■7:進学

「彼らはそれぞれの派閥を築いており、お世辞にも良好な仲ではありません。時に政略結婚などを持ち出し改善を図ろうとしていますが、日に日に関係は悪化しています。彼ら同士というよりは、派閥傘下の華族同士の仲が悪い。それぞれに利権がありますので」

「な、なるほど」

「ですが、華族は所詮、日本の独自貴族にすぎませんし、世界貴族の伯爵家は、公爵家よりも爵位が低いので、いつでもスミス様ならば潰すことが可能です。彼らは誰ひとり、あなたに逆らう権利を持ちません」

「潰すって、いや、そういうつもりはないけど」

「場合によっては、ということです。彼らは老獪な面もありますので、念のためお伝えしておいただけです。ただ、歳をとればとるほど子供っぽくなっていくようで、滑稽な方々でもあります」

「……やっぱりさ、茨木って世界貴族のこと嫌いだよね?」

「いいえ、そんなことは断じてありません」

「じゃあまぁそういうことにしておいてもいいけど」

「このような状況ですので、スミス様はどちらかに肩入れするか、中立でいらっしゃるかという選択肢がございます。また、日本政府の後見人になることで、彼らを追い出すことも可能でしょう。他国の人間に日本を揺さぶられるのが嫌ならば、それもひとつの選択肢です」

「嫌かどうかよくわからないよ。第一、日本人ってだけで、僕が後見人になったからって、物事が好転するとも思えないし」

「そうした選択は、無論スミス様のご判断しだいですので、ご自由になさってください。ただし、いくつか華族を任命し、スミス様の庇護下におくのは、決して悪いことではございません。手足となってくれるものを集める事は、場合によっては有益です」

「誰を任命すればいいの?」

「ご自分で考えてください。スミス様は、自分で考えるくせをつけてください。知らないことを聞くのは良いと思いますが、主体性がなさすぎます。あと、すぐに謝るくせもどうにかしてください」

「ごめんなさい、あ、いや、ええと、はい! 頑張ります!」


 茨木の言葉は正論だと思うけど、二十七年かけて僕はこういう性格になったわけだから、簡単になおせるかは不明だ。頑張ろうと思ったのは本心だけどね。


「とりあえず、任命する相手を探さないと」

「無理に急ぐ必要はございません。時間をかけ、よく見極めてから、選んでください」

「たださ、見極める相手がいないよ……僕、華族になりそうな知り合いがいないんだけど……華族って、F型表現者から選ぶんじゃないの?」

「その通りです。そうですね――フォンス能力者の集まりに顔を出すなどの方策もございますし、一度くらいはクリストフ伯爵や宋伯爵、もしくは彼らの傘下の華族や、政府関係者と話してみても良いでしょう。ご希望でしたら、セッティングいたしますが」

「心の準備が出来たらお願いします」

「承りました。また、世界貴族の皆様とも一度は顔を合わせたほうがいいでしょう。現在までに、世界貴族内に新たなSランク能力者が認定された事実と、爵位が公爵であることは既に伝達済みではありますが、皆、スミス様と接触したがっていますから。まだスミス様は国籍も年齢もご尊顔も性別も非公開ですので、様々な憶測が広がっております」

「接触? どうして?」

「公爵位は最上位であり、現在、あなたお一人だからです。スミス様は世界貴族の中で、最も位が高いのです。影響力も権威も高い。自分の陣営に引き込みたい人間が多数おります。確かにあまり世界貴族に関してご存知ない点などで弱みはありますが、だとしてもあなたを蹴落すようなことをしたり蔑ろにすれば、そのような非礼を働いた者には世界貴族使用人連盟から公的に非難がいきますし、しばらくの間は特権を凍結される場合がございます。あなたは最高権力者といっても過言ではありません」

「無理! そんなの無理!」

「無理とおっしゃられても、これは変えられない事実なのです。サイコサファイアの判定は絶対ですので。何も絶対王政をしいて世界の舵を取れと言っているわけではないのですから、もう少し気を楽にして、『みんな言うことを聞いてくれるんだなぁ』くらいの気分で楽しんでください」

「そんなノリになれないよ!」

「では、どうなさいますか?」

「とりあえず誰にも会いたくない。無理、本当無理!」

「ならばせめて、世情の理解のために、街に繰り出してみてはいかがですか?」

「それくらいなら……頑張ります」

「あとは、感触をつかむために、学校にでも行ってみたらいいかもしれませんね」

「学校?」

「社会の縮図とはよく言ったもので、F型表現者を養成する学校では、内部も派閥争いが苛烈だと聞いていますよ。各派閥の華族出身者もいれば、華族ではないF型表現者も在学しているそうですから。混迷を極めているようです」

「学校の先生になればいいの?」

「いいえ、せっかくですし、生徒として入学してはいかがですか?」

「は? 僕二十七歳だよ? 大学? 大学院? 専門学校?」

「高等部です。いいではありませんか。あなたの容姿は、十七歳から変化していないのですから、気づかれることはまずありません。中身だってそれほど成長していないようですし――失礼いたしました。失言でした」

「茨木って結構ひどいこと言うよね。だけど今更……体力が持たない気がする……」

「フォンス能力で運動能力を強化すればいいでしょう。勉強も問題ないはずです」

「本気で言ってるの?」

「ええ。戸籍も世界貴族の権限で新たに取得可能ですし、生年月日も操作できます。疑われることはないでしょう。それに、フォンス能力の使い方を基礎から教えてくれるわけですから、利点もあります。早速、入学案内を取りよせます。日本には一校しかありませんので、選ぶ余地はありません。それとも国外をご希望ですか?」

「日本でいいです」

「ちょうど春ですし、もうすぐ新学期が始まります。高等部二年生として編入する形にしましょう」


 僕がいちごタルトを食べ終わる前に、怒涛の勢いで決定してしまった。茨木の行動は迅速で、僕が見ている前で、電話を済ませ、見守っているうちに彼は戸籍も願書も編入試験問題も用意してしまった。ペンを渡され、僕は一応回答した。だけどこんなふうに、ゆるゆるな試験で良いのだろうか。ここのところの勉強の成果で分からない問題はほとんどなかったけど。ただ、フォンス能力についての出題や、最近の歴史の問題は一切出ていなかったのが、救いとしか言えない。そういう問題が出ていたら、全くわからなかった自信がある。問題の内容は、ごくごく一般的な現代国語や数学Aだったのだ。


「合格です」


 なんと、採点まで茨木がした。これじゃあ、仮に間違って回答していても合格だったんじゃないだろうか……。裏口入学の気分だ。


「フォンス能力の育成授業は二年生からと決まっているので、本当にちょうど良いタイミングですね。応援いたしております」

「いつから学校は始まるの?」

「明後日です。それまでに制服などを準備致しましょう。明日は学用品の買出しに行きましょう。街の情勢を知るにもうってつけです」


 心なしか、茨木が楽しそうに見えた。僕はいきなりヒキコモリ生活から完全脱出することになった現状で、不安でいっぱいだ。ついていけるのだろうか。


「戸籍は、万が一に備えて、私の関係者ということにしましょう。日本の華族程度であれば、世界貴族使用人の縁者には強くでられません」


 茨木が鼻で笑っている。この人は、世界貴族は嫌いそうだけど、案外権力だとかは好きそうな気がする。いいや、僕に何かあった時に備えて配慮してくれているんだと思っておこう。人を疑うのはよくないよね。プラス思考で行こう。


「お名前は隅州琉唯様で構いません。多くの人は、スミス氏とは東洋人ではないと考えていますし、まさか日本人だとは考えもしないでしょうから。下のお名前はそもそも公開されておりませんし。調査されても、同姓同名で乗り切れます」


 このようにして、着々と僕の入学準備は進んでいった。

 ただちょっと外で桜を見るだけだったはずなのに、なぜこういう展開になったのだろう。





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