ぼっちの僕が同時に四人に告られたのは何かの謀略に違いないっ!

才羽しや

第一章 コックアンドロック

ep1.「靴箱にラブレターとかマジで今時あんの? なあなあ?」

 六月十日、金曜日。

 その朝、隣の県では梅雨入りが発表されたが、N県K市はまだ晴天を維持している。


 当時高校二年生だった石橋磐眞(はんま)は、梅雨よりも先に学校内でのトラブルに足を突っ込むことになった。


 登校して靴箱を開けた瞬間に叫びもうめきもせず、ため息すら耐えられたことを、石橋は心から自画自賛した。

 そこには三通の手紙が入っていた。彼の上履きを隠すように置かれた、自分以外が置いたであろう手紙が三通も入っていたのだ。

 当たり前だが石橋は異性にモテるタイプではない。突出して背が高くもなく低くもなく、顔のつくりも平均値。成績は学年順位の中の上。

 そんな自分に、同時に三通も意味ありげな手紙が? 

 なんて悪趣味な冗談だろうか――!


「なあなあなあなあ、もしかして今のってラブレター? 靴箱にラブレターとかマジで今時あんの? なあなあ?」


 声が聞こえた瞬間にロッカーの扉を閉めたが遅かった。背後に男の気配。

 面倒くさいのに見つかったな――。

 胸の内でついた悪態を隠して石橋が振り返ると、予想よりもずっと近くに、そのにやけ顔が立っていた。


 男は河合という名前の、学級委員長を務めている石橋のクラスメイトだった。緩々ガバガバの校則に許されたド派手な金髪頭を悪趣味なカチューシャでかき上げているその風貌は、目鼻立ちの整ったこいつでなければ許されまい。

 性格は馴れ馴れしくやかましく狡猾でいけ好かない。高校二年生にしてすでに飛び級かと疑いたくなるような、男子大学生特有の世間を舐め腐った理由なき上から目線を持ち、女子からは好かれ、声がでかく、平気で交通機関の座席で足を広げて座るような人間である。


 ハッキリ言って石橋が何より苦手とするタイプだった。

 一刻も早くこの男の興味を逃れるために、できるだけつまらなそうに石橋は顔をそむけて歩き出す。


「気のせいじゃない? 何も入ってなかったけど」

「俺は知ってるんだぜ石橋ぃー。お前は確かにぼっちで無口で人付き合いの悪い変わり者だけど、嫌われ者でも不細工でもコミュ障でもない。一匹狼のミステリアスな男子が気になるぅ! って女子、そら一定数いると思うぜ俺は」

「何度でもいうけど上履き以外何も入ってなかったよ。大丈夫だって、河合君のモテモテハーレムをぶち壊すような良い男にはなり得ないから」

「謙遜すんなって石橋。誰だよ誰からなんだよ、教えてくれたらアドバイスするぜ? 俺こー見えて情報通なんだよ、クラスの女子も先輩も後輩もそこそこ詳しいんだぜ?」

「気持ちだけもらっておくけど、人のことより自分のこと考えたら? ほら、後ろ」


 石橋が廊下で立ち止まり振り返ると、浅ましくも背後をついてきていた河合がきょとんとした顔で一緒に立ち止まった。その河合の背後で、石橋の視線を受けた後輩の女子が「はわわ」とでも言いたげな仕草で壁に隠れる。再びちらりと顔を出し、河合に熱視線を放射。

 振り返った河合の猫目が彼女と目を合わせたのを確認して、石橋は再び歩を進めた。

 置いて行かれたと気づいた河合が肩越しに振り返って声を上げる。


「あっおい石橋! 今度こそカラオケ行こうな!」

「多分用事あるから無理ー」

「多分ってなんだよ!」


 手を振って速足に歩き出し、図書室へ直行した。どうせこの学校には朝一で本を返しに来る熱心な読書家などいるわけもないが、各図書委員に週一回、等しく決められた仕事なので仕方がない。むしろ今は無人の空間を求めていたので丁度良い。

 入室した図書室内をぐるりと見渡してから、誰も来ないカウンターに座りポケットから封筒を三通開ける。


 一通は白地の封筒。何も書かれていない。

 一通は水色の封筒にハートのシール。わざとらしい丸文字で“石橋磐眞さんへ”と書かれている。

 一通は綺麗に折りたたまれたルーズリーフ。こちらも何も書かれていない。

 全てを開封して手紙の内容に目を通して、石橋は眉間をもんだ。何ということだ。あり得ない。なぜ同日に三通も――。


 自分が吐いたため息がかき消しそうなほど、カラ、と控えめに引き扉を開ける些細な音を、石橋は聞き洩らさなかった。


「おはようございます、石橋君。貸し出し良いです? ついでに返却も」


 目の前に立ち穏やかな声でそう言うのは、クラスメイトの安斎だった。彼女に見えないよう、左手でカウンターの下に三通の爆弾を隠しながら、右手でバーコードリーダーを取り出した。


「おはよう安斎さん。もちろん、どうぞ」


 いつも綺麗に結い上げられたお団子頭が特徴の安斎は、この学校の数少ない園芸部員だった。穏やかそうな見た目に反して猟奇ミステリーやスプラッタ小説を好んで借りていく側面は、石橋を含む図書委員しか知らないのではないだろうか。

 石橋は安斎から二冊の本を受け取ってPC側で貸出と返却の処理をし、あらかじめ用意しておいた栞に貸出期限を書き込んでから本に挟んで手渡した。


「はい、どうぞ。二週間後、再来週の金曜までに返してください」

「二週間ですね。ええ、わかりました。それじゃあ」


 にっこり手を振って安斎が出ていき、再び図書室に静寂が戻る。

 再びカウンターから三通のおぞましい手紙を取り出し、睨みつけてため息を吐いた。悩んでも仕方がない。起きた現実は処理しなくてはならないのだ。

 手紙を鞄に仕舞い、カウンターの上を片付けて教室へ向かった。


 談笑に沸き立つ教室へ入ると、数人のクラスメイトが思い出したように石橋のことを見て挨拶をした。「おはよう」「おはよう」形式だけの挨拶を返して石橋は自分の席へ向かう。鞄を下ろし、机に教科書をしまおうとしてふと違和感を覚える。

 嫌な汗が滲んだ。


「……嘘だろ……」


 石橋の小さな呟きは、賑やかな教室で誰の耳にも拾われなかった。

 震える手で机の中からそっと引き出したのは、もう一通の手紙。ご丁寧にハート型に折られてある。

 そっと椅子に座り、文庫小説をカモフラージュに開いて、その内側で紙を慎重に開く。


 ――本日なんと四通目の、ラブレターとかいう代物だった。

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