第六章  恋⬛︎⬛︎乙女荵ウ縺ョ謌螟ァ――改め、アメリカ遠征編

第100話 健康管理

 国連警察がアバトンを去ってから、5日後の朝。モーズがオフィウクス・ラボに入所してから丁度2週間目。

 モーズは寄宿舎の自室で非常に険しい顔をして――体重計に乗っていた。


「……89.6キロ、か」


 起床してから朝食も水も取らず、ただトイレは済ませ、なるべく誤差が出ないようにと下着以外の衣服は脱いだ上で行った体重測定。

 その画面に表示された数字は90手前まできていた。


「昨日から0.1キロ増量。3ヶ月前から4キロ増量。珊瑚症に罹患する直前に当たる6年前の健康診断時は66.2キロだったから、そこから計算すると23.4キロの増量……。身長は180センチと変わりなし。……ううむ」


 モーズは自身の薄い腹を眺め、悩ましげな声をあげる。

 その腹部の肌は、全体の面積の6割が薄っすらと赤く変色していた。


(重量系のアスリートならば、180センチの100キロ超えも珍しくない、が。いや、それでも90キロ目前にいるのは……。私の場合、筋肉の重さで決してないのだし)


 モーズは筋肉質な体型という訳ではないが、決して肥満体型ではない。寧ろどちらかと言えば痩せ型で、余分な肉はついていないか足りないぐらいだ。よって体重計が示す重さは、脂肪ではない。

 これは、全身に蔓延る寄生菌『珊瑚』の重さだ。

 ちなみにモーズの身体に寄生しているアイギスの重さは500グラム程と、非常に軽いので計算上は除外している。


(180センチの身長に対する理想体重は約70キロ。そこから随分と掛け離れてしまったな。しかし不思議な事に身体の重さはあまり感じていない。以前より疲れやすくなったとかもない。パラス国のエールコレ街道で走った時も平気だった。それよりも関節が少し動かし難くなっている方が気になるな)


 だがここ数ヶ月で体重の増量スピードが上がってきているのは無視出来ない。体重が増えれば増えるほど、体内の『珊瑚』が増殖している証なのだから。

 尤も体重とは毎日変動するもので、胃の内容物や体調や水分補給の具合によっても簡単に変動する為、これだけで珊瑚症の進行度を決め付ける事は出来ない。が、一つの目安になる。なのでモーズは体重を計るのが日課となっていた。


「一応、BIA(生体電気抵抗インピーダンス)もやっておくか……」


 BIAこと生体電気抵抗インピーダンス。脂肪と筋肉の電気抵抗の差を利用し、身体に微弱な電気を流して体脂肪率を導き出す測定方法である。

 尤もこの測定方法もその日の体調によって変動が大きいうえ、身体に寄生する『珊瑚』を完全に除いての測定は出来ないので、これもあくまで目安を計る為に行う事だ。

 モーズは黙々と体重計を操作してそれを計った。


「ふむ。体脂肪率、7パーセント……。……7!? 嘘だろう!? 前は12だった筈だが!? ああああ、シスターやフランチェスコにバレたら『肉を食え』と命じられる値……!」


 想定外の数字が導き出き出された事に、思わずこの場にいない実質育ての親であるシスターと昔馴染みのフランチェスコの事が思い出され、その場で頭を抱えてしまうモーズ。

 ちなみに男性の理想の体脂肪率はおおよそ10から20パーセント。モーズは完全に下回ってしまっている。


(落ち着け。災害対処の為の訓練もこなしている今、以前より筋肉は付いていると思うが、流石にここまで脂肪がない事はない筈。脂肪に寄生菌が置き換わっているか、電気抵抗を小さくしているか……)


 ※脂肪は電気をほぼ通さず、逆に筋肉はよく電気を通す。つまり筋肉の方が電気抵抗が小さい。


(電気信号でコミュニケーションを取る『珊瑚』ならば、電気抵抗が小さくても可笑しくはない。電気信号といえば、そろそろ受信と発信の試行を行いたい所だが……。まずは、投薬中の薬を見直さなければならないか)


 この調子で体脂肪率が減り真菌の割合が増えていくと仮定すると、1年先まで身体が保つか怪しい。

 フランチェスコの居た痕跡が残るかもしれない、トルコのイスタンブール。アバトンから距離のあるそこに向かう為には短期休暇ではなく長期休暇が必要で、長期休暇が貰えるのは入所から半年後。

 せめてその時までステージ4にならないよう、全力を尽くさなくてはならない。


(幸い、ラボはクスシ自身にならば幾ら投薬しようとも咎められる心配はない。有効そうな薬を調合し、臨床試験を飛ばして服用してしまおう)


 モーズは手早く朝食の栄養食を飲んだ後、フェイスマスクを被り衣服も着衣し身支度を終え、最後に白衣に袖を通して早足で寄宿舎を後にするとラボの共同研究室へ向かった。

 共同研究室ではまだ勤務時間前だというのに、既にフリッツとユストゥスが席に付いて黙々と実験を続けている。ちなみに彼らは勤務時間後も共同研究室に残っている。一体、いつ寄宿舎に戻っているのだろうか。


「おや。おはようモーズくん。今日は早いねぇ。フリーデンくんは一緒じゃないのかい?」

「あぁ、1人でやりたい事があったもので。失礼、薬を使用する」


 モーズは壁際に置かれた薬棚を開けると、テキパキと手際よく必要な薬剤を取り出す。そして取り出した薬剤を横に設置された電子掲示板に書き込み記録ログを残すと、フラスコや試験管を用意し早速、薬の調合を始める。

 在庫管理の一環として記録ログさえ残せば特に申請や許可なく試薬や薬剤が使えるのもクスシの特権だ。今のモーズにとっては非常に有り難かった。


「モーズくん? そんなに慌てた様子で何を作る気だい?」

「私の珊瑚症の進行が想定よりも早いので、強めの抗真菌薬を調合しようかと思ってな。安全性は確立していないが、量を気を付ければ……」

「駄目」


 その時、モーズはフリッツに腕を掴まれて手に持っていた試験管を落としてしまった。いや、強く握られた事によって落とさせられてしまった。

 ガシャン

 ガラスの割れる甲高い音が研究室に響く。


「フリッツ? 投薬するのは私自身だ。臨床試験を突破していない薬とは言え、副作用も過剰量も把握している。さほど危険性は……」

「絶対、駄目」


 フリッツの声は力強い。確固たる意志を感じる。

 腕を掴む手も強く、振り解けない。


「進行が心配なら僕が診てあげよう。それで認可の下りている薬を調整する。よし、そうとなれば医務室に行こうか」

「えっ、いや、そこまでして貰う必要は……。あと割ってしまった試験管を片付けなければ」

「ユストゥス、片付けをお願い」

「わかった」


 フリッツは片付けをユストゥスに頼み、ユストゥスもそれをあっさりと承諾し、モーズはなかばフリッツに引き摺られる形で共同研究室を退室する事となってしまった。

 それから間もなくして、勤務開始時間5分前にフリーデンが共同研究室を訪れる。


「おはよ〜ございま〜す。モーズ、俺を置いて出勤とか寂しいことするなよ〜……って、あれモーズは? あとフリッツさんは?」

「遅かったなフリーデン、2人とも退室済みだ」

「え〜っ!?」

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