【20話】伝説級の魔物


 ルドルフがリグダード王国を訪ねてきてから一週間後。

 ギルドは再び緊急依頼を発注していた。

 

 緊急依頼の依頼主は、隣国、クルダール王国。

 魔物の多数襲撃により、王都が甚大な被害をこうむっている。王国兵だけでは対応が追い付かないのでリグダード王国の冒険者に救援を依頼したい、とのことだ。

 

 報酬金はかなり高額で、通常の依頼の何倍もある。

 しかもモンスターフォレストの時と同様、受注する冒険者の冒険者ランクは不問となっている。

 

 かなりオイシイ条件だ。

 しかしながら、誰ひとりとして受注する者は現れない。

 

 その原因は、依頼書の備考欄に書かれた注意書きにあった。

 

『王都を襲撃した魔物の中には、ホワイトドラゴンの姿が確認されている』


 この数文字に、ギルドの冒険者たちは恐れをなしていた。

 

 はるか昔、一夜にして王国を壊滅させたとされる恐るべき骨の竜。

 Sランク冒険者複数人の力をもってしても敵わないという、想像を絶する強さ。

 

 これらの言い伝えを持つホワイトドラゴンは、伝説級の魔物として人々に広く知られ恐れられていた。

 命知らずが多い冒険者といえど、ホワイトドラゴンの名前を見て立ち向かおうとする愚か者はいなかったのだ。

 

 しかしただ一人だけ、命知らずな冒険者がここにいた。

 キングオーガを一人で討ち倒した、Cランク冒険者のマリアだ。

 

「ミーナ、その緊急依頼を受注したいんだけど」


 その言葉を聞いて、ギルド内に大きなざわめきが走った。

 

「ホワイトドラゴンが出るって知って受注するのかよ。どうかしてるぜ」

「自殺志願者か?」

「でもキングオーガを倒したマリアなら、もしかしたら……」

「お前馬鹿か! キングオーガとホワイトドラゴンじゃレベルが全然違うだろ! 死ぬに決まっている!」


 冒険者たちから様々な言葉が飛び交うが、当事者であるマリアはそれらをいっさい聞いていなかった。

 

(ホワイトドラゴン……どんな相手なのかしら!)


 新たな強敵との戦いに胸が高鳴る。


 伝説級の魔物ともなれば、きっと楽しい戦いができるはず。

 そんな機会に恵まれるなんて、本当に幸運だ。

 

 クルダール王国には関わりたくなかったが、こんな貴重な機会を逃す訳にはいかない。

 

「かなり危険な依頼ですが、本当によろしいのですか?」

「えぇ、問題ないわ。心配してくれてありがとうね」


 心配しているのが思い切り表情に出ているミーナに、ニコリと笑う。


 隣では、エリックが体を小刻みに震わせていた。

 

 圧倒的な力を持つホワイトドラゴン。そんな魔物が出没する場所に行くのが、きっと恐ろしくてたまらないのだろう。

 そうなって当然だ。

 

「エリック君、この緊急依頼は私ひとりで行くわ。あなたはお留守番してて」

「ど、どうしてそんなことを言うんですか! 僕はマリアさんのパーティーメンバーです。だから、行きます!」


 口ではそう言っているが、エリックは明らかに動揺している。

 強がっているのが丸わかりだ。

 

「知っての通り、今回の依頼はかなり危険よ。ホワイトドラゴンの攻撃に巻き込まれて死んでしまうかもしれない。あなた、死ぬのが怖くないの?」

「……怖いですよ。そんなの決まっているじゃないですか。……でも、もっと怖いことがあるんです」

 

 拳をギュッと握るエリック。

 その瞳には、強い覚悟が宿っている。

 

「ここで逃げたら、僕はずっと弱いままです! 変われないのが、何よりも怖くて恐ろしい。だから僕も行きます!」

「そっか」


 短く呟いてから、マリアは静かに頷く。

 それ以上の言葉は、もういらない気がした。


 

 緊急依頼を受けた二人は、いったん宿に戻る。

 夕食を食べて腹ごしらえしてから、クルダール王国に行こうという話になったのだ。

 

「ふぅ、ごちそうさま。今日の夕食も、とっても美味しかったわ!」

「ありがとうございます。その、マリアさんはいつも通りですね。緊張とかしていないんですか?」

「していない訳じゃないわ。けど、楽しみの方が大きいわね。だって、伝説級の魔物と戦えるのよ!」

「ふふっ、マリアさんっぽいですね」

「む、もしかして私をバカにしてる?」


 嬉しそうに笑うエリックの肩を、ちょんと小突いてみる。

 そうしたら、彼はさらに嬉しそうになった。なぜだろうか。

 

 そんな穏やかな時間を少し経て、エリックが口を開いた。

 

「クルダール王国へは、これからすぐに向かいますか? それとも明日になってからにします?」

「うーん、そうね……今から向かいましょうか」

「分かりました。それでは、馬車のところに行きましょう」

「ううん、馬車はいらないわ」


 エリックの手をギュッと手を握ると、耳たぶがポッとピンク色に染まった。

 慣れていない初心うぶな反応が、少し可愛らしく感じる。

 

「どどど、どうしたんですかマリアさん! いきなり手を握るなんて!」

「魔法を使って、今からクルダール王国に転移するわ。しっかり手を握っていてね。絶対に放しちゃダメよ」

「え、転移ってどういう意味――」

「【ワープ】」


 魔法を唱えたとたん、見慣れた安宿の風景が一転。

 灰色の煙と激しい炎が立ち上る戦火の地に、二人は立っていた。

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