第9話

 夜になって、二人は浜辺で並んで座っていた。目の前では、石を円状に積みあげて作った手製のかまどの中で、ぱちぱちと音を立てながら木枝が燃えている。腹も膨れ、温度も心地よく、二人は遭難しているとは思えないほどの心地良さの中、語り合っていた。


「本当に、火があるのはありがたいな。リッカが目覚めるまでの間に過ごした明かり一つない夜は、闇と言っても過言ではないものだったぞ」


「明かりの大切さが身に染みるね。火の起こし方は知っていればそう難しいものでもないし、ラルデアランにも教えてあげるよ」


「おお、それは助かるな。野戦などで役に立ちそうだ」


「その代わりと言っては何だけど、ラルデアラン。俺には戦闘技術を教えてもらえないか?」


「ああ、構わんぞ。それと、リッカ。俺のことはラルド、でいい。親しい者は、皆そう呼ぶからな」


「分かった、ラルド。王国最強の戦士に認められたようで、なんだか嬉しいな」


「何を言っている。お前がいなければ、俺は確実に死んでいたのだ。戦艦の時もそうだし、この無人島においてもそうだ。お前がいなければ、夜の闇に気を狂わせていただろうし、食べ物だって得られなかった。まあ、餓死する前に毒を喰らって死んでいただろうがな」


 ラルドは大口を開けて笑った。一しきり笑い終えると、真剣な眼差しを田舎から出て来た青年に向けて、深々と頭を垂れた。


「本当に、感謝している。思えばあの時、俺は強大な魔族に対して恐怖し、絶望していたのだと思う。誇り高い死などではなく、ただ恐ろしくて身体が動かなかったのだ」


 他の皆もそうだったのだろう。ラルドは、そう付け加えた。


 ラルドは戦士としてなんと恥さらしな、そう思っていたが、戦士ではないリッカは、自分よりも遥かに強い人でも自分と同じように恐怖するのだと、少し安心するところがあった。ラルドに言うと戦士としての矜持を傷つけてしまいかねないので、リッカは黙って凪いでいる海を眺めていた。


 ラルドが顔を上げると、真剣な顔立ちから神妙な顔つきへと変わった。目前の青年の目が、海を見ているとは思えなかったからだ。どこか、遠い何かを見ているような、物悲しさを感じる。


「リッカよ。俺がイフリート捜索隊に参列したのは、国王の命令があったからなのだ。このような重大な任務に、国王自らが俺を指名してくれてな、とても嬉しかった」


 突然語りを始めたラルドに、リッカは不思議そうな顔を向ける。


「国王の期待に応えるため、そしてこの国を守るため、なんとしてでもやり遂げてやると、意気込んでいた。まあ、結果はこのざまだが。どうだ? よかったら、お前のことも教えてくれないか?」


 各地から集まって来た者たちは、リッカを除いた全員が名のある者たちだった。武芸大会のチャンピオンや、伝説と称される大魔導士。ある剣術の伝承者や、神話を追い求める凄腕のハンターなど。

 各人ともに目的があり、報奨金であったり、更に腕を磨くためであったり、神話の解明をするためであったり、様々である。しかしその目的を達成させられる自信があったのは、自分たちにそれを実現する力があると自負していからだ。


 しかし、リッカはどうだろう。


 確かに、さっきの果実拾いの際に見せた俊敏性には目を見張るものがあるし、ラルドを背負った膂力も凄まじかった。だがそれは、それだけなのであって、対戦闘となれば、捜索隊に加わっていた者たち誰しもが、一撃でリッカを粉砕してしまえるだろう。実際のところ、申し訳ないながらラルドにもその自信はある。


 自分の力量を把握出来きない無能にも見えないし、となれば、なんとしてでも達成しなければならない目的が、イフリート捜索にあったのだろうか。


 ラルドは、隣に座る気の良い青年の真意を知りたくなった。


「構わないけど、つまらない話だと思うよ」


「別に面白いことを期待しているわけではない。ただ、お前という男を知りたくなったのだ」


 熱い眼差しを向けるラルド。リッカは思わず微笑を漏らして、また海へと視線を向けた。


「死んでしまいたかったんだ」


「――なに!?」


 思いがけない解答に、ラルドは困惑の叫びをあげた。獣の声一つない静かな夜に、大男の叫びがゆっくりと響き渡っていく。


「しかし、お前は俺に死ぬなと言ってくれたではないか!? 生への執着を、教えてくれたではないか!?」


 まるで叱責するようであった。怒りがあるわけでもなく、軽蔑しているわけでもない。自分を救ってくれた男の発言が、なんとも言えない気持ちにさせていた。


「死ぬことを望んで、いや、正確に言えば、どうにでもなってくれという思いで参加したのかな。でも、本当に死に直面して、一気に死ぬことが恐くなった。なんとしてでも生きたい、っていう思いが強くなったんだ。だから、ラルドたちの姿勢に少し腹が立ってしまったんだと思う」


 狩人としての本能。獣と対峙して命のやり取りを行っていたリッカには、危機的状況の際における生への執着が、人一倍強かった。それが、巨大な魔族に出会ったことで表面に出て来たのだろう。


「なるほど。死に直面して、本来のリッカに戻ったといったところか。しかしなにがあったのだ? そんなお前が、死への恐怖を忘れるようになるなど、よっぽどのことがあったのだろう?」


 リッカは一度、深く息を吐いた。そして、覚悟を決めるようにして言葉を発する。あの日見た光景を、これまで決して口にはしてこなかった。頭の中で、言葉にすることもなかった。

 そうすると、現実を認識しなければいけなかったから――。


「俺が山に狩りに行って、戻って来たら――俺の家族を含めて、村人全員が殺されていたんだ」

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