第30話 発熱

 その日の夜、流川さんは熱を出した。


 体温計で計ってみると、表示は38℃半ば。


 昼間はあんなに元気だったのに、嘘みたいだ。


 僕は彼女を二階の寝室まで連れて行き、ベッドの上に寝かせてあげた。


 そして、小さめの透明なビニール袋に氷を詰め、それをハンドタオルにくるんで額に乗せる。


 流川さんは夕飯もまだ食べていない。


 苦しくても、何か少しくらい口にしないと栄養が摂れない。


 栄養が摂れないと回復が遅くなるし、僕は見様見真似で簡単な白粥を作り、冷蔵庫にあったりんごをすりおろし、食べやすいようにしてから流川さんの元へ持って行く。


 ただ、本当のところは何となく僕も気付いていた。


 こうして看病をしてあげたところで、彼女の容態は根本的に良くならない。


 それどころか、この発熱した状況は、流川さんの寿命のカウントダウンが近付いてきていることをハッキリと知らせてくれているだけじゃないのか。


 彼女はこのまま亡くなってしまうのではないか。


 そんな不安が、僕を圧し潰すかのように襲い掛かってくる。


 嫌だ、と心の中で訴えても、現実は一向に良くならない。


 これ以上、僕は流川さんの元にいるべきじゃない。


 そんなことはわかってる。


 わかってるけど、それでも僕は彼女の元へ行き、作ったものを少しでも食べてくれるようお願いした。


 それだけだ。


 それだけして、部屋から出ようとする。


 が、残念ながらそれは叶わなかった。


 僕は、彼女のか細くて弱りきった声に呼び止められる。


 すぐに横たわっている流川さんの方を見やった。





「……共……ここに……いて……?」





 力なく差されている指の方向は、ベッドの傍にあった簡易椅子。


 そこでずっと見守っていて欲しい。


 きっと流川さんはそう言いたいんだろう。


 僕は一瞬ためらったものの、彼女の言うことに従った。


 そもそも約束したんだ。最後まで一緒に過ごすって。


「だいじょうぶ……だよ……。こんな熱……すぐに治ると思うから……」


「…………うん……」


「作ってくれた……このお粥も……美味しい…………共……料理……上手だね…………」


「そんなことないよ。限られてる。作れるものなんて」


「……もっと食べたい……共の作ってくれたもの……いろいろ……」


「いいよ。作る。君の言うものだったら、僕は何でも作る」


 僕がそう言うと、流川さんは苦しいはずなのに笑みを浮かべる。


 そして、返してくれた。





「共は……本当に……私のことが……好き……なんだね……」





 好きだ。


 何度だって言える。


 僕は君のことが好き。


 好きだから、ずっと君のことを心置きなく見つめていたい。


 もしも君が生まれ変わったとするならば、今度は君のことを見つめていられるように。


 見つめながら、ずっとずっと、好きって言ってあげられるように。


 流れ星な君にお願いする。


 願い事がころころ変わってごめん。


 謝った。


 謝ると、彼女は赤い顔のまま、ゆっくりと首を横に振った。大丈夫だよ、と。


「私は……私の思う流れ星に……なれないみたい……。共のお願い……全部は……叶えられそうにないや……」


「いいよ、そんなの。全部なんて無理だ。そもそも流れ星は全部のお願いなんて叶えられる力を持ってないだろうし、流れてる最中に三回も願い事を唱えないといけない。一つでも難しいんだよ。本来は。だからいい。大丈夫だよ、流川さん。悪いのは僕だ。願い事が変わり過ぎる僕」


「……でも……私は……君のお願いを……叶えてあげたかった……。全部……ほんとうに……ぜんぶ……」


 声が小さくなっていく。


 流川さんの目も閉じられ始め、僕の心臓は一際大きく跳ね出す。


「流川さん……! それよりももう……!」


「うん……寝るね……。さすがに……きついや……」


「っ……!」


「また……あした……ね」


 小さい声で言って、彼女はすぐに眠りについた。


 僕は、しばらくその場に立ち尽くし、流川さんの寝息を確認して、手を握って自分の顔をベッドに伏せるのだった。

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