第140話 《メタノール(CH4O)》

「……。兄……? 人造人間ホムンクルスたるウミヘビに、兄弟が……?」

「いるよぉ? 人間の定義する兄弟とはちょっと違うけどねぇ」


 人造人間ホムンクルスに『兄弟』という概念がある事実はなかなか衝撃的で、モーズの酔いが冷めてゆく。


「人間の定義とは異なる兄弟……。非常に気になるのだが、訊いてもよいだろうか?」

「クスシの言うことは何だって聞くよぉ? と言っても僕も専門的なことはわからないけど、このぉ〜肉体? の情報が同じなんだっけなぁ? 人間の一卵性双生児に近い感じぃ?」


 アセトアルデヒドは胸元に手を当てて、あやふやながらも兄弟の定義を伝えてくれた。

 肉体の情報が同じ。人間で言う一卵性双生児に近い。

 それらの情報から推察するに、同じ遺伝子を持つ者を『兄弟』と呼んでいるのだろう。しかし親が存在しない人造人間ホムンクルスが遺伝子を共有すると言うのも妙な話だ。

 モーズはウミヘビがどう産まれてくるのか未だ知らないが、恐らく1つのに当たる物を分割した後、人の形になるまで成長させたのでは、という考察を回らない頭でぼんやり考えた。


「アセト、本題からズレてっぞ」

「あっ、そうだねぇニコ。えっとねぇ、さっきは僕の兄ちゃんに会う? って言ったけど、正確には兄ちゃんといつも一緒にいるウミヘビの方に新人さんを会わせたいんだぁ」

「そのウミヘビは、一体?」

「ホルムの兄ちゃんだよ」


 アセトアルデヒドと同じく、ホルムアルデヒドにも兄がいる。

 そう教えてくれた彼はそのまま、兄の名前まで喋ってくれた。


「名前は、《メタノール(CH4O)》。きっと新人さんも、よく知っている毒素だろうねぇ」


 ◇


 アセトアルデヒドが携帯端末で呼び出せば、20分後には地下バーに兄はやって来てくれた。

 1人はアセトアルデヒドと同じく橙色の髪をしていて、顔付きも非常によく似たウミヘビ。確かに双子のように見える。だが色素以外、見目も声音も複製したかの如く似ているタリウム、カリウム、ナトリウムらのような瓜二つさとは違う。

 何せアセトアルデヒドの兄という彼は、14歳ぐらいの幼い見目をしていたのだから。


(弟、ではないのだな?)


 彼に連れられて来たもう1人のウミヘビも14歳ぐらいの幼い見目をしている。ホルムアルデヒドと異なりくすんだ千草色の髪はしていないが、淡青色と近い色合いをしている。

 ただそのウミヘビの目元は藍色の大きなリボンで覆われていて、瞳を確認する事ができない。しかも彼の右手には白杖が握られている。

 ――盲目なのだと、一目でわかった。


「初めまして、モーズさま。ボクの名前は《メタノール(CH4O)》。どうぞ、よろしくお願いします」


 礼儀正しく自己紹介をしてきた盲目のウミヘビ、メタノールに、モーズも席から立って胸元に手を当て頭を下げる。


「初めまして、メタノール。隣の方の名前も伺っても?」

「察しが悪いクスシだねぇ。いいけどさぁ」


 モーズの側まで持って来た木製椅子にメタノールが座れるよう介助をしながら、アセトアルデヒドの兄も自身の名を名乗った。


「オレは《エタノール(C2H6O)》。アルコール、って呼んでくれてもいいよぉ?」


 エタノール。モーズがさっきまで浴びるように呑んでいた酒、そのもの。尿素カルバミドと同じく毒性は低いが、彼また有毒人種ウミヘビとして存在していたようだ。

 そして兄2人の共通点は、弟2人の毒素が変質するの状態だという事。原料と言ってもいい。メタノールが酸化すればホルムアルデヒドに、エタノールが酸化すればアセトアルデヒドへと変質する。もしかするとウミヘビが兄として産まれる経緯は、その反応式と関係しているかもしれない。

 しかしあまり考察ばかりすると本題から逸れてしまうので、モーズは一旦、『兄弟』の定義については頭の隅に追いやる事とした。


「それにしても兄だというのに幼い見目とは、些か混乱してしまうな」

「ウミヘビは外見年齢と実年齢関係ないからねぇ。人間の兄弟とはまた違うんだしぃ?」


 ケッ、と露骨に嫌そうな顔をしたエタノールも木製椅子に座った所で、メタノールが元気よく話し始める。


「弟の話を聞きたいと伺いましたっ。何なりとご質問を……」

「その前に、メタノールの事について訊いていいだろうか?」

「はい、どうぞっ」

「そのは……?」


 ウミヘビには強い再生能力がある。ニコチン曰く高所落下の衝撃を受けてでも再生できるレベルの。

 ならばメタノールの目は産まれた時、いや造られた時からの障害なのかと、モーズは気になったのだ。


「見えておりません。ボクは、盲目なんです。正確に言うと、


 モーズの意図を汲んでくれたのか、メタノールはそう答えてくれた。

 先天的ではなく、後天的なものだと。

 つまりウミヘビでも再生が叶わない傷を負う事が、あるのだと。


「差し支えなければ、理由を伺ってもよいだろうか?」

「初対面で訊くぅ!?」

「エッちゃん、いいよ。人間は気になってしまうものだから」


 エタノールことエッちゃんを宥めながら、メタノールは話を続ける。


「ボクは数年前。遠征先での菌床処分の際に、毒素を使い過ぎて中毒症状に陥ってしまいました。ボクの毒素の解毒及び中和を担当してくれているエタノールの手で一命を取り留めはしましたが、元には戻り切らず……。この目は、ボクの力不足が招いた結果です」

「それは違うよっ! あの日はオレが……っ!」

「エッちゃん」


 メタノールに名前を呼ばれ、暗に喋らないで欲しいと言われてしまったエタノールは、ぐっと唇を噛んで顔をそらした。

 メタノール中毒の解毒にはエタノールが使われる。そしてウミヘビも毒素を製成し続ければ自身の毒素に【器】が耐え切れなくなり、最悪の場合は命を落とす。きっとエタノールは中毒に落ち至ったメタノールを解毒して、彼の命を救ったと思われる。

 だが命を落とすまでいかなくとも、とても重い後遺症が残る事もあるのかと、以前、中毒症状に陥らせてしまったニコチンも一歩間違えば全快できなかった可能性があったのかと、モーズは飲酒によって上がっていた体温が下がっていくのを感じた。


「でも悲観する事はありません! 遠征に呼ばれる事はなくなりましたが、それは戦闘の危険がなくなるのと同じ事です! またラボは、盲目のボクでも出来るお役目を用意してくださった!」


 メタノールははきはきと、外見年齢の幼さ相応に元気いっぱい喋る。


「飼育室のアイギスのお世話をしているのはボクなんです。エッちゃんの助けも借りてですけど。アイギスはですね、ふふ、ボクの電気信号を読み取ってコミュニケーションを取ってくれるんですよ? だからとても充実した日々を過ごせています!」


 ぎゅっと、白衣の裾を掴んで。


「……なので憐れまれる方が、ボクは辛いです」


 そして健気に笑うメタノールに、モーズは胸が苦しくなる感覚を覚えたのだった。




 ▼△▼


補足

メタノール(CH4O)

別名、メチルアルコール、木精など


アルコール』で覚えよう、と学校で習った方もいるだろう日本では劇物に指定されている毒。

ちなみに引火しやすい性質もある。

先述の覚え方の通り、メタノールをエタノールの代わりに摂取すると失明の危険があり、飲み過ぎれば死に至る。決してアルコールとして扱ってはいけない(※アメリカで禁酒法が蔓延っていた時代は飲まれていたとかいなかったとか)


見た目

メタノール自体は無色透明の液体で特異な香りがする。淡青色の髪は炎色反応から。

藍色のリボンは似合いそうだな、という理由で巻いているだけで特に深い意味はない。



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