第64話 急募:指名手配の取り下げ方

「セレンもっかい言ってみ?」

「ですから先生は帰国先で指名手配されているので」

「初耳なのだが……!?」

「俺も初耳だわぁ」


 モーズは慌てて携帯端末をポケットから取り出すと操作をし、自身の名と帰国先の小国のニュースを検索する。

 そしてガッツリ顔出しで指名手配されている事を知った。しかもバイオテロ首謀者の実行犯として器物損壊罪に傷害罪、そして殺人罪がかせられている。


「うわ〜。モーズお前地元で有名人になってんな〜」

「すまない、少々、その……落ち込ませてくれ」


 ここ数日味わい続けた無力感に打ちひしがれた時とはまた違う、気が滅入る感覚に、モーズは廊下の壁に両手をついて項垂れた。

 今まで軽犯罪一つ犯さず自分なりに品行方正に努めてきたというのに、冤罪とはいえ非常に重たい罪を被せられてしまえば、それなりのショックを受けるのも当然だ。


「国際手配された訳じゃないから、ラボに情報来てなかったのか。てかこれ多分、小国警察の『俺たちは大国がバックに付いているラボの圧力にも屈しねぇぞ〜っ! こなくそ〜っ!』っていう反骨精神の現れだろうな」

「フリーデンさんの脅した物言いが気に障ったのかもしれませんねぇ」

「えぇ、俺の所為?」

「実際、共謀者としてフリーデンさんの姿が映ってる監視カメラ映像も公開されていますよ?」

「マジで? ちょっと検索……うわマジだ。テロップまで付いてんじゃん。こんな形でメディアデビューしたくなかったな〜」


 フリーデンは自分の端末でも事件の事を検索し、モーズを連れて車に乗り込む姿が公開されている事を知った。

 バラエティ番組が時たま放送している、犯行の瞬間を捉えた監視カメラ特集に意図せず出演した気分だ。


「待ってくれ。この状態で私は一時帰宅出来るのか? 帰国した途端に拘束されないか?」

「ラボの空陸両用車は、国連所属の国だといかなる関門もスルー出来るから帰国自体は出来るぞ。しかも誰が乗ってるかもいちいち確認しない。だからアパートの近くまでは行けるだろうけど、その後どうするかだなぁ」

「これは、帰宅を諦めてアパートの大家さんに手配をお願いするか……」


 モーズは携帯端末を操作し、自身が契約を交わしている賃貸アパートの大家へ連絡を試みた。

 人工島アバトンとの時差は少しあるが向こうは昼間で活動時間の範囲内。よって大家は直ぐに着信に出てくれた。


『どなた?』

「ご無沙汰しております。私、210号室をお借りしているモーズで」

『モーズさん!? あなた今までどこほっつき歩いていたのよ!!』


 そして甲高い女性の声が通話から響き渡り、モーズの鼓膜を貫く。


『幾ら電話かけても繋がらないし! メールの返事もないし! 何度もうちに警察くるし! 挙句ここ一週間毎日のようにあなたの顔ニュースで見るんだけど!? 一体何したのよ!!』

「ご迷惑をおかけしております! 信じて貰えないかもしれませんが冤罪で……! 私もつい先程、指名手配を受けている事を知り……っ!」

『そんな事より今どこにいるの!?』

「今? 今はその、海外です。それで大家さん、帰国が難しそうなのでデジタル文書で引き払いの手続きと、引越し業者の手配を代わりにお願いしたく……。勿論お代は全てこちらが受け持ちますし、謝礼も」

『明日までに荷物まとめないとお巡りさんが全部押収するって言ってたわよ! あなたの私物なんて何の証拠にもならないから多分捨てる事になるでしょうけど、急いで戻って来なさい!!』

「わかりました、今すぐ帰りますっ!」


 ぶつ。ツー……、ツー……

 静まり返った出入り口に、通話の切れた音が虚しく鳴り響く。


「……フリーデン、私は帰宅する」

「おう、頑張れ……」


 人工島アバトンとモーズの帰国先であるヨーロッパの小国は時差もある上に、車での移動に半日近くかかる。時差を含めて移動時間を計算すると、アパートに着く頃には日付けが変わり朝を迎えている可能性がある。

 悩んでいる暇などないモーズは、直ぐにセレンと共に車に乗り込み港を出た。


「戸締りはきちんとしていた。だから一週間ほど部屋を空けても大丈夫だと判断していたのだが、悪手だったな……。大家さんに連絡だけでも先にするべきだった……」

「しかし大家さんは先生の罪状、全く信じておりませんでしたねぇ」


 ちなみに大家は通話を切った後に『あっ! 今アパートの周りはお巡りさん沢山巡回しているから、くれぐれも目立たないようにね!!』という警告電話も、わざわざ折り返して伝えてくれた。


「感染病棟の院長も心配しておりましたよ? 指名手配の件も院長から聞きましたし」

「引き継ぎも事故処理もせずに出て行ってしまったというのに、優しい方だ。いつかきちんと謝罪をしなくてはな」


 一息ついた所で慌ただしく出立した疲れと、指名手配されていたという事実に沈んだ気分が戻ってきて、モーズは座席の背凭れに身体を預けた。


「全てはルチルさんが悪いのですっ! 次に会えた時は顔面に拳をお見舞いしましょう、先生!」

「気遣ってくれるのは有難いが、怒りよりも困惑が強くてだな……。あと今のうちにアパートに着いた後のプランを考えなくては、私は拘束されてしまう」

「アイギスで蹴散らすのはどうですか?」

「罪状が増えて終わるな」


 そもそもモーズはまだアイギスを器用に扱えない。その所為で怪我人を出してしまえば、それこそ本当に犯罪者になってしまう。


「監視カメラ……。警察が張り込み……。どうしたものか。正直、研究データの入ったパソコンなどの電子機器は押収されているだろうから、他の物を処分されても深刻な問題ではないのだが……」


 オフィウクス・ラボは『珊瑚』の研究に特化しているだけあり情報の宝庫で、モーズの失った研究データを補って有り余るレベルだ。なのであまり未練はない。

 またモーズは病棟勤務時代は金銭的余裕のなさ、精神的余裕のなさから私物らしい私物は持っていなかった。しかも寄宿舎に置かれた支給品だけで十分に充実した生活が可能で、パスポートなどの身分証もラボの権限で再発行済みと、至れり尽くせり。故に銀行に預けてある貯金に執着する必要もない。何なら迷惑をかけた大家や院長に全額渡してもいい。

 しかしアパートの自室には、書籍が積み上げられた作業机には、どうしても捨てられたくない物があった。


「……写真は、フランチェスコの写真だけは、取り戻さなければ」


 データではなく、現像した写真。姿を消してしまった昔馴染みの姿が映った写真。

 それだけは何としても、取り戻したかった。

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