第38話 インプット

「あ、新人さんだぁ〜。一昨日ぶりぃ」


 ウミヘビのネグラの敷地内に入って早々、噴水のある公園の広場を模した場所で屋台バーを開いていたアセトにモーズは声をかけられた。

 彼の店はなかなか繁盛しているようで、既に何人かのウミヘビがバーの前の席に座り、麦酒やカクテルを味わっている。

 わざわざ声をかけてくれたのだしと、モーズとフリーデンは少しばかり寄り道する事とした。


「本当にバーを営んでいるのか……。しかも昼間から」

「そうだよぉ。まぁウミヘビのストレス発散用のお飯事だけどねぇ。クスシさんはタダで飲めるからどぉ〜?」

「今は研修中の身でな、遠慮しておく」

「生真面目だねぇ。ニコの話していた通りだぁ」


 けらけらと笑いながら、アセトはオレンジ色のカクテルをマドラーで混ぜている。

 しかし彼と仲が良いという話のニコチンの姿は見当たらない。


「ニコチンはここには居ないのか?」

「今の時間だと訓練場に居るんじゃないかなぁ。ニコ、根は真面目だからねぇ」

「あぁ、知っている」


 アセトの言葉に迷う事なく肯首するモーズ。

 するとアセトはぱちくりと眠たげに見える目を瞬いた後、パァッと花が咲いたような笑顔を浮かべてくれた。

 そしてモーズに、あとついでにフリーデンに紙コップに入れたソフトドリンクを渡してくれた。中身はオレンジジュースである。


「また遊びに来てねぇ。そうそう、店舗は別にあるんだぁ。今度はそこでいっぱいお喋りしよ〜」


 上機嫌にモーズとフリーデンを見送るアセト。

 二人はアセトから頂戴したオレンジジュースを、ストローで給水口から味わいながら再び訓練場へ足を向けた。


「モーズって好感度稼ぐの上手いよなぁ。あれ計算してやってんの?」

「計算……? よくわからないが、それよりフリーデン。幼い姿のウミヘビも飲酒をしていたがあれはいいのか?」


 アセトの屋台の前に居たウミヘビ達は、未成年に見える者も多かった。年上そうなウミヘビも精々20代半ばにしか見えず、全体的に若い。

 人を見た目だけで判断してはいけない。ましてウミヘビは人間ではないのだから。と知っていても、見た目が見た目なので、モーズは不安に駆られていた。


「あー、ウミヘビって外見と実年齢が噛み合っていないっていうか……」


 その不安を払拭しようと、フリーデンはわかりやすく説明をしてくれようとする。


「……うーん、いや違うな。どんな見た目でも『一律に成人男性の機能を持ってる』、って言った方がいいか。人間と違って成長しないし」

「……。水銀さんの言動からそんな気はしていたが、では彼の実年齢は……」

「水銀はラボ創設前から所長といるらしいし、40歳近くじゃね?」


 40歳近く。水銀の外見年齢の倍である。


「う、ううむ。頭が混乱するな」

「しかもウミヘビは成長しない、つまり生まれた時から姿が固定で思考や言語能力も設定インプット済みなんだ。同じ年齢の人間よりずっと成熟しているだろうなぁ」

「は? 生まれた時から姿が固定? 設定? どういう意味だ、まるで自動人形オートマタを作成した時のような物言いだが」

「あれ? まだ聞いてなかったか?」


 するとフリーデンはあまりにもあっさりと、


「ウミヘビは全員、人造人間ホムンクルスなんだよ」


 ウミヘビの出生の秘密を打ち明けた。


「作成者はいても親はいない。所長の技術の粋を集めた究極の人工物。あ、これ関係者以外他言無用な?」

「重要機密だろう事項を、まるで夕食の献立を話すかのように喋るな……」


 人造人間ホムンクルス

 24世紀の技術では人間の肉体を人工製作する技術は流通していて、主に移植手術や臨床試験に使われる。ただし一般的に流通している技術は

 肉体を幾ら再現しようとも『魂』を宿す事に成功できず、外付けで電気信号を送らなければ心臓は動かず自発呼吸さえしてくれない。

 つまり作れるのは、ただの肉塊。

 労働力の確保または人口改善を目論む研究者達はそこで躓いてしまう、とモーズも話には聞いていたが、まさかアバトンここに成功体があったとは。


「しかし、それで男性体しかいない理由がわかった。産まれてくるのではなく、造られているのならば単性で揃えられるのも納得だ」

「だなぁ。けど人造人間ホムンクルスの仔細は俺も詳しくは知らねぇ。作成者っていう所長とは会うのも稀だから、話が全然聞けねぇの」

「そうだな。私が所長に挨拶する日もいつになるのやら……」

「今どこブラついているんだかな〜」

「フリーデン先生!」


 その時、二人の背後からフリーデンを呼ぶ大きな声が響き渡る。モーズにも聞き覚えがある声だ。

 確か一昨日、顔を合わせた――


「げっ、塩素クロール


 美しい黄緑色の髪と黄白色の瞳をした美男子、塩素クロール。心なしか、いや明らかに先日顔を合わせた時よりも瞳が輝いている。余程フリーデンと会えたのが嬉しいのだろう。

 そんな喜色に満ちたクロールを認識したフリーデンは露骨に嫌そうな声を発し、それから少々後退った。

 しかしそれ以上にクロールが詰め寄った。


「先生! 今日はどちらにご用事が? あ、ゴミは俺が片しますっ! 呼び付けたい輩がいれば俺が引き摺ってきますよ!」

「いい、いいって。俺達は訓練場に行きたいだけだから」

「ではお供します!!」


 そのままクロールは、フリーデンが飲み終えたオレンジジュースの紙コップを道の端に設置されたゴミ箱に捨ててくれる。

 ちなみにモーズの紙コップもついでに、何て気の利いた事はしてくれなかったので、モーズは自分で捨てた。


「随分と慕われているな」

「そう見えるか……?」


 フリーデンの半歩後ろに慎ましく控えるクロール。

 しかしそんな彼が苦手らしいフリーデンはげんなりしている。


「雑魚が。先生に気安く話しかけるな」

「おいコラ、俺の後輩にガン飛ばさない」

「チッ」


 しかもクロールは事あるごとにモーズにガンを飛ばしてくる。

 それに対してモーズは少し驚いたが、更に目付きの悪いニコチンを見慣れてしまったからか、あまり動じる事はなかった。


「お、着いたぞ。あれが訓練場だ!」


 この空気嫌だ、と暗に思っているのだろうフリーデンは足早に移動し、さっさと目的地こと訓練場へ辿り着く。

 その訓練場の外観は縦にも横にも幅がある、箱形のガラス張りビル、都会にある大型ゲームセンターの建造物に酷似したビルであった。

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