第43話 おともだち

「アイギスの練習に長らく付き合って頂き感謝する、クロール」


 一勝取った所でシミュレーションを終え、卵型機器から出たモーズは、未だ卵型機器の座席に座るクロールに礼を述べていた。


「まともに動かせるまで、何度も手合わせさせてしまったな。練習でなければ二十回は死んでいた。しかしお陰で、ウミヘビの毒素も身体能力も直に味わえた。この礼はいつか必ず」


 ラックの上の方に置かれていた硫酸入りドラム缶をアイギスの触手に放り投げて貰い、それにクロールが気を取られている内に移動。

 そして白煙の中、上手いこと接近できたので辛勝を取ることが出来た。

 しかしそこに行き着くまでかなりの時間を要しているし、小道具を使わなければ近付く事も叶わなかった。「まだまだ課題があるな」と、モーズは独りごちる。


「……っ、……っ! あり得ねぇ……! 俺が、雑魚に、しかもを使われて……っ!」


 礼を述べられたクロールは蓋が開いている卵型機器の中で黄緑色の髪を掻き乱し、今したが起きた事を受け入れられていないようだった。モーズが幾度か声をかけても反応がない。

 仕方なくモーズはクロールの元を離れ、今度はフリーデンの方に礼を述べに歩み寄った。


「フリーデンも指導をしてくれ、有り難かっ……」


 しかしフリーデンに歩み寄った分だけ、彼はすすすと後ろに後ずさってしまう。


「フリーデン? 何故か距離を感じるのだが?」

「いやだって、散々、疑死体験しといてそれって……。お前のメンタル何で出来てんの? チタン?」

「えっ」


 フリーデンに引かれている。

 その事実にガンと頭を殴られたようなショックを受けるモーズ。そのやり取りを見たクロールは何かに気付きハッとした表情をすると、直ぐに卵型機器から出てフリーデンに擦り寄った。


「そう! こいつは頭がおかしいのですよ、フリーデン先生! 一緒に居ては馬鹿が移ります!」

「ド直球に罵倒するなよクロール」

「そもそもあいつは感染者です! 感染源であり我々の敵であり、いつ先生の身が危険に晒されるのかわからない危険物! 側にいるべきではありません!!」

「毒物に危険物言われてもな〜」


 フリーデンは辟易としているが、モーズはクロールの主張はやはり一理あると納得してしまう。

 モーズは珊瑚症を罹患しているのだから。故に今度はモーズが一歩、フリーデンから離れた。


「あ……。そう、だな。薬を投与しているとは言え、感染しない可能性はゼロではない。ステージもいつ変動するかわからない。必要以上に親しくしない方がいいか……」

「んええ!? コイツの言う事間に受けるなって! 処分依頼をこなしまくってる俺が、感染源を気にしてたらキリないだろーよ! 胞子まみれの菌床に突入するのも仕事なんだぜ!?」


 必要以上に重く受け止めているモーズを見て、フリーデンが慌てて距離を縮める。


「俺が後輩の面倒を途中で放棄する薄情者にしたくなけりゃ、何の遠慮もするなよ!?」

「……そうか。君の事は同僚と言うよりも、友人のように感じていたから……。離れなくていいと言われて、少し安堵してしまっている」


 その直後、フリーデンは突然、胸元に手を置いてしゃがみ込んでしまう。


「フリーデン?」

「あぁ、うん。友人、ユージンな」

「そうだ。一方的に思っていてすまない」

「いやいやいや! そうじゃなくって!」


 胸元のシャツがぐしゃぐしゃになる程握り締めた後、勢いよく立ち上がったフリーデンだがしかし、どう言葉を返そうか悩んでいるようで暫く押し黙ってしまう。

 そして暫しの間を置いて、ようやく口を開いた。


「……え。俺が友達になって欲しいって言ったら、なってくれるの?」

「それは勿論。年も近い事だし。寧ろ今まで、友人としての距離感で接してしまっていたな」

「あー、マジかー、んえー、うわ〜」


 するとその場をぐるぐる回って変な声を出すフリーデン。彼は一体、何を思案しているのだろうか。

 やがて情緒が落ち着いたフリーデンは、恐る恐る右手を差し出してきた。初めて挨拶を交わした時より随分と遠慮がちだ。


「えーっと、じゃあ〜……。……俺の後輩兼友人で、いいか?」

「あぁ。改めて、よろしく頼む」


 モーズはその手を迷う事なく、握り返した。

 フリーデンはモーズと握手を交わした右手をじっと見詰めて、何だか感慨深そうにしている。この人工島アバトンに、彼と歳の近いクスシは今のところ見当たらないので後輩兼友人が出来たことが嬉しいのかもしれない。

 そんな、仲を邪魔立てするつもりがより親しい間柄になってしまったモーズとフリーデンを見て、クロールはギリリと奥歯を噛み締めた。


「……ッ! フリーデンせんせ「モーズ先生!!」」


 しかしこのまま終わらせたくないと彼が発した声は、違うウミヘビの声がかき消してしまう。

 灰色の長髪をポニーテールに纏めた美青年、セレンによって。彼はシミュレーションルームに入ると同時にモーズへ向け真っ直ぐ走ってきた。


「ネグラにいらっしゃるなら私に一声おかけくださいっ! 案内なんて幾らでもいたしますよ!?」

「そうか? 今回はフリーデンが居るし、君とて用があるか休暇だったら悪いだろう?」

「そんな事はありませんよ!? 外せない用事がありましたらキチンと申告いたしますからっ! まずは一声おかけくださっ! あっ、もしかしてウミヘビへの連絡用アプリの使い方が分かりませんでした!?」

「いいや、大丈夫だ。操作はニコチンから教わっている」

「流石は先輩手際がいいっ! けど可能なら私が教えたかった!」


 自分が役に立てる所を奪われてしまい、拳をギュッと力強く握るセレン。

 そんな相変わらず献身的な彼の姿を見て、モーズはフッとマスクの下で思わず笑みを溢してしまう。


「先生、如何いたしました?」

「あぁ、笑ってしまってすまない。君とクロールが似ているな、と思うと何だか微笑ましくてな」

「……は?」


 途端、セレンの黒目がちの瞳から光が消える。次いでシミュレーションルーム全体の空気まで凍り付き、しんと静まり返る。

 フリーデンもクロールも絶句した様子で言葉を失っていて、モーズは一人「えっ」と困惑する事しか出来なかった。

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