第六章 マザーボードと弾痕
ep56.「できるだけ早くあたしの作業場に来て」
「二つ、大小と、並んでほくろがあるんですよ。河合君。――まるで双子星みたいに特徴的なやつが、ね」
安斎の言葉を思い出す。
双子星のような、特徴的なほくろ――。
そして昨日の石橋の反応を思い出す。
彼は露骨に河合の話題を避けようと必死になっていた。その名前を口にするだけで目が泳いで、顔は青ざめ、呂律もどこかおぼつかない。
顕著なPTSDの兆候だと感じた。いわゆるトラウマだ。
だから河合の話題を必死に避けようとして、無自覚に指先まで震わせる友人を前にし、玖珠はあれ以上追求できないと思った。安斎の名前を出してまで話をはぐらかす彼を追いつめるのは、どう考えても悪手だった。
それで昨日は、石橋本人には河合のことを聞けなかった──。
六月十五日、水曜日。
早朝、図書準備室に入るなり玖珠はノートPCを開いてブラウザを立ち上げた。
学生のいじめ事件について検索すれば、ネットの海からは大漁だ。こういった情報は被害者だけではなく加害者についても晒されるものである。
学生という身近な話題に転がる、地獄のような話題、内容――。いつ自分が当事者になってもおかしくはないそれらのニュースは手軽に味わえるスリルだから、こういったまとめサイトは小学生のときからよく使っていた。
三年前の、F市南中学のいじめ事件――。
軽く検索するだけで、地方ニュースやマイナーなネットニュースが、掲示板のまとめサイトがヒットした。
被害者の男子生徒は首謀者をはじめとする複数の生徒から暴行を受け、言動で精神的な苦痛を与えられ、自尊心を傷つけるやり方で嫌がらせを繰り返され――。
ネットの瓦礫の中から再び、石橋が己斐西とファミレスで話していた内容の写真を見つけた。
痩せこけた貧相な裸が主役の、悪趣味で滑稽な被写体。
その内容や、SNSにアップロードした生徒のコメント、他の嫌がらせを裏付けるメッセージのやり取りのスクリーンショット……。
関連ページを眺めつつ、あるサイトをしばらくスクロールして玖珠は手を止めた。
思わず長いため息が出る。
「――大小、並んだ二つの、双子星……」
黒髪の前髪の長い少年の写真が出てきた。
賞状を受け取っている派手な顔立ちの生徒だ。体操服の開いた襟ぐりからほくろが見える。
彼の名前は阿多丘皇帝(あたおか えんぺらー)と書かれていた。「皇帝」と書いて「エンペラー」と読むらしい。
玖珠はPCモニター越しにスマホで少年を撮影した。
有名な美容外科のスマホアプリをインストールし、整形のシミュレーター機能で加工する。
まずは目を二重にする。鼻筋も少しだけ整えて、最後に髪を金髪にする――。
阿多丘という少年は、玖珠のクラスメイトの河合雁也に、なった。
もう一度ため息を吐いて頭を抱える。
日本人は十五歳になれば合法的に名前を変えられる。
苗字は石橋と同じように、親が離婚すれば変えられる。
顔は外科的なメイクであっという間だ。
中学生以下の子どもは、高校生になれば別人に生まれ変われるのだ。
頭を抱えたまま少し考えて、玖珠はアプリを閉じ、通話画面を開いた。祈るように発信ボタンをタップすると、祈りは僅か三コール後に叶った。
「おはよ石橋君。大事な話があるから、できるだけ早くあたしの作業場に来て」
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