺は早々にできたドクペの効果を

確認する。


効果:回復(微) 解毒(小)


回復の効果が(微)だし、解毒の効果が(小)なのが気になるけど、ベリトの時のコーラ同様、試してみないと効果が分からない。

人体実験みたいでちょっと申し訳ない気持ちになるけど、こればかりは仕方がない。


「ベリト。お姉さんがヤバい状態異常になってるから、気を失ってるうちにお前が飲ませてやれ」

「え、ヤバいの!? わかった、任せて!」


俺の言葉に、ベリトが慌てて俺を掴んでから、こてんと首を傾げる。


「あれ、瓶さんの模様がなんか違う……?」


自分が飲んだ時と違う姿が不思議に思えたのだろうか、ベリトが俺をまじまじと眺める。


「骨折もないし、体力よりも毒を消したほうがいいかと思って、効果を変えてみたらこうなった」


「ふぅん? なんかよくわからないけどわかった」


よくわかってなさそうなことを言いながら、俺のキャップを開け、姉の口に

ドリンクを流し込む。


「んぅ、ううぅん……こく、こく……はぁ……んうぅん……」


炭酸500mlを一気に飲ますとかどんな拷問だよ!と思いながら、俺はベリト姉の様子を鑑定で見守る。


「はふ……ちゅ……ん、こく…こく……ん……」


しかしエロい。

口の端から漏れ出たドリンクがつぃ~と流れる様とか、生成されたドクペの色が白くなくて良かったと本気で思う。

などど考えながら見ていたら、500mlのドクペは無事(?)にベリト姉に飲み干された。

しっかし、よく噴出さずに飲み干せるな。普通に考えたら、某コーラ一気飲み芸人みたいになりそうなもんだが。


『それはそれ、乙女の意地ってやつですよ! -女神ペディア-』


そ、そうか。乙女の意地なら仕方がないな。


「うぅん……なんかしゅわしゅわするぅ~……」


どっかで聞いたような寝言を発しながら、次第によくなっていく顔色を見て、俺はもう一度鑑定をかける。


フィル・ベイシュタイン(女/15)剣士(双剣)

Lv:8

スキル:双剣:Lv:1

ギフト:(隠匿)

状態:衰弱


どうやらこのお姉さんはギフトを持っているらしい。

ギフトが(隠匿)になってるのが気になるけど……人様のステータスを覗き見てるのだ、あまり詮索はよくないと思う。

とりあえず、状態異常は消えたのは確認できたし、はじめは一桁だったHPも回復したのでもう大丈夫だろう。

てかレベルたっかいな。ベリトのレベルなんて3だったのに。


「ねぇ、瓶さん……お姉ちゃんは……?」

「うん? もう大丈夫だよ」

「ホントに?」

「ああ。毒の効果は消えたし、衰弱はまだ残ってるけど、HPはかなり回復してるから大丈夫だろう」


そう俺が言うと、ベリトの瞳に涙が浮かぶ。


「ぐすっ、よかった、よかったよぉ~……」


俺を胸に抱き、嗚咽を漏らすベリト。

ローブの上からでもわかる豊満な胸に抱かれ、俺は感触を味わえない身体を恨みつつも、やはり女の子に抱きしめられて悪い気がしないので、そのままされるがままにベリトを見る。

顔は涙でぐちゃぐやだし、鼻水御垂らしてるからきちゃないけど……それでもかわいいのほうが先立つ分、美人は得だよなぁ、としみじみ思う。


「そういや、こいつが出てきた遺跡とやらはここから近いのか?」

「ぐす、うぅ~ん、そんなに離れてはいないはずだけど……走り回ったからどこかまではちょっと……」

「それならさっさとここから離れたほうがいいな。お姉さん…えっと お前担げるか?」

「ポーションの効果がまだ効いてるから大丈夫。あんまり力はないほうだけど頑張る」

「ポーションじゃなくてジュースな」

「そうなの? あんなしゅわしゅわしたジュースなんてあるの? あたし他に知らないよ?」

「俺の世界には割とありふれてるぞ」

「へぇ、そうなんだ……んしょ……わ、お姉ちゃん軽い! あたし力持ち!」

「お、おぉぉぉ……」


フィルを背負ったベリトがなぜか嬉しそうにはしゃぐ。

俺はというと…再びベリトの放漫な胸の谷間に収まっていた。

両手が使えないから当然……なのかはわからないけど。

疎の温もりも感触も匂いすら感じられないこの身体がただただ恨めしいっ!!


「……なんか瓶さんから、邪な念が届くんだけど?」

「きのせいじゃないか?」

「ふぅん? まぁいいけど。お礼の意味もあるし」

「おう、なかなかいいお礼だ」

「あはは、エッチだなぁ、瓶さん」

「転生元は男だしな、仕方ない、そのへんは許せ」

「ううん、瓶さんなら別にいいよ! というか瓶なのが惜しい!」

「うん? 何が惜しいんだ?」

「なんでもなーい」


なぜか上機嫌のベリト。

時々邪魔な木々を炎魔法で焼き払いながら、鼻歌交じりに森を進む。

炎魔法の効果が凄すぎて、枝払いというよりは地形毎削り取ってる感じだが……。

俺は何気にベリトを鑑定してみる。


ベリト・ベイシュタイン(女/14)

魔法使い:Lv15


「お、おいベリト!」

「ん~? なぁに~?」

「お前、なんかレベルがすっげー上がってる!」

「ほぇ?」

「Lv15になってるぞ」

「えぇ!?」


俺の言葉に驚きの声を上げる。


「まだブーストの効果が残ってるからあれだけど、パラメータなんか軒並み20近く上がってる。知力なんてなぜか50だぞ」

「ちょっと! なんでなぜかなの!?」

「だって、なぁ?」

「なぁじゃないよもう! あたし結構賢いんだよ!?」

「えぇ?」

「瓶さん失礼だよ!」


ぷんすか怒りながら、ふと真面目な顔をして呪文を唱える。


「ファイアアロー!」


初級の炎魔法が巨大な矢になって森を吹き飛ばす。


「これ、レベルが上がったからおっきい魔法になったのかなぁ?」

「パラメータのブーストがヤバいってのもあると思う。なんせ今のお前の知力は50+50で100だ」

「ん~? 100ってすごいのかなぁ?」

「確かLv3の時は14だった」

「それはすごいねぇ~」


まるで他人事のように笑うベリト。


「お前ら姉妹しかパラメータを見てないからな。平均的なパラメータとか分からんから何とも言えないけど……ブーストが消えてもそこらの魔法使いよりは強いと思うぞ」

「えっとね、人間族の平均パラメータは10くらいだって聞いたことがあるよ?」

「そうなのか」

「職業や経験でも変わるって聞いたけど、種族としては8から10くらいみたい」


ということは別の種族は平均パラメータが違うのかな。エルフとかはDEXとかAGIが高そうだしなぁ。


「それを踏まえると……一般人の10倍は凄いってことになるな」

「うーん、実感わかないなぁ~」


多分だけど、高レベルの魔物を倒したから急激にレベルが上がったと思われる。


「ちなみにベリト姉はLv8だが……もしかして上がってるか?」

「お姉ちゃんはLv6だったから……2つも上がってるね!」


うん? ということは、ベリト姉の習得経験値はベリトより少なかったってことか?


『パラメータを付与された対象は、割合によって習得経験値が増えます!

 -女神ペディア-』


俺の疑問に先生が答えてくれる。

なるほど、今のベリトは俺のブーストをフルで受けてるから経験値が馬鹿みたいに跳ね上がってことか。

逆にベリト姉は通常の経験値しか習得できなかったと。

経験値の分配方法が分かればいろいろやりやすいかもしれないけど……。

まぁ、その辺はおいおいだな。

俺のコーラを飲んで格上パワーレベリングをすれば、レベルなんてポンポン上がるっていうことが分かっただけでも僥倖だろう。

そうなると……うん、俺の存在はかなーりヤバいってことになる。

この効果を権力者なんかに知られたら……国の戦力強化に使われて戦乱の幕開けとかになる可能性だってある。

俺の能力がばれる事だけは避けないと。

とりあえずは善良な瓶の振りでもしておこう。うん。


「……瓶さん?」

「ん?」

「なんか難しいことを考えてるような気がした」

「そ、そうか?」

「瓶さんは、あたしとお姉ちゃんの命の恩人だから……何かあるなら、あたしにできることならなんでもするよ」

「なんでもとな?」

「うん、なんでも!」


そう言って飛び切りの笑顔になるベリト。

いかん。お約束の返しを純粋な行為で返されると邪念が浄化されていく気分になる。

しかも今の俺はペットボトルだ。ナニがナニをっていうのも、まったくの無意味だしな。

うん。悔しくなんかないぞ。


「はは、そうだな……ちょっと考えさせてくれ。とにかく森を出ちまおう」

「うんっ」


ベリトが嬉しそうに笑う。


「そういや、お前たちはなんでこの森に入ったんだ?」

「ええとね、孤児院で病気が凄くてね。薬草を摘みに来たんだー」

「孤児院?」

「うん。あたしとお姉ちゃんがお世話になってるところなんだ。何日か前から風邪が流行しちゃって、お薬を買うのも高いから」

「そうなのか……」


少し困ったように笑うベリトを見る限り、孤児院の経営は厳しいのだろうと思う。


「孤児院ね、普段は寄付金で経営してるんだけど……今はちょっとトラブってて、全然お金がないんだぁ、えへへ」

「領主とかは助けてくれないのか?」

「寄付金は善意だし、もらえるだけありがたいんだよ。あ、でも今はあたしやお姉ちゃんが冒険者になったから、経営を立て直そうって頑張ってるんだ」

「お前のレベルを見る限り…冒険者だってなり立てなんじゃないのか?」

「……私は、冒険者じゃなくて見習いなんだけどね」


聞く限り、どうやら冒険者として登録できるのは15歳からで、ベリト姉が15歳になったと同時に登録して、まだ15歳に満たないベリトは見習いとして姉に従事しているらしい。


「だからまだ、近場の採取クエストしか受けられなくて。もちろんあんな魔物が出てくる怖い場所じゃなかったはずなんだけど」

「その辺はトレイン行為してきた屑野郎が関係してるのかもしれないな」


この世界のギルドがどういうものかはわからないけど、どちらにしろ、この件は冒険者ギルドに報告して、上の指示を仰ぐのが一番じゃないかと思う。

少なくとも新米冒険者には手に余る案件だろう。

そういや、ギルドに報告するためにマンティコアの尾を回収してたな。

俺はベリトの腰袋に押し込まれた蠍の尻尾に意識を向ける。


『【マンティコアの尾】ランク:A

 老齢マンティコアの尾。老齢固体は数が少なく、討伐も稀なため価値は

 非常に高い。

 各種毒を抽出できるうえ、特殊な武器の素材にもなる。

 超強力な精力剤が生成できる。貴族世界では垂涎の素材。

 夜のお勤めご苦労様! -女神ペディア-』


精力剤て……。

まぁ、ベリト姉の状態異常を見る限りヤバそうな感じだったし、そういう効果はありそうだけど……。

それにしても素材とか道具に対しての鑑定は割ときっちりできるのな。

女神ペディア先生の口調が敬語だったり無かったりするのが気になるところだ。

音声ガイドの声は一律同じなんだけどなぁ。どういうことなんだろ?


『君のような勘のいい転生者は嫌いだよ! -女神ペディア-』


「おいこらそれは悪役のセリフだろ!?」

「ふぇ、悪役って?」


思わず漏れたツッコミにびっくりしたベリトが俺を見る。


「ああいや、すまん、何でもない」


いかん。このままだと俺、ツッコミ要員になっちまう。

先生へのツッコミは心の中でしようと心に決めたのだった。


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