【22話】決死の戦い ※エリック視点


 エリックとマリアが転移した場所は、クルダール王国の王宮近くだった。

 

「さっきまで僕たちは宿にいたのに……信じられない」


 地獄のような街並みを、キョロキョロ眺めるエリック。

 急変してしまった景色に、驚きを隠せないでいる。

 

 【ワープ】の魔法はとてもハイレベルの魔法。

 扱える魔術師は、世界中でも数えるほどしかいないとされている。

 魔術師として希代の素質を持って産まれてきたエリックの兄、ラウドですら扱えない。

 

(そんな魔法をいとも簡単に操るマリアさんって、いったい……)


 エリックはゴクリと息を呑む。

 

 常識では考えられない身体能力と武力を持ち、ハイレベルの魔法を使いこなす。

 それが、マリアという女性だ。

 

(僕はいつになったら、この人の横に並べられるのかな)


 とてつもなく長い道のりに感じる。というよりも、本当に実現可能なのだろうか。

 考えるだけで、気分がすーんと沈みそうになる。

 

「それじゃ私は、スカルドラゴンを探してくるわね。エリック君はどうする?」

「僕はこの辺りで魔物を狩ります」


 スカルドラゴンと遭遇したところで、簡単に殺されてしまうだけだろう。

 そのことでもしマリアに迷惑をかけるようなことになれば、死んでも死にきれない。

 彼女の足かせになるのだけはごめんだ。

 

「分かったわ。スカルドラゴンを倒したら空に合図を打ち上げるから、その場所まで来て。それじゃあ、健闘を祈っているわ」


 フリフリと手を振り、マリアは去って行く。

 これから伝説級の魔物と戦うとは思えない、見事なまでの落ち着きぶりだ。

 

「やっぱりマリアさんには敵わないな」


 小さく笑うエリック。

 剣を引き抜き、ゆっくりと歩き始めた。

 

 

「ふぅ、大分倒したな」

 

 一人で行動を初めてから、多くの魔物を倒したエリック。

 その多くはホブゴブリンとビッグボアで、かれこれ各十体以上は倒した。

 

 休まず剣を振るい続けたせいで、腕がパンパンだ。

 足腰からも悲鳴が上がっている。

 

(体がこんなになるのは、先生との鍛錬以来かもしれないな)

 

 そんなことをボケっと考えていたエリックだったが、すぐさま剣を構えた。

 ホブゴブリンやビッグボアとは違う、ただならぬ気配を感じたのだ。


 ズシンズシン、大きな足音が地面を揺らし近づいてくる。

 

「こいつは……」

 

 エリックの前に姿を現したのは、鬼の顔をした赤き魔物――オーガだった。

 筋肉隆々の巨大な体躯をしているそれは、圧倒的な雰囲気を持っている。


 あまりの迫力に怖気づき、エリックは一歩後ずさってしまう。

 

 オーガの危険度はかなり高い。

 Bランク冒険者でも手こずることがあり、場合によっては殺されるケースもあるという。

 

 今のエリックの実力では、まったく敵わない相手かもしれない。

 死にたくなければ早くここから逃げろ、と脳が全力で警告をしている。

 

「でも、それでも僕は逃げない!」


 二の足を強く踏み、オーガを睨みつける。

 

「グォォォオオ」


 唸り声を上げ、間合いを詰めてきたオーガ。

 大きな体に見合わない素早い動きで、拳を繰り出してきた。

 

 剣を盾にして、その一撃を受け止める。

 ビリビリとした激しい振動が、剣を通して伝わる。

 

「なんて重い一撃なんだ」


 想像以上の一撃に、エリックの顔が歪む。

 あと何度か同じことをしたら、剣が折れてしまうかもしれない。

 

(長期戦はまずい。早く片をつけなきゃ)

 

「ハアッ!」

 

 オーガの首筋目掛けて剣を振り下ろす。

 しかし、筋肉に覆われた首筋はまるで金属の塊だった。簡単に弾かれてしまう。

 

(なんて硬さをしているんだ……!)

 

 まったく歯が立たなかったことに、エリックは驚きを隠せない。

 

 したり顔で笑うオーガ。

 その隙を待っていたかのように、右腕が繰り出される。

 

 とっさに体を捻ったエリックは、その攻撃を間一髪で回避。

 しかし、完全に避けきれてはいなかった。

 

 右肩に拳がかすってしまった。

 たったそれだけで、激しい痛みが肩に走る。

 骨にひびが入っているのかもしれない。

 

 素早く重い、オーガの拳。

 もし一撃でもまともに食らえば、それだけで致命的なダメージになるだろう。

 

(早く勝負を決めないと)


 焦りを感じたエリックは、何度も首筋へ斬りかかっていく。

 

 しかし、その刃がオーガに届くことはない。

 しかもそれだけでなく、エリックが攻撃をする度に、カウンターの拳を飛ばしてくる。

 

 直撃だけはなんとか避けていたエリックだったが、完全に回避できているという訳でなかった。

 

 避けきれず食らってしまった攻撃で、今や全身はボロボロ。

 剣を握っているのがやっとの状態だった。

 気を抜いたら、今すぐにでも倒れてしまいそうだ。

 

 対して、オーガはほとんどダメージを受けていない。

 余裕たっぷりに笑みを浮かべている。

 

 優劣は誰が見ても明らかだった。

 もうじきエリックには、逃れられない死が訪れるだろう。

 

 そんな中、エリックの脳裏に浮かんだのは昔の出来事。

 剣を教えてくれた、先生とのやり取りだ。

 

 

「剣が通らないほど硬い敵に出会った時、エリック、お前ならどうする?」

「うーん……逃げる!」

「ほっほほほ! それも一つの手じゃな。しかしな、時には逃げずに戦わねばいけない場合があるんじゃ」

「でも、剣が通らないんじゃ勝てないよ」

「それは攻撃する箇所が悪いだけじゃ。どんなに硬い相手でも、剣が通る柔らかい箇所というものがある。そこを狙うのじゃ」



 圧倒的な不利な状況にもかかわらず、エリックはフッと笑う。

 かつての記憶から、勝ち筋が見えた気がした。

 

「先生、ありがとうございます」


 飛び出したエリックは、オーガの首筋目掛けて剣を振るう。

 何度も繰り返しては弾かれてきた攻撃。

 

 その剣を何度も受けてきたオーガは無駄な攻撃と分かっているのか、何もしてこない。

 

 しかし、エリックの狙いは別にあった。

 

 首筋に斬りかかる直前、突如として剣筋を変更。

 オーガの両眼を、横一線に薙ぎ払う。

 

「オオオオオオオ!!」


 光を奪われたことで、暴れ出すオーガ。

 ジタバタと右腕を振り回す。

 目を抑えている左手の隙間からは、ボタボタと血が流れている。

 

(今だ!)


 大きく開いている口内めがけ、エリックは剣を突き刺す。

 

 真っすぐに入った剣は、後頭部まで貫通。

 断末魔のような声を最期に上げて、オーガは事切れた。

 

「なんとか勝てた」


 満身創痍で、なんとか勝利をもぎ取ったエリック。

 オーガから剣を引き抜き、地面に大の字で倒れ込む。

 

「これで少しはあなたに近づけたましたかね……ねぇ、マリアさん」


 煙が立ち上る灰色の空を見上げながら、エリックはポツリと呟いた。

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