ありえない方向から社会復帰した。
水鳴諒
――第一章――
■1:来客
僕は、ほぼヒキコモリだ。
完全なるヒキコモリというわけじゃない。なぜなら数日おきに、コンビニに出かけるからだ。そこで食事を調達している。その日はゴミを出す日だから、途中で集積場にも立ち寄る。しかしそれを除けば、一歩も部屋から出ない生活を送っている。
完全に無職だから、勿論職場の人と話すこともない。
ひとり暮らしで、家族とは絶縁状態だから、話す機会はゼロだ。
友人はいない。僕はもう半年以上、携帯電話の電源を入れていない。
インターネットもやらない。だからSNS上などにも知人はいない。
テレビも全く見ない。そのため、人間関係も絶望的に希薄だが、情報取得能力もほとんどない。ニュースなんか何にも知らない。流行りのアーティストはおろか、凶悪事件も、地域のほのぼのニュースも知らない。
だけど特にそれで、生活に困ったことはない。
僕には趣味すらないけど、毎日布団の上に横になって過ごしているのは、悪くない。
ぼんやりと考え事をして時間が経つのを待つ日々だ。
時折冷静に現状を分析し、このまま孤独死に向かうのだろうと思う。だけど毛布をかぶってゴロゴロしている時、僕は頭の中で様々なことを考えているから、あまり現実を思い出すことはない。空想の中での僕は、バリバリ働く有能なサラリーマンにもなれるし、大学生にだって戻れるのだ。あたりのキツい現実世界よりも、なんでも好きに想像できる空想世界の方が、僕は好きだ。
大学を卒業してから、もう五年が経ってしまった。
現在、二十七歳。
会社を辞めたのは、二十四歳の時だ。
以来、三年間無職で、二十五歳の頃からは、このヒキコモリ生活が続いている。
六畳の部屋で、壁が薄い事以外は、満足して生活しているのだ。
働きたいとか、友達が欲しいとか、恋人が欲しいとか、全く思わない。それらは空想世界で充足させている。
世間一般から見れば、おそらく僕って、ダメ人間だろう。
昔、もっと人付き合いに熱心だった頃の僕が、今の自分を見たら、がっかりする気がする。たまには僕も、そんなことを考えて、憂鬱な気持ちになる。部屋のほとんどを占領しているコタツに入りながら、僕はため息をついた。
インターホンが鳴ったのは、その時のことだった。
思わずびくりとしてから、眉をひそめて扉を見る。
コーヒーを淹れようとしていたから、マグカップに両手で触れたまま硬直した。
誰だろう。この部屋には、勧誘の人すら来ないから、全く心当たりがない。
可能性が一番高いのは、大家さんだ。火災報知器の点検のお知らせなどを、年に一・二 度教えに来てくれることがある。
再びインターホンが鳴った。残念ながら、カメラは付いていないので、来訪者の確認ができない。大家さんの場合は、続いてノックをするはずだからと、僕は外の気配を窺ったまま、じっとしていた。そうしていたら、それから控えめにノックの音がした。大家さんであれば、僕の名前を叫びながら大きくノックする。こんなふうに遠慮がちにノックしたりしない。誰だろう。本当に誰なんだろう。一気に緊張してきて、僕の心臓が激しい音を立て始めた。それから数度ノックが続いた。大家さんと話す時ですら緊張する僕には、突然の来訪者と言葉を交わすスキルなど無い。こうなったら、居留守しかない。
「失礼いたします」
その時、扉の外から声がかかった。聞き覚えのない、抑揚のない声音だった。
えっ、と、思わず息を飲んだとき、僕の視線の先で、鍵がクルリと回った。唖然としているうちに、扉が開く。ど、どうやって鍵を手に入れたんだろう? 鍵を持っているなんて、いよいよ相手が誰なのかわからない。家族ですら鍵を持っていない。だから大家さんに借りる以外には、無理だし、大家さんが鍵を貸すということは、警察とかそういう相手だろうけど、心当たりは何もない。
「お初にお目にかかります、スミスルイ様」
「は、はい、は、はじ……はじめまして……?」
僕は引きつった笑みを浮かべた。僕は緊張すると必死に笑おうとしてしまうのだ。だけど我ながら、表情がこわばっているのが分かる。それに笑うこと自体が久しぶり過ぎて、体が表情筋の動かし方を忘れてしまったみたいだ。声を出して会話をするのも久しぶりだったから、明らかに震えてしまったし、挙動不審になってしまっている。
それにしても、どういうことなんだろう?
はじめましてと、来訪者は口にした。なんだか高級そうな黒いスーツのようなものを着た青年が立っている。ただ、スーツというにはちょっと豪華すぎる気がする。ぱっと見た感じ、執事という言葉がしっくりくる。執事の本物なんて勿論見たことはないし、日本に生息しているのかもわからないけど。イメージだ。細い銀縁の眼鏡をかけている。確かに『はじめまして』だと思う。インパクトが大きい服装だから、一度見たら忘れないはずだ。そして僕は、これまでには見たことがない。
だけど相手は、僕の名前を知っている。部屋の外には、表札も出していないのに。
隅州が苗字で、琉唯が僕の名前だ。
「世界貴族使用人連盟から参りました。上級秘書官の茨木と申します。スミス様は、世界貴族に認定されました。爵位は公爵です。こちらが認定証となります。今後私は、スミス様のご指示に従いお世話させていただきます。この世界を、より良い世界へとお導きください」
無表情のまま、彼は淡々と言い切った。聴きやすい声音だったが、僕の頭には全く入ってこなかった。彼が何を言っているのか、さっぱりわからない。とりあえず、差し出された運転免許証サイズのカードを受け取る。そこには、スミス・ルイという僕の名と生年月日、そして『世界貴族(公爵)』と記載されていた。
「あの……僕、宗教とか、あんまり興味なくて」
「世界貴族の皆様には、信仰の自由が認められております。無宗教の自由もあります」
「そもそも世界貴族ってなんですか? そんなの聞いたこともないです。そういう妄想にとりつかれているなら、病院に行ったほうがいいと思います」
「世界貴族使用人は、健康診断が義務付けられており、私も先日受けましたが、正常でした。私は病気ではございません」
表情を変えるでもなく、茨木さんが言った。
彼の髪を、冬の風が乱している。
雪が舞っているのを見て、僕は身震いした。扉は全開だから、大変寒い。せめて部屋の中で話したいが、彼はどう考えても不審者だ。室内に案内していいのだろうか。不安でいっぱいのまま少しの間逡巡する。考えた末、僕は決意した。
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