ep8.「どうやら答えはYESのようだ」
「……さて、無事にエログロ阿修羅なド性癖を共有したところで」
「エログロ阿修羅とか言うな」
「ほれ、何でも言ってよブラザー。あたしに答えられることなら何だって答えるし、協力だってするよ。あんたのスリリングな学生生活の一助になろうじゃないのさ」
玖珠はこれまでで最も親し気な笑顔を石橋に向けた。この短い時間で、本当に、玖珠璃瑠葉は石橋磐眞の唯一の友人となったのだ。
石橋は一人で解決するつもりだった難問を、高校生活で初めてできた友人に打ち明けることにした。不思議と肩の力は抜けていた。
「……そうだね、あくまで正義を持ったスリルジャンキーという君の信念を信じて打ち明けよう。実は先週の金曜、君の他に三人の女子からラブレターと告白を受けた」
「ヒューッ! モテ期到来! 修羅場不可避ッ! ……と言いたいところだが、そりゃプンプン匂うな。同時に三人――いや、あたしが邪魔した差出人を入れたら四人が君に告白を……。明らかに偶然じゃなさそうだ。ちなみに誰からもらったか聞いて良い?」
「安斎さん、喜屋武さん、己斐西さん」
玖珠が嬉しそうに身を乗り出した。
「安斎さん!? 安斎さんっていったら、大人しそうな外見の裏側に獰猛な野獣のようなサガを抱えていて、実は百戦錬磨の魔性の女で指先一つで動かせる豚のような下僕たちが学校内外を問わずわんさかといて――」
「それマジに言ってんの?」
玖珠は残念そうにだらりとソファに身を沈めた。
「いーえ! あたしの妄想です。……安斎さんは本当にさ、そんな妄想したくなるくらい普通のふわふわした子なんだよね。あんな子がすごいカルマを抱えてたら楽しいと思って、何度か彼女と話したことがあるんだけど、叩けど叩けどほこり一つ出やしない。夏でも着てるカーディガンは自傷行為のカーテンなんかじゃなく、単に日焼けと植物アレルギーの予防。それに雰囲気が何か石橋君に似てるし……これが現実だ。いきなり意見を翻すけど、その告白はマジなやつじゃないの?」
「ハッキリ言ってグレーだと思ってる。僕は決定的な彼女の弱みを握っているわけじゃないが、誰にだって隠し事の一つや二つはあるし、用心するに越したことはないと思う。それに……安斎さんが僕を貶める理由はなくても、僕を好きになる理由だってないんだよな……」
「それは分からんよ? 石橋君が知らないだけで、何か彼女を引き付ける特別な出来事があったのかもしれない。……んー、安斎さんのことは後回しかな。後の二人に心当たりはないの?」
後の二人――つまり己斐西と喜屋武のことだ。全く系統の違う風貌の女子を二人思い浮かべて、石橋はため息を吐いた。
「この二人についてはすでに確信してる。僕は彼女らの秘密を握ってるんだ。己斐西さんには既に彼女の秘密を知ったと疑われてしまう出来事があって……」
言いながら、己斐西のスマホに入ったメッセージの通知画面を思い出した。差出人は“しばいぬ”。彼女が年上の男と腕を組んで歩いている姿もハッキリと思い出せる。己斐西が年上の男性と金銭をやり取りして、彼女自身の時間や心を売り渡していることを、石橋は知ってしまっているのだ。
横目で窓の外を見ると、武道場のそばの水道が見えた。そこに見覚えのある黒髪の後ろ姿を確認する。喜屋武だ。
あの美しい少女があろうことか、誰もいない教室で誰かの衣服に顔を埋めて、窒息以外の理由で耳まで赤らめていた光景が今でも目に焼き付いている。喜屋武が誰かに対して執着に満ちた愛情を抱えていることも、石橋は知っている。
「……だからこの二人の告白は嘘で、多分入り口に過ぎないだろうと思ってる。例えば僕を油断させて隙あり一本。デート中に懲らしめて復讐、もしくは口封じをするため、とかね」
「己斐西さんモテるし修羅場いっぱい経験してそうだし、スキャンダル多そうだもんね。もしかしたら援交でもしてたとか!」
つい絶句した。この女の愉快な頭は何故こうも冴え渡っているのだろう。
「………………玖珠さん」
「え、あ、はい。何、今の間? もしかして図星――」
「僕は人の弱みを握る上で、ある三原則を遵守してるんだ。一つ、不要な相手から探るな。二つ、不要な相手には漏らすな。三つ、知っていることを知られるな。つまり――」
「つまり己斐西さんが援交してるのは事実だけど君のポリシーがそれをあたしに漏らすことを許せない、と」
石橋は何も言わなかった。正確には援助交際というよりパパ活だと否定したかったが、ズケズケと物を言う自称親友殿に「無神経な奴め」と怒鳴らないために黙っていたのだ。
しかし玖珠の無神経は止まらない。
「石橋君ほんとは隠し事ヘタクソだよね。なんていうか、嘘が杜撰(ずさん)だ。そんなだからこんなトラブってんじゃないの?」
「うるさいなあ僕ら友だちなんだろ!? 友だちを悪く言うなよ感じ悪いな!」
怒鳴らずにはいられなかった。変人メガネ女がとうとう笑い出す。
「逆ギレすんなよ面白いから……。まあいいや。じゃあ次、あたしが知ってることを一方的に話そうか。――喜屋武さんは男が大っ嫌いでこの世の何よりも憎んでる。そして女性を愛し、神聖視している。君が彼女の恨みを買ったのもそういうことだろ? 石橋君は彼女が大事にあっためてたその秘密を知っちまった。違うかい?」
「ああ、もう、そうだよその通りだよ。忌むべきXY染色体から秘密を握られて彼女おそらく怒髪天さ」机上に頬をぺたりとくっつけて石橋は項垂れる。「……ねえ僕ってマジで隠し事下手?」
「うん、かなり。無口な一匹狼演じて大正解だよ。英断だぜ。そんな調子じゃすぐボロが出る」
「それかなりへこむんだけど……」
「へこんでないでお話ししようぜアミーゴ。大事なもう一通の話がまだだろ。あたしが今恨みを買ってるやつの話さ。君を引っかけようとしたクソゲス野郎の話」
「ああ……そりゃ河合だ。河合雁也(かりや)。見るからにやりそうな顔してるもの。あいつで間違いない。――僕、外面には自信あったのに、だめだ、もうやる気なくした。…………今日のログインボーナス取ったっけ……」
「真面目にやれよ!」
すっかりやる気をなくしてスマホを取り出すと、テーブル越しに勢いよくひったくられた。
「今さらっと言ってくれたけど――河合ってあたしらのクラス委員長のことっしょ? 確かに人を搾取するクソDQNのニオイはする。だが彼の相方、クラス委員長の片割れは己斐西唯恋だ。これってもしかしたら単なる嫌がらせなんかじゃなくて、彼は己斐西さんに気があって、彼女と因縁のありそうなあんたを血祭りにあげようとしたのかも――」
「そりゃないな、君の暴力小説じゃあるまいし」玖珠の手からスマホを取り返して石橋は続ける。「河合は多分ああいう手合いのギャルに興味はない。タイプじゃないんだろ。そう顔に書いてある。どっちかっていうと飾り気のない素朴な、ちょっと目を凝らすと案外綺麗に見えるような人に惹かれるタイプだ。――そうだな、クラスの中で言うならちょうど、玖珠り――」
「やめろー! それなら安斎さんも当てはまりそうなもんだろ!? なんであたしの名前を出した!」
「スマホ取られたから」
「取り返したんだからいいだろ! ……まあいい、とにかくあたしは質の悪いクソ野郎を敵に回しちまったってわけだ。で、君はどうして彼のターゲットに?」
取り返したスマホをスリープにしてポケットに入れる。その中には、和田が最も人に知られたくない彼の自白が入っている。
「この前和田君の頼みごとを断ったとき、彼が河合からこう吹き込まれたって聞いたんだ。“石橋はマヌケで根暗で倒せそうだから下僕にできるぞ”って。まあ河合雁也ほどのイケメンクソ野郎にもなりゃ、下僕の一人もいないと学校生活忙しくてならんのかもな」
「そんなもんかね? あたしとしてはもっと何らかの、深ーい因縁とか私怨とかがあった方が面白……じゃなくて、信ぴょう性があると思うんだけどな」
「エンタメ以外は信用に値しない? まあ河合の場合はいざとなりゃ、鼻のシリコンと目尻の切開についての暴露を商談として持ちかけりゃいいさ……」
「おい、さらっと外科的メイクのことをあたしにバラしたな!? お前のポリシーはどうした!」
「いーんだよ河合なんて放っといて。あーいう手合いに僕は関わりたくないんだ。考えたくもない。考えるだけで脳にばい菌が移る。――それより聞きたいんだが玖珠さん」
「それよりって何だよ」
投げやりな石橋の口調にやきもきしているらしい、意外と熱心な玖珠に向かって、今度は石橋がテーブルに身を乗り出した。――できるだけ、窓の外から見えやすいように体を起こして。
いきなり顔を近づけられて目を丸くする玖珠に、石橋はさらに顔を近づける。
「喜屋武さんのことだけど――」
相手のまばたきの音さえ聞こえそうな距離に到達した瞬間――派手な音を立てて窓ガラスが割れた。
――ガシャンッ! という音を聞いたときには、石橋はすで頬に熱い感覚を持っていた。ガラス片が飛んできたようだ。血が出ていた。
「うヒッ!? 何!」
玖珠が頭を抱えて姿勢を低くしながら叫ぶ。驚きながらもその対処は冷静だ。危険から身を守る術が習性になっている。
――投石、だった。飛んできた石が窓ガラスを割り、出入り口の近くにある棚の角にぶつかって落ちていたのを石橋は見た。
「あー、聞く手間省けたな。彼女に殺意はあるのかって聞こうとしたんだ。どうやら答えはYESのようだ」
石橋は立ち上がって石を拾いに行った。手のひらで包める程度の小石だ。振り返ると、割れた窓ガラスから風が入ってカーテンが揺れていた。上履きで蹴るように床の上のガラス片を掃き集めて歩きながら、窓辺に立って武道場を見下ろす。先ほどまで麗しの弓道部員がいたそこには、もう誰もいない。
「石、だね。それもすごいスピード。ただ投げるだけじゃこうはいかない。もしかしたらパチンコでも使ったかな? すごい命中。飛んできたのはおそらく武道場方面。さて問題は犯人じゃなくその動機だ」
石を窓枠に置いて、石橋は頬の血を指でなぞった。真っ赤な鮮血。幸い傷は浅かった。
「偶然僕の姿が見えたんでカッとなって狙撃? 僕がここに来る可能性を想像するのは難しいだろうし、そのタイミングで奇跡的に武装してられるか? そもそもここに僕以外がいる可能性は考えたのか? なぜこの部屋を注意深く見ていたのか――?」
「ちょっと……待って、何言ってんの石橋君――」
窓に背を向ける振り返ると、ソファで頭を抱えたままの玖珠が青ざめた顔で石橋を見つめていた。この青い顔は――やはり興奮しているのだろうか。突然の狙撃という、彼女曰くスリルや快感に。
こんな変な女にも、やはり需要はあるらしい。
石橋は笑わずにはいられなかった。
「なあ玖珠さん。君が喜屋武照沙の秘密を知ったのはいつ? そのとき彼女を助けたり、何か恩を売ったりした? つまり、まあ、有り体に言えばだ――君が彼女に惚れられるような、そんなロマンチックな出来事があったんじゃないのかと今僕は考えてるわけだが?」
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