第67話 万能感

「骨も内臓もない、肉袋……」


 グロテクスなルチルの想像だが、あながち的外れな仮説ではない。城の最上階で対峙したオニキスは、足に穴が空いても立ち上がった。筋肉や骨が損傷しても立てると言う事は、代わりになる何かが体内にある筈。

 コンクリートをも砕く硬さにもなれ、電気信号が送れる『珊瑚』の菌糸ならば、骨を再現し神経を繋ぎ人体機能の代替えを成したとしても不思議ではない。


「面白い考察だな。では次に、【】が何か知っているか? オニキスという少年が口にしていた言葉なのだが」

「【誕生日】ですか。オニキス含めて何人かそれを口にしていますね。話を聞いたところ、どうも『覚醒』する感じがするようです」

「『覚醒』? それは、違法ドラッグを摂取したような感覚か?」

「ワタクシは薬物摂取をした事がないですし、進行したステージを体験した訳でもない。なのであくまで聞いた印象から語りますが、目が開け悟りを開いたかのような、世界が一変し生まれ変わったようになるんだとか」


 やはり違法ドラッグを打ち込んだ時のような反応だ。ステージが進んでいるのではなく薬物中毒の症状なのでは、とモーズは訝しんだものの、ペガサス教団は化学物質や人工物を嫌う大自然主義が大元。

 その信徒が過剰摂取オーバードーズを起こすのは違和感がある。


「自分は生きたまま『転生』をして、新しい【誕生日】を迎えたのだと、そう仰っておりました」

「『転生』ですか。ライトノベルのジャンルみたいですねぇ」

「転生がらいとのべる……小説の題材? スピリチュアル系の話なのか?」

「モーズ先生。お忙しいのはわかりますが、もうちょっとサブカルチャーに触れませんか?」


 モーズは思った事をそのまま言っただけなのに、セレンに苦笑されてしまい戸惑う。


「ふふ。でも近い表現かもしれませんよ、セレン」

「うぅ、ルチルさんに褒められても嬉しくないです……」

「そう仰らずに。まぁモーズ先生向けに説明を致しますと、大衆向け小説には不都合で雁字搦めな人間社会から死を通して脱し、ここではない魔法や精霊や伝承が現実となったロマン溢れるファンタジーな世界で生まれ変わり、誰もが羨む力を手にして活躍するお話があるのです」

「つまり冒険小説か。理解した」


 多分理解していない。セレンはそう思ったが話が進まないので黙っておく事にした。


「ここで主人公を通し、読者を楽しませるのに大切なのは『』ですね。自分の指先一つで黒を白に出来る。巨悪を討伐するのも好きな異性を振り向かせるのも思いのまま。それも泥臭く努力した末の力ではなく、前世の苦労の見返りとして、神から与えられた力によって」

「貰い物の力で? それで万能感を得られる物か?」

「得られますよ。力を与えられたとはそれ即ち、神に選ばれたという事。特別な存在になれた、という選民思想に目覚められる」


『凄いでしょう? 僕はを迎えられたいい子なんだ、『珊瑚サマ』に近付けた《神の御使い》なんだ!』

『そんな《神の御使い》が未成熟子を導いてあげるのは、当たり前の事でしょう?』


 オニキスが城の最上階で喋った台詞が、モーズの頭の中を巡る。

 彼は言っていた。選ばれたのだと。近付けたのだと。そして『未成熟子を導く』という使命感を抱いていた。


(特別感。万能感。寄生菌『珊瑚』の本能は、胞子の散布による繁殖……つまり感染……。実際オニキスは、ステージ6は〈根〉を操り胞子の詰まった菌糸を意のままに動かしていた……。神格化している寄生菌の本能を汲み取り、積極的に、能動的に……)


 総括して考えればそれは、【】。それも感染爆発パンデミックに重きを置いた生物災害バイオハザードに他ならない。

 最悪な仮定に辿り着いたモーズは、サァと、全身の血の気が一気に引くのを感じた。


「セレン、食事はもういいだろうか?」

「あぁ、はい。私はもう食べ終わりましたよ。先生は紅茶が残っているようですが?」

「頼んだ物を残すのは心苦しいがゆっくり飲んでいる気分ではなくなった。目的は終えたんだ、今すぐにラボに戻るぞ」


 モーズは手早くフェイスマスクを装着すると、席から立ち上がる。


「ルチル医師。貴方の条件はこれで満たせただろうか?」

「個人的には紅茶を飲み終えるまでは、と考えておりましたが、よいですよ。これ以上はモーズ先生が気が気じゃなさそうですし」

「そうだな。このまま共に居ても、恐らく私は上の空だ」


 詫びも兼ねて会計は自分が、とモーズがテーブルの端に置かれていた伝票を取ろうとしたその時、


  ウ〜ッ! ウゥ〜ッ!


 突如としてけたたましいサイレンが店内に鳴り響く。次いで電子音がスピーカーから流れ警報内容を告げた。


『速報です。エールコレ街道沿いにあるアパートで珊瑚症感染者が現れました。ステージ5と思われます。速やかにシェルターに避難してください。繰り返します。エールコレ街道沿いにあるアパートで……』


 その内容に、店内が騒つくのが壁越しからでも聞こえる。当たり前だ。街中で突如としてステージ5感染者が現れるなど、ここ10年は起きていない災害。動揺もする。

 確かに珊瑚症の予防や対策が確立した現代でも、感染進行を放置していた浮浪者や病院に忌避感を抱いている者はいる。しかしそんな人々は基本的に警察に発見され次第、隔離される。

 それに珊瑚症は、ステージ3になれば素人でも目視で感染状態がわかる病だ。閉鎖的な田舎や俗世を離れた山奥ならばいざ知らず、人目も監視カメラも大量にある街中で重い症状の感染者が突如として現れる事など、まずあり得ない。


「ステージ、5……!? それにエールコレ街道のアパートと言えば……!」


 エールコレ街道にあるアパートは、モーズが借りているアパートである。そこには大量の警察官が待機していた筈で、今は強制押収が始まっている頃合いと予想される。

 つまり普段よりも人が、感染先及び栄養源が豊富になっている。


「行かなくては」


 モーズは迷わずそう言った。

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