第17話~タルスの一目ぼれ~
タルスと名乗った男の話はこうだ。まだ、魔王率いる魔族の軍が隔絶の山脈を越えて南の大地に侵攻を始める前。鉱脈を掘り出す坑道で良質な鉱石を求めて奥へと入っていた。そこで、男は双頭の蛇を見たという。ピエタ村の伝承では、双頭の蛇の巣には希少な鉱石が眠っていると言われていた。初めて蛇を見た男は興奮して、その蛇を追いかけ坑道をさらに奥へと進んだが蛇を見失った。戻ろうにも道がわからなくなり迷ってしまった。そんな時、蒼魔族の女と出会った。
「一目惚れだったんです」
「一目惚れって、相手は魔族ですよ!」
アンジェが驚くのも無理はなかった。中央教会の教えでは、魔族とは神の復活を妨げる悪しき存在でしかないのだ。
タルスはその場で彼女を口説いたという。人間の男に口説かれるなど初めての事だと、蒼魔族の女もタルスに興味を持った。それから、二人は坑道の奥で逢瀬を重ねた。その中で彼女から鉱物の加工についての技術(蒼魔族にとっては、料理方法でもある)を聞いた。それを鍛冶に応用する事によって、タルスは村でも一目置かれる鍛冶職人になった。その後、魔族と人間の戦が始まり、二人は離れ離れになった。しかし、互いに思う心が奇跡を起こした。一足先にピエタ村に戻ってきたタルスは、坑道の奥へと足を運んだ。そこで、彼女と再会したという。
「なるほど、それでこの男から、微かだが魔族の力を感じたのか」
「どういう事です?」
「魔族の女と交わったさいに、微かだが力が混じりあったのだ」
「えっ、ええぇ、じゃあ、その魔族とエッチしたって事ですか?」
タルスは恥ずかしそうに顔を縦に振った。魔族侵攻の際、人間の女が捕らえられ、魔族に凌辱されたという話は聞いたことがあるが、その逆は聞いた事がないとアンジェは言った。
一般的に言えば、魔族のほうが嗜好の範囲が広い。魔王自身も魔族より人間の女のほうが好みのタイプが多いくらいだ。しかし、人間の男と魔族の女という組み合わせは珍しい。それには理由がある。人間と違って魔族は魔力でなく、その肉体能力で戦う者が多い。つまり、魔族の兵士は男が主体なのだ。それに対して、魔力を使って戦う人間達では魔力の高い女のほうが優れた兵士となることが多い。
人間の男と魔族の女が出会う頻度はそう多くない。つまりは、確率の問題だった。
「しかし、蒼魔族の女か……」
魔王のかつての部下、眷属の中にも蒼魔族の女はいた。彼女は薄い青色の肌に、釣り上がった目、硬質の牙と爪を持つ。膂力も普通の人間の男では太刀打ちできないほど強い。
「魔族の女性とって、どうなんです?」
アンジェの興味は、そっちにあるみたいだった。
「彼女の肌は硬くて、とても美しいんです。まるで鉄みたいで……」
男は顔を上げ、うっとりした表情で語りだした。
「鉄みたいって、褒め言葉じゃないですよね……」
「この男……多少ズレているようだな」
アンジェと魔王がボソボソと会話していると、タルスは何かを思いだしたように言った。
「それにですね。彼女はピエタの村にとっての恩人でもあるんですよ!」
「恩人? どういう事です?」
「はい、ここだけの話なんですけど……魔族の侵攻を事前に教えてくれたんです」
魔王が率いた魔族軍が南の大地に侵攻する際、いくつかの侵攻ルートが選ばれた。その一つに、隔絶の山脈内に無数に存在する坑道を使ったルートがあった。蒼魔族は、鉱物を摂取する事で魔力を蓄える。山脈内は彼らの食事場でもある。人間達が南側から掘った坑道と、蒼魔族が北側から掘る食事場が、偶然かち合った場所が何か所かあったのだ。
魔族軍が坑道を通ってピエタ村に来る。その情報を伝えてくれたのが、彼女だった。事前にそれを知ったタルスは村に警告した。その事で、ピエタ村の住人の多くが命を救われた。
「それは、聞きづてならんな……」
その蒼魔族の女は、技術を教えただけでなく魔族の侵攻に際して人間を救う行為をした。つまり魔王にとっては裏切り者であった。
「それで、あなたはその魔族の女と、どうするつもりなの?」
「僕達、人も魔族もいない所で二人だけで暮らそうって約束したんです。だけど……」
戦争が終わり村に戻ると、タルスの腕を聞きつけたメリダ法国の騎士から大量の武器の発注がかかった。それを妬んだ者が、リスタルトの高官に手紙で言いつけたのだ。タルスが魔族と通じていると。そして、それは事実であった。
「噂で聞いたんです。近くリスタルトの審問官が、この村にやってくるって」
現在、ピエタの村には復興の為の人員として、メリダ法国の神官、カリアが代表を務める一団が来ている。当初はリスタルト側からもすぐに復興支援の兵士が来る予定だった。しかし、メリダ側が指揮系統が混乱するからと待つように要請した。その間にメリダ法国はピエタ村を切り取る算段だった。リスタルト側としては、今回の手紙は渡りに船だったのであろう。
「しかも、その中にはあの魔王を倒した騎士がいるって、もし、俺達の事がばれたら、どうなるか……」
「魔王を倒した、騎士だと?」
魔王の記憶に、あの屈辱の敗戦が呼び起こされていた。あの時の女騎士がこの村に来る。思ったよりも早く、復讐の機会が来たことに魔王は喜んだが、今の自分の姿を考えると、復讐どころではないと気づいた。
「あの女騎士が来るまでに、もっと力を蓄えなければ……」
蜥蜴姿の魔王はそう決心した。
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