■3:報道
「だけどそんな話聞いたことないです」
「当初うかがった際は、連日このニュースで持ちきりなので、てっきりご存知だと思っていたのですが……お話させていただいた限り、あまりニュースをご覧にならないようですね」
「う……見てないです……」
「試しにテレビをつけるか、ネットのニュースをみるか、どのような手法でも構いませんので、世界貴族についての情報を得てください」
慌てて頷き、僕は久しぶりに携帯電話を手繰りよせた。
電源をいれ、インターネットをみる。検索するまでもなく、トップニュースに、世界貴族と日本華族の情報があった。そこには、『世界貴族クリストフ伯爵庇護下の日本華族七瀬家のご息女晴香様が婚姻された』と書かれていた。
「日本華族ってなんですか?」
「世界貴族は、各国の自分の配下の者に独自の爵位を与えることが認められています。日本華族とは、いずれかの世界貴族より日本における貴族爵位を賜った家柄の者を指します。スミス様もご希望がありましたら、好きな方を陞爵できます。各国の貴族は、世界貴族とは異なり、独自認定ですので」
「世界貴族はどうやって認定されるんですか?」
「全ては、サイコサファイアに記述されます」
「サイコサファイア?」
「サイコサファイアに関しては、公開申請手続きを経なければ、世界貴族であっても閲覧は不可能です。世界貴族使用人連盟で保管いたしておりますが、石版に関しては、使用人は黙秘することになっております。それがシンセイ歴に入ってからの、変わらぬ規則です」
「新西暦? 西暦が新しくなったんですか?」
「神の聖なる暦と書きますが、実質、おっしゃるとおり、新しい西暦です。失礼ですが、今が何年何月何日かご存知ですか?」
「すみません、時間概念なくて」
「神聖歴三年、一月二十五日です。既に一昨年十月に神聖歴になり、世界貴族制度が広まってから二年以上が経過しています。スミス様の場合、大変強い能力をお持ちのため、審査に時間がかかり、今回までお待ちいただいた形です」
「純粋な疑問なんですけど、貴族制度なんて、多くの人が賛成するとは思えないんですけど……だ、だって、人権の問題とか……人間は平等って言うし……」
「多くの世界貴族・各国貴族のみなさまは、それは旧世代的な考え方だと述べています。世界貴族がいなければ、既に世界は滅びていたからです。統べる有能な世界貴族と非能力者たる多くの民衆は平等ではないという主張です」
「滅びていた?」
「人類滅亡関連案件も全て、公開申請手続きを踏まなければお話できません」
「ええと……ようするに僕は、人類が滅亡するようなことはしちゃいけないということですよね? そんな力があるとは思えないけど」
「その通りです」
「ほかにしちゃダメなこととか、やらなければならないことはありますか?」
「特にございません」
「何にもしなくていいんですか?」
「ええ。逆にしたいことがございましたら、何をなさっても構いません」
そんなことを言われても困ってしまう。
そもそも。そもそも、だ。
茨木さんや、今ざっと見たネットのニュースを信じるとしても、話がうますぎる。僕には利点しかない。人類滅亡なんて望んでもいないし。お金も信じられない額がもらえ、不老で、何をしても良いって、ちょっとどうかしている。まぁ、不老に関しては、永遠にヒキコモリ生活が続く可能性を考えると辛いけど。
「茨木さん的には、なにかコレをやったほうがいいっていうおすすめはありますか?」
「まず私に対する姿勢を変えてください。茨木と呼び捨てで結構ですし、敬語は必要ありません」
「は、はい!」
「……なおっていません。それと、こちらのお住まいではセキュリティが低すぎますので、お引越しを」
「引越しですか……たしか、出て行く二か月前に言わないといけなくて」
「手配は全てこちらで行います」
「新しい家も探さないと」
「取り急ぎ世界貴族使用人連盟で確保している家にご案内することができます」
「家賃はおいくらですか?」
「光熱水その他何もかも無料です」
「世界貴族をクビにならなければってことですか?」
「クビ? 一度任命された以上、永久的に世界貴族です。その上、スミス様は限りなく不死に近いと考えられます」
「え、不死? 不死って、死なないんですか?」
「基本的には」
「あの、なんだか話をきいてると、まるで僕、不可能が何もないスゴイ人みたいな、そういう印象なんですけど……」
「そのご理解で正しいと存じます」
「ありえないですよ。そんなはずないです。だって基本、僕、何にもできないし」
「例えば何ができないんですか?」
そう言われると困ってしまう。できないことだらけだと思うのだが、最近はなんにもしていないので、咄嗟に出てこない。
「け、けど! 不可能がない人なんていないと思います!」
「禁止されていることはいくつか存在しますが」
「例えば?」
「時間を戻すことと、死後三日以上経過している人間を含む動物の蘇生です。しかしこれらは、一般的に例えSランクのF型表現者でも非常に困難な事柄です。また他者の不老不死化も難しいでしょう。また、他者の気持ちを変化させることも難しいと言われていますし、推奨されておりません」
そんなの神の御業というやつじゃないんだろうか……。僕は無神論者というか、神様は心の中にいるんじゃないのかなぁ程度に考えていて、よくわからないけど、仮にできたら奇跡だと思う。
「とにかくまずは、お引越しを。荷物は後で運んでおきますので、参りましょう」
「今からですか?」
「ええ」
頷くと茨木さんが立ち上がった。そしてドアノブをひねったのだが――何気なくその先を見て、僕は目を瞠った。外には雪が降る風景が広がっているはずだったのに、明らかに現在は、豪奢なお部屋が広がっていたのだ。
「どうぞ、こちらへ」
おずおずと頷き、僕は扉の先を覗き込んだ。
するとそこには、ずらりと使用人らしき人々が並んでいた。なんというか、メイドさんや侍従さんとでもいうのか、執事服とはちょっと違うが上質な服を着た男の人達もいる。彼ら彼女らは、全員が、深々と腰を折っていた。
「みんな、スミス様をお連れしました。暫定的にこちらでお暮らしになります。失礼の無いように」
茨木さんの声が終わると同時に、全員が頷いた。
「ようこそおいでくださいました、スミス様」
そして彼らは、そんな風に唱和した。その中央に敷かれた赤い絨毯の上を、僕は茨木さんに先導されるがままに、恐る恐る歩く。毛足が長い絨毯だ。ちらちらと周囲を見るが、明らかに僕には場違いな大豪邸である。なにせ僕は、上下ジャージだし。そもそもどうして僕の部屋の扉の先が、大豪邸につながっているんだろう。振り返れば、そこには扉が閉まったばかりのエントランスがある。これもフォンス能力なのだろうか。フォンス能力とは、移動まで出来るのだろうか。それから僕は、階段をのぼり、三階の南の角部屋に案内された。
「こちらが執務室、隣が書斎となります。あちらは寝室です。奥の部屋はクローゼットとしてお使いください。お手洗いや浴室は、部屋を出て廊下の右手奥にございます。掃除や洗濯、ゴミの処分のために、毎日午前中に侍女が伺います。食事やお茶のお時間にご希望などはございますか?」
「ないです……」
「では朝食は午前八時、昼食は十二時半、ティタイムは午後三時、夕食は午後七時とさせていただきます。その他、なにか必要なものがございましたら、お申し付けください」
「必要というか、待ってください。僕そういう、そんな生活するんですか?」
「そんな生活とは? これは貴族の皆様の一般的な一日の流れです」
「だけど僕、今までひきこもりで、好きな時に寝て好きな時に起きて、好きな時にご飯を食べてたから、そんな風に規則正しいのは、無理です」
「今までの生活スタイルを維持することをご希望でしたらその通りに。ただし、進言を許していただけるのでしたら、大変不健康ですので、この引越しを機になおしてください。少なくとも朝の七時には起きてください。夜もあまり遅くまで起きていないようにしてください。六時間程度の睡眠時間の確保もおすすめします」
「はぁ……頑張ります」
「奥のクローゼットには、必要だろう衣類を揃えてありますので、ご自由にお使いください。好みに合わなければ、すぐに商人を呼びます。着替えや入浴、歯磨きの補助は必要ですか? 日本人の方は、ご自分でなさるのが好みの方が多いのですが」
「いらないです! 自分でやります!」
「承知致しました。それでは、夕食の時間にまた参ります。なにかご希望の料理はございますか?」
「お任せします」
「かしこまりました。では、それまでの間は、ごゆっくりなさってください。ほかに取り急ぎ、こちらへ移動したい家具などがございましたらおっしゃってください。既にこの部屋にあるものは、全てご自由にお使いください。このお屋敷は、世界貴族使用人連盟が世界貴族の出身国に必ず用意する物件ですので、今後も住む住まないにはかかわらず、スミス様のものです」
「特に自宅から持ってきたいものはないですけど……ここが僕の家って……それ、本当に?」
「ええ、もちろんです。私はスミス様の使用人として、忠実に尽くします。スミス様を裏切るような嘘偽りを口にすることは、決してございません。ただし黙秘する場合はありますが。例えば世界貴族使用人連盟規則に違反する場合などがその例です」
「さっき出迎えてくれた人も、みんな世界貴族使用人なんですか?」
「いいえ、彼らは私が手配させた使用人の侍女と侍従です。彼らにも、なんでもお申し付けください。他にも専属の医師、シェフや庭師もおります。ご希望でしたら音楽家もいつでも呼び出せますし、弁護士、会計士の手配も、必要であれば承ります」
「な、なんかまるで、貴族なんですけど?」
「ええ、貴方は世界貴族です」
「……状況が全然わからないです。頭が混乱しちゃって」
「時間はたっぷりございますので、ゆっくりご説明いたします。まずは一度、受け入れるために考える時間をとり、夕食までの間はお休みください。ほかに何か御用はございますか?」
「ないです」
「では下がらせていただきます」
茨木さんは、一礼すると出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます