婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者としてたくましく生きていきます~追放元の王国が何やら大変なことになっているようですが、私の知ったことではありません~

夏芽空

【1話】聖女なんてもうたくさん!


 のように無茶な仕事量をこなし、深夜に帰宅したその日。


「聖女なんてやってられないわよ!」


 国に使える聖女、マリア・リトラーデは、聖女であることにすっかり嫌気が指していた。

 

 私室の床に、聖女の杖を思い切り叩きつける。

 十七年間生きてきて、物に当たるのは初めてのことだった。

 

 しかし、ここで予想外の事態が起こる。

 

 力いっぱいに叩きつけた結果、跳ね返った杖の先端部分がマリアの顎にクリーンヒットしてしまった。

 

 一瞬にして真っ暗になる視界。

 マリアの意識は、そこでプツンと途切れた。

 

 

 生まれつき体が弱く、自由に外に出歩けない。

 ベッドの上で短い生涯を終えた少女。

 

 何も見えない暗闇の中、そんな記憶をマリアは思い出した。

 

(この子はきっと、前世の私だわ)


 前世の自分――かなでは、ファンタジー小説が大好きだった。

 特に好きなのは、主人公が魔物や人間と激しい戦いを繰り広げるシーンだ。

 

 制限なく動ける体で、めいっぱい動き回れるのが羨ましい。

 強敵を倒したら、さぞ気持ちいいはず。

 ベッドの上で、奏は常にそう思っていた。

 

 過酷な運命を背負っていた奏だが、決して諦めることはなかった。

 その運命を打ち破ろうと、必死になってもがいていた。

 

 けれど、最期の瞬間は唐突にやってきた。

 消えゆく意識の中、奏はこんなことを願った。

 ――次の人生があるのなら、自由な体で存分に戦ってみたい。

 

 

 彼女の記憶を思い出したマリアは、切なさと悔しさに溢れたその生涯に深く感化された。

 まるで、自分が体験したことのような実感が湧く。

 

 だから、マリアは決める。

 

(奏の夢、私が叶えるわ!)


 その時だった。

 頭に直接語りかけるみたいにして、無機質な声が聞こえてきた。

 

『大聖女であるあなたの慈しみの心と引き換えに、次の能力を獲得』


 いったい何を言っているのだろうか。

 クエスチョンマークが頭の中に大量生産される。

 

 そんなマリアを置いてけぼりに、無機質な声は言葉を続ける。

 

『各ステータス極限突破。魔力量無限。禁呪を含む全魔法の無制限使用可能――以上のスキルを獲得しました』

「え、なになにどういう――っ!」


 質問しようとしたとたん、大きな衝撃がマリアを襲う。

 とてつもなく大きな力を、無理矢理に体へ押し込まれているような感覚だ。

 

「なに、これ……!」


 苦悶の声を上げるマリア。

 金色の髪を揺らし、緑色の瞳を大きく開く。

 

 

 そうして瞳に映ったのは、見慣れた私室の天井だった。

 フローラルの香りがするシーツに、ふかふかのマットレス。

 マリアは今、ベッドの上で仰向けになっていた。

 

(先ほどまでの出来事は全て夢――いえ、違うわ!)


 奏の記憶が、しっかりと頭に入っている。

 そして、背筋が凍るほどの強大な力を自分の体内に感じる。

 

 暗闇での出来事は夢ではなく、本当に起きていたことだった。

 

「やっとお目覚めかい? せっかく僕が来ているっていうのに、不躾な女だね」

 

 横から聞こえてきたのは、聞き覚えのある男性の声だった。

 

 声に釣られるようにしてマリアが体を起こす。

 

 男性は金の髪を揺らしながら肩をすくめた。

 

 彼の名はヴィルテ。歳は二十歳。

 ここ、クルダール王国の第一王子で、そして、マリアの婚約者だ。

 

「大した仕事もしていないのに、丸一日寝こけているとはね」


 嫌味を言ってきたヴィルテに、マリアは冷たい視線で返す。

 

 マリアはヴィルテのことが嫌いだった。

 彼は、いつも無茶な量の仕事を押し付けてくるのだ。

 

 聖女は貴重な治癒魔法が使えるというだけで、他は一般の魔術師と変わらない。

 それなのに、『他国との戦闘で負傷した兵士五百名に、今すぐ治癒魔法をかけろ。一時間以内に済ませるんだ』などと平気で言ってくる。


 負傷者一人治すのにどれだけの時間と魔力を使うのか、まったく分かっていない。

 そして、分かろうともしなかった。

 

 無茶な仕事量についてマリアがどれだけ訴えようとも、ヴィルテは聞く耳を持たなかった。

『僕が間違っているというのか!』という怒号が飛んでくるだけ。

 

 だから、ヴィルテもマリアのことを嫌っていたはずだ。

 万が一にも、単に見舞いに来ただけときいうことはありえない。


「ヴィルテ様、いったい何の御用でしょうか?」

「マリア・リトラーデ伯爵令嬢、君との婚約を破棄する!」

「はい、承知いたしました」


 即答してみせると、ヴィルテは顔をしかめて舌打ちをした。

 

「気に入らないな。王子である僕に婚約破棄されたんだぞ。普通はもっと取り乱したりとか、慌てて謝罪してくるだろ」


 泣いてすがって『別れないでないでください!』とでも言うと思っていたのだろうか。

 

 そんなこと、マリアは一ミリも思っていなかった。

 むしろ、やっと婚約破棄してくれたか、とホッとしているくらいだ。

 

 ヴィルテは容姿端麗なのだが、その反面、性格と頭の出来はかなり残念。

 彼と結婚しても、真っ暗な未来しか待っていない。

 

 お互いに嫌い合っているのは知っていたので、いつかは婚約破棄されるだろうと思っていた。

 いっそのことマリアから婚約破棄を申し出たかったのだが、王子相手にそんなことをすれば重い処罰が下されるかもしれない。

 だから、向こうから言ってくれるのをずっと待っていたのだ。

 

「なんだその顔は。僕をバカにしているのか!」


 プルプルと体を震わせるヴィルテの顔が、一気に赤くなった。

 

「僕を愚弄した罪は重い! よって、君を国外追放とする!」

「え、いいんですか! ありがとうございます!」


 国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放される。

 なんというありがたい処分だろうか。

 

 瞳を輝かせたマリアは、深々と頭を下げた。

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