第三章
アマリリスの戦姫④
「でーんーかっ」
語尾にハートマークが付きそうな可愛らしい声色。
仰向けに寝そべる俺の顔を覗き込む真っ赤な髪と真紅の瞳。
満面の笑みを向けてくる彼女はとても可愛らしい少女に育った。
前かがみで覗き込んでくるものだから育ち始めたと思しき双丘がゆさゆさと身体の動きに合わせて揺れている。
ベローネ・アマリリス。
十二歳の誕生日を過ぎた彼女は戦女神という権能の持ち主で武芸において無類の強さを誇ってる。
二年で桁違いに成長したのは身体が大きくなったというだけでは説明できない。
彼女のレベルは72。
俺と同じレベルなのだ。鑑定したのはもちろんお師匠様──こと、ブラン・ジャスマイン。
「殿下に負けなくなったけど、まだ本気の殿下と戦ったことがないんだよね」
「本当に強くなったよね。ここ最近はずっとベローネに負けっぱなしか。武芸だけじゃ勝てないからって魔法を使いながら手合わせっていうのは武芸の鍛錬じゃない気がしてさ」
「ブラン様はサクヤ殿下にもう少し魔法を使っても良いって言われてるのにさ。わたし相手に使ってくれないじゃん?」
「いや、魔法を使っても良いんだけどさ。ズルしたみたいでイヤなんだよなー。武芸の修行っていう名目でベローネと手合わせしてるから、正々堂々と武芸でぶつかりたいんだ」
「って言うじゃん? わたし、本物の魔道士を相手に戦ってみたいっていう気持ちもあるのよね」
俺が起き上がろうとしたら、ベローネは退いて俺の隣に腰を下ろした。
「いや、俺、まだ十二歳にもなってないし、本物っていうにはまだまだだって」
「でも、ブラン様はサクヤ殿下に教えることは無いし、魔法だって今のサクヤ殿下には敵わないって言ってたよ?」
「それは過大評価なんだよね。お師匠様って俺のこと大袈裟に言いすぎてるんだよ」
手が空いたので片手に六属性の魔法を顕現させる。
最近になってようやっとできるようになった。
全属性を同時に使う。
これを大きくして射出することもできる。
けど、片手だからできるのであって両手に六属性ずつということは今もできない。
両手に五属性ずつの魔法を使おうとしたら霧散しちゃうからね。
「それはさ、殿下が魔法に関してストイックすぎるからじゃない?」
「そうかな……けど、もっとできるようになりたいんだよね。魔法は特に」
「それだよそれ。それを武芸にも活かせたら良いのに。そしたらわたし、もっと楽しい修行ができるんだよ?」
「いや、そういうのは間に合ってるから」
「でも、もうちょっと身体強化の強度を上げても良いんじゃなーい? わたしの修行のためにさ」
「それは考えておくよ。俺もどこまでできるのかわからないところがあってさ」
そうして隣り合って喋っていたら後ろから、麗らかな少女の声がする。
「サクヤ殿下、ベローネ、お昼の時間よ」
淡藤色の長い髪の毛が秋風に乗って凪いでいる。
吸い込まれそうな孔雀青色の瞳が、俺を睨んでいた。
「そんなことよりも、お話が聞こえましたが、もう少しお言葉に気を遣われたほうが宜しいかと存じますわ。おふたりとも」
エウフェミアの小言はいつになってもかわらない。
見た目の可愛さと厳しい態度。彼女は自分にも厳しいけど他人にも厳しい。
そんな彼女は最近になってようやっと、マトリカライア王国時代の大陸語を覚えて、俺と一緒に古代魔法について語らうことができるようになった。
「あはは。エウフェミア様は厳しいねぇ」
「厳しくもなります。ベローネだって辺境伯家の長女でしょう? 貴族の子女であれば、お言葉遣いや行儀作法を大事になさるべきよ」
「それはご尤も! だけど、わたし、妾の子だからね。そういうのは妹にお任せしてるの」
ベローネはそう言って担ぐ大きな両手持ちの木剣でトントンと肩を叩く。
わたしにはこれがある──と、そう言いたげだ。
「でしたら、イリス准将を見習うべきね」
イリス・ラエヴィガータ。
彼女はラエヴィガータ伯爵家の四女。妾腹の子ながら王国騎士団で一旅団の旅団長を務めている。
二年前に山村を襲ったスタンピード以降、ピオニア王国各地で大小の規模のスタンピードが幾度か発生していた。
最初のスタンピード──ニンフェア領を滅ぼしたコボルトとトロルの暴徒化の鎮圧には間に合わなかったものの、その後は王国騎士団が迅速に出兵するようになり、その中でもイリスは目立った活躍を続けていた。
そうして妾腹の娘ながら騎士爵を叙爵されるほどの功績を修めている。
「わたし、イリスお姉さまなら絶対にできると思ってたんだ」
ベローネが言う通りで、俺もイリスならできると思っていた。
週に二回の武芸の授業でベローネとふたり、イリスに師事して彼女の強さはよく分かっていたからね。
それに彼女の訓練などで共に行動をしていると、彼女の周りの騎士や民たちの憧憬の眼差しを一身に浴びていることにも気付いていた。
彼女の堂々とした様は凛として輝き、見る者を魅了する。
騎士団の中では大変な人気を誇っていて、遠征先でも英雄と並び称されるほどの賛美を浴びるイリス・ラエヴィガータ。
彼女はエウフェミアの耳にも届くほどで、やはり、ピオニア王国の英雄として、そして、騎士の手本として民の支持を得ていた。
スタンピードの多くは中級ダンジョンに出てくる魔物と同等。
イリスの強さなら上級ダンジョンでもパーティー構成を整えたら行けるはず──そう思えるほどの強さを有する実力者。
伊達に武芸で准将まで至っただけのことはあった。
「イリス様は武芸に秀でているというのに、行儀作法にも通じてらっしゃるのよ。ベローネはイリス様に師事なさっていたんですから、そういうところも見習ったほうがよろしくてよ」
「や、それは分かっているんですけれど……」
わたしにはそういうの向いてないっていうかなんというか──と声を小さくして言葉を濁すベローネ。
「ブラン様の手料理が冷めてしまわないうちにいただきましょう」
うつむくベローネに一瞬視線を落としたエウフェミアだが、小さく息を吐いてから、改めて昼食の誘いを言葉にした。
お昼ご飯は四人で食卓を囲う。
右にお師匠様。正面はベローネ。ベローネの隣にエウフェミア。
魚介料理が中心のお師匠様の料理をエウフェミアはとても美味しそうに食べる。
ベローネは魚料理が苦手だったけど、お師匠様の料理を口にしてから克服したそうだ。
だが、学園の給食や女子寮での魚料理は口にしないらしい。
この季節はカレイの類がよく獲れる。
料理はカレイが中心だった。
「遠目で見てたけど、サクヤ殿下はもう少し、魔法の強度を強めても良いんじゃないか。殿下は魔力の制御を精細にしたいようだけど、ある段階から魔力を抑えることは魔力の強度を上げるよりも難しく消耗も大きくなる。だから、魔力の強度を上げて制御できるようになれば、何れ細やかに調整ができるはずだよ」
食事が一段落したところでお師匠様が隣に座る俺に顔を向けて、俺が伸び悩んでいたことに対するアドバイスだろう。
お師匠様のその言葉は胸の中で染み渡るように広がった。
なるほど。魔法を極小だったり細かく調整するのは魔力を使えば良いのか。
俺は魔力を抑えることばかり考えていた。
魔力の出力量を抑えずに魔法の強弱を変えれば良い。
「まあ、わたくしには魔女という権能があるから権能が調整してくれるが、サクヤ殿下は自力で覚えなければならない。鍛錬が必要だが、魔法の威力は一定以上の魔力を使って調整するほうが難しくないはずだ」
「お師匠様! ありがとうございます。今ので何か掴めそうです」
やり方が掴めそうなら、居ても立っても居られない。
食事を早めて俺は裏庭──俺が作った更地に出る。
早速、魔法を試してみることにした。
魔力を練って強度を上げる。
指先に炎を灯すイメージで魔法を発現させた。
最初は何も制御しない適度な強さの火柱を起こす。
それから魔力量はそのまま、現象を弱めていく。
結論から言えば、上手く出来た。
これなら闇属性魔法での移動も楽になるだろう。
今までは魔法の威力を調整するには魔力を抑えれば良いと思ってた。
身体強化は魔力の強度で調整するけれど、身体強化とは違うらしい。
今までは体内に働きかける身体強化と体外で現象を起こす魔法を同じに考えていた。
これがそもそもの誤りだったらしい。
それが分かればあとは練習。
しばらくして──。
「でんかーー」
ベローネが来た。
両手持ちの木剣を持ってきているのでまた武芸の練習か。
しかし、俺も試したいことができた。
「手合わせする?」
と、俺が訊くとベローネは「もちろん」と笑顔を見せる。
「わかった。じゃあ、武具を取ってくるよ」
俺の武器は短めの片手持ちの木剣と小盾。
以前、ラクティフローラ地下水道で入手したミスリルショートソードと同じ大きさのもの。
防具は胸部を保護するプロテクターだけ。
これはベローネも同じだ。
準備をして裏庭に行くと既にベローネが万全の状態で俺を待っていた。
「さあ、ヤりましょう!」
ベローネの目はヤる気に満ちている。
ここ最近は俺が負け込んでいるけど、今日は何となく負ける気がしない。
両手に持った剣を俺に向けて構えるベローネに対して、俺も剣と盾を構えた。
「今日は負けないから」
負けるつもりは今回もない。
小一時間ほど経って、ようやっとベローネは諦めてくれた。
「も゛ー、うごげないー」
高レベル同士の戦闘だったからか全力を出し切ると疲労が大きい……というか、魔力切れだろう。
ベローネはなかなか負けを認めてくれなくて、一時間もかかった。
「ありがとうございました」
剣を納めて頭を下げる。
「んっくーーーっ……もっと、もっとシよーよ」
悔しそうな顔で俺に手を伸ばすベローネ。
もう動けないとばかりに仰向けで寝そべってるというのにまだ再戦したがってる。
とはいえ久し振りの勝利は気持ちが良い。
女の子相手に勝って嬉しい? って聞かれそうだけど、彼女は権能持ち。
この世界では筋力で男は勝り、魔力は女性のほうが優れていることが多い。
それでだいたい同等の実力を持つことになるから性差をそれほど感じることがなかった。
そんなわけで、手合わせしてるうちに権能の補正が働いたり熟練度が上がってベローネは俺を追い越すだろう。
それでも、ただ、魔力を抑えずに魔法の効果だけを抑制するやり方は俺には合ってる。
現にこうして、身体強化が効率よく使えたし、闇属性魔法を使った移動が細やかにコントロール出来た。
つかの間の勝利、と言ったところか。
数ヵ月後には確実に抜かれるからね。
「そんなこと言って、もう動けないんじゃないの?」
ベローネの手をとると彼女は俺の手を握って身体を起こす。
地べたに座って俺を見上げる緋色の髪の彼女。
「あはは。バレてたかー。殿下のせいで力が入らなくて立てないの」
もう模擬戦ができないほど疲弊したことを認めてベローネは胸当てを外した。
ボロンとこぼれ落ちるように揺れる双丘……。
十二歳の少女だと言うのに大人顔負けのものを持つ彼女だが俺(朔哉)の記憶によると、ベローネは貧乳キャラだった。
そんな違和感からか、ベローネの胸から目が離せずにいると──
「急に大きくなってさー。邪魔なんだよねー」
両手で両方のおっぱいを持ち上げてゆさゆさと手で揺らす。
それって俺に対するアピール?
触って良いの?
なんてことはあるはずがない。
ベローネも俺もまだまだ子ども。
男女の仲を意識し始める年頃だろうけれど、俺とベローネの間柄はそういうものじゃない。
しかし、俺(朔哉)の記憶があろうとなかろうと、目の前の美少女がおっぱいを強調する仕草は目に毒(※目の保養)。
顔を反らして目線はベローネのおっぱいに釘付けだ。
当然、居た堪れなくて言葉を発せず。
「それにしても、ブラン様の言葉でこれほど変わるなんてね」
「ちょっとしたコツみたいな話だったんで、いろいろ試させてもらったけど、ベローネのおかげで要領がつかめたよ」
ベローネが俺に感心して笑顔を見せてくれたから、なぜかホッとした俺はベローネの隣に腰をおろした。
もうすぐ冬を迎えるというのに、胸当てを外して薄着な彼女。
目線が近くなったことで、突起が浮かぶある一点に視線が向いてしまった。
「殿下、いくらなんでも見過ぎだからねッ!」
彼女は両手でそこを隠す。
「エッチ、スケベ、変態」
ベローネは俺を罵倒する。
だと言うのに特に恥ずかしがる様子を彼女は見せなかった。
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