第58話 ステージ6(仮)

『誕生日を迎えるのを待っていたんだ』

『凄いでしょう? 僕はを迎えられたんだいい子なんだ、『珊瑚サマ』に近付けた《神の御使い》なんだ!』

『そんな《神の御使い》が未成熟子を導いてあげるのは、当たり前の事でしょう?』


 記録ログ映像を断片的に再生し、フリッツとユストゥスはオニキスの喋っていた気になる言葉を振り返っていた。


「オニキスくん? の言う【】って何なんだろうねぇ。増殖の事なら『珊瑚』は毎秒誕生日を迎えているようなものなんだけど。それに寄生菌に未成熟子の段階なんて存在しない。変異体……ステージ6になるって事? そして同じステージになる個体を待ってた? 三ヶ月も? 何の為に?」

『情報が少なくて考察もできんな。第一、私達クスシは研究員であって警察ではない。ペガサス教団の件は国連警察が動くべきだろう』


 ペガサス教団の信徒が災害現場に居る事が多いので仕方なく相手をしているが、国連管理下組織といっても本質はただの研究員であるクスシに、逮捕や拘束の権限はない。

 出来るのは精々、バイオテロの疑いで一時的に身柄を押さえる程度だ。


「その国連の事なんだけれど、今回の事はどう説明する気だい? 『珊瑚』の〈根〉と同調し危険性が増した教団の感染者が今後も現れると判断されたら、その対処を僕らに押し付けてくると思うよ?」

『容易に想像出来る所が嘆かわしいな。今は余計な混乱を招かない為という体で《変異体出現、詳細不明》とでも報告しておく』

「それがいいね。はぁ〜。国連も大変なんだろうけど僕らには『珊瑚』の研究に集中させて欲しいなぁ。えーっと、ひとまずステージ6(仮)について所長やクスシ達に情報共有するとして、モーズくんの事も……いや、うーん、あー……。には暫く伏せておいた方がいい気がする」


 フリッツの言うとは、〈好奇心の塊〉であるクスシを指している。


『あいつにモーズの情報は一切漏らすな。場が掻き乱される。菌糸ネットワークアクセスの可能性を知った暁には、自ら珊瑚症に感染しに行きかねん』

「うん、そうだね。寧ろ今まであの子が珊瑚症に罹らなかった事が奇跡レベルだものね」


 情報の整理とクスシ達との情報共有。そして国連への災害処理報告書の作成を終えた二人は記録ログ映像を消し、一息ついた。


「というかユストゥス、自室なんだからマスク取ったらどうだい?」


 そしてフリッツは、未だにマスクを付けたままのユストゥスのホログラム映像を横目で見た。


「やましい事がなければ取れるよね? ユストゥス?」


 ユストゥスはフリッツから顔をそらしたまま黙秘を貫いている。

 しかし無言で見詰めてくるフリッツの視線に耐えられなくなってか、五分の間を置いてユストゥスはとうとうマスクを外した。

 厳格な性格を反映するかのように、彫りの深い厳つめな顔をした、ユストゥスの素顔。

 その顔色は青白かった。


「あーっ! 君も遠征先で大掛かりな浄化作業をしたね? 僕に説教した癖に人の事言えないじゃないかっ!」

『うう、煩いっ! あれは緊急事態だったんだ、仕方なかったんだ! 記録ログを見ればわかるだろう!?』


 どう見ても貧血である事をフリッツに指摘され、ユストゥスは弁明に走る。

 遠征先で〈根〉が張っていた城の最上階。そこで遭遇した多数の感染者を手早く処分する為にニコチンの毒霧を使用した訳だが、水銀と同じく第一課に分類される彼の毒素の浄化はアイギスの負担が大きく、エネルギー源たるユストゥスの血もその分消費される。

 範囲が狭かったのでフリッツほど酷い状態にはならなかったものの、貧血に陥るのは避けられなかったのだ。


「言い訳が嫌いな君がそれを言うかい? モーズくんは大丈夫だっただろうね? 大切な後輩だ、しっかり面倒みてくれた?」

『無論、みたとも! しかしあの生意気な態度はどうなんだ。フリッツが望んだ事とは言え、少々礼儀に欠けるのでは?』

「君がそれを言うかい? 下の子に対等な関係を求めたの、そもそもユストゥスじゃないか」


 フリッツの指摘にギクリとユストゥスの肩が強張る。

 元々はユストゥスの教え子だったフリッツが、彼に対して気さくに話しているのはユストゥスがそう望んだからだ。そしてフリッツは指導を任せられたモーズに対してそれを真似た。あやかったとも言える。


「君が嫌なら仕方ない。僕も改めよう。『今まで数々の非礼、失礼いたしました。どうかお許しください、ユストゥス教授』」

『やめろフリッツ!!』


 バッと勢いよく顔を向け敬語の非使用を求めるユストゥス。


『私は忌憚のない意見を言い合えるよう、対等な関係性を君に求めてだな……!』

「僕だって求めているさ、家族みたく何でも言い合える間柄をね。僕に任された後輩なんだし僕の好きにするよ。それでも文句を言うのなら君と暫く口きかないから」

『何を子供のように拗ねて……!』

「ふんだ」


 ブツ。

 フリッツはユストゥスの台詞を遮るように自動人形オートマタを操作しホログラム通話を切ると、ベッドに身を投げ出して横になる。

 すると一分も経たない内に自動人形オートマタから「ルルルル」と歌うような通話コールが鳴った。

 それを無視していたら今度は机に置いていた腕時計型電子機器が着信、強制的に通話モードにされ、そこからユストゥスの焦った声が部屋中に響き渡る。


『フリッツ、私が悪かったから無視をするのはよせっ! フリッツ!! フリッツッッ!!』


 なおフリッツの機嫌が直ったのはそれから三十分後の事である。

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