第12話 《タリウム(Tl)》
転移装置の操作が終わり、後は指定した対象物が訪れるのを待つばかりとなったフリーデンは「よっこら」とその場から立ち上がった。
「あ、モーズは車で休んでいていいぞ。疲れているだろ」
「いいや。差し支えなければ見学させて欲しい。ラボに入所すればこの先、直面する事なのだから」
「やっぱ意識高いねぇ。そんじゃセレン、護衛頼むわ」
「お任せくださいっ!」
話している間も転移装置はガガガとノイズを流しながら動いているようだが、対象物はなかなか来ない。
痺れを切らしたニコチンは腰のガンホルダーから銃を取り出すと、一人先に廃棄場へと歩き始めてしまった。
「相変わらずその装置ノロマだな。先に片した方が早くねぇか? 俺はもう行くぞ」
「あっ、ちょっと! 単独行動しないっ!」
ニコチンの後を慌てて追いかけるフリーデン。彼もあらかじめ腕から《アイギス》を分離してから現場へ走った。
「ではモーズ先生、巻き込まれないよう物陰から見学いたしましょう」
モーズはセレンと共に見晴らしのいい、しかし直ぐに身を潜められる近場のゴミ山の一つ、その頂上から廃棄場を見下ろす。
鼠型と呼ばれる『珊瑚』五人はニコチンの接近に気付き、獣のように姿勢を低くして威嚇している。しかしニコチンはその威嚇など歯牙にもかけず銃を構える。
「いいかニコチン! 出力は最低限じゃなきゃ駄目だぞ! 膿疱が破裂したら胞子が撒き散らされるからな!」
「チッ、わかっているが面倒臭ぇな」
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
ニコチンの抽射器から発砲された白い発光体が、『珊瑚』の一人に当たる。だが発光体のサイズは昨晩の物よりも遥かに小さく、一般的な拳銃の銃弾と変わらない。その小さな発光体で足を損傷した程度では動きは止まらないようで、『珊瑚』はすばしっこく廃棄場を動き回っている。
ただし廃棄場の外には出ないよう、遠くに逃げようとした『珊瑚』はフリーデンの《アイギス》の触手に尾部分を掴まれ、廃棄場の中央へポイと投げるように連れ戻されていた。
「……あのニコチンの銃、出力が小さくとも威力が高いな。その分、反動を受けている筈なのに、体幹が一切ブレていない。ホテル滞在時も発砲を真正面から受けていながら微動だにしていなかった。彼はどれほど高い身体能力を持っているのだろうか」
「ウミヘビは基本的に皆んな戦闘力が高いですね。
「作られて……?」
「しかし先輩が尤も得意とする相手は虫型と呼ばれる『珊瑚』です。先輩の持つ抽射器もそれに合わせた作りになっているんですよ。縦横無尽に動く虫を撃ち抜けるよう、自身の毒素を弾に変換しているんです」
気になる事を呟いたセレンだったが、彼はモーズに口を挟む間を与えないまま『珊瑚』についての話を続けた。
「ステージ5の『珊瑚』は大まかに三種類の形態に発展します。一つは昨晩処分した虫型、もう一つは現在先輩が相手をしている鼠型、もう一つは植物型。特徴は各々違いますが、どの種類だろうと致死毒を与えて寄生菌ごと死滅させるのが有効な処分方法、とされていますね」
「そうなのか。ステージ5の患者は滅多に見れないから、知らなかった」
「お医者さんよりも、軍の方がこの辺は詳しいかもしれませんね」
世界で猛威を奮う『珊瑚』は基本的に各国の軍が処分をしている。ただしコンクリートを砕くほど硬質な『珊瑚』を無力化するには大掛かりな戦力が必要で、爆弾や銃、時には戦車を用いてようやく処分を可能とする。当然、近隣の被害は大きいものとなり復興が必要になる事さえある。
対してウミヘビは抽射器と呼ばれる武器一つで対処が出来てしまう。なので今回のように数の多い『珊瑚』など、災害規模が大きいと判断された際に派遣されるらしい。
「そういえば、セレンは処分向きの能力はないとの話だが、それはつまり抽射器を所持していないという事だろうか?」
「一応ありますよ〜。使う機会ほぼないですけど」
そんな話をしていると、片腕と前頭部を破損した『珊瑚』の個体がフリーデンの触手を潜り抜け、栄養源たる人間モーズに向かって真っ直ぐ走ってきた――!
「おや。下がってください、先生。私がいなしますから」
「あ、あぁ。すまない」
バチバチバチッ!
セレンがモーズの前に立ったその時、背後にあった転移装置から激しい電子音が鳴り響く。一体何が、とモーズが後ろを振り返ってみれば、転移装置の電子画面から黒い光が発せられていた。丁度、人一人分の大きさの黒い光。
その黒い光は、瞬く間に生身の人型へと変換されてゆく。
黒い髪を首の後ろで一つにまとめた、色黒の肌を持つ青年へ。その青年はセレン達と同じく裏地が蛇柄をした衣を身に纏っていた。ただし白衣ではなく、黒衣。動き易さ重視なのか裾の長さはジャケット程と異質。そして羽織っている黒衣だけに留まらずインナーもズボンも靴も、顔の下半分を隠すマスクも黒い。
左耳にぶら下がる新緑の葉をモチーフにしたピアス以外、色がない。まるで影法師のような青年。
「……」
故にゆっくりと開いた銀白色の瞳が、異様に目に付いた。
ダンッ!
黒い青年は転移装置に着地したと同時に力強く地面を蹴り上げ、モーズとセレンの前を一瞬で走り抜けると一直線に鼠型の『珊瑚』へ距離を詰めた。
そして腰のホルダーから真っ白いダガーナイフを抜いて、斬り付ける。刃先はさほど長くない。何なら“刃”も付いていない、一見すると玩具のようなナイフ。
しかしそのナイフはあっさりと鼠型の『珊瑚』の首、爆弾でも使わなければ傷を付けられないほど硬化した菌糸を、斬り落とした。
「ギーッ! ギーッ!!」
首を落とされ動かなくなった個体を見て、けたたましい声を発する『珊瑚』たち。寄生菌に仲間意識があるのか、それとも人としての意識と連動しているのか。
(あの黒い青年が処分した個体、小柄だった。幼い子供だったのかもしれない)
『珊瑚』によって異形となった姿では想像しか出来ないが、五人家族という情報から推測するとその可能性はある。モーズは心の中で静かに鎮魂を祈った。
「うるさい」
しかし黒い青年はただ一言、吐き捨てるようにそう呟くと、ダガーナイフを高く掲げる。
そして次の瞬間、ナイフの刃先が伸びた。
真っ黒な靄を纏い天に向かって伸びていく刃先。刀の大太刀並みに長くなったそれを、黒い青年は軽々と振り回し、自身に向かって一斉に襲いかかってくる『珊瑚』複数体を横一文字に両断した。
後に残ったのは、ゴミ山に転がる首と胴が離れた異形のみ。
「おーおー。仕事が早くて何よりだ、《タリウム》」
ぱちぱちと、一瞬で片をつけてくれた黒い
▼△▼
補足
タリウム。殺鼠剤によく使われていた劇物。なお現在、農薬としての使用は失効されている。
ミステリー小説でもよく登場するやつ。無味無臭かつ使用された形跡が残り難いので暗殺に利用されていました。
外見について
個体のタリウムは銀白色の金属(瞳の色)ですが、日本の法律では黒色に着色が義務付けられているのもあって、アサシンイメージと合わせて全身黒です。あと唐辛子味にされている。
新緑の葉ピアスはギリシャ語の『緑の小枝』という名前の由来から。タリウムは炎色反応で緑色になるのです。
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