第46話 死ね死ねメール



 帰宅途中で俺は、バイト終わりの紫野と合流した。

 紫野に、飲みに行こうと誘われたからだ。


 高階さんの言葉を振り払いながら、待ち合わせ場所の居酒屋に入ると、すでに紫野は来ていた。

 俺が酒を頼んだ時、紫野が先に頼んでいたと思しきつまみが運ばれてきた。


 お通しの枝豆に手を伸ばしながら、俺は紫野をじっくりと見る。

 まだ紫野は、俺の事が好きなのだろうか?


 そもそも、その言葉は本気なのだろうか?

 考えてみるが、よく分からない。

 そんな事を悩んでいた時、紫野がジョッキを置いた。


「あのさ……」

「ん?」

「――や、その、ああ、そうだ。怖い話を聞いたんだよ」


 紫野は何か他の事を言いたそうだったが、そう口にすると頬杖をついた。


「ある会社の資料室に、古い共用のパソコンがあったんだって」

「へぇ」

「それでさ、フリーメール使おうとしたら、他のメールアドレスの履歴が出てきたんだってさ」

「キャッシュを消して無かったんだな」

「かもな。でさぁ、パスワードも保存されてたから、まずいとは思ったらしいんだけどな、興味本位で中身を見たらしいんだ」

「それで?」

「『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』って、メールに何十行も書いてあったらしい」

「うわ、いやだなぁそれ」

「しかも宛先が自分の名前だったんだって。見た人のメールアドレス宛の下書きだったんだってさ」

「……俺なら、自分の名前をそういう風に見たら泣く」

「そんな話を奥さんにした後、その人は心臓麻痺で亡くなったんだってさ」

「え」

「結局誰がそのメールを書いたのかは不明だけど、不気味だよな」


 俺達は、そんな話をした。

 ちなみにメールネタはその後も続いた。

 帰りの電車の中、閑散とした車内で紫野が続けたのだ。


「そういえば、『死ね死ねメール』って知ってるか?」

「死ね死ねメール?」

「自分のアドレスから、ある日メールが届くんだって」

「そんなホラー映画あったよな」


 なんだったか。タイトルが出てこない。

 最後の場面が特に怖かった覚えがある。


「それで?」


 俺が続きを促すと、紫野が腕を組んだ。


「昔で言うチェーンメールだな。元を辿れば不幸の手紙。ほら、あっただろ? これを何人かに転送しないと、『不幸が訪れます』って奴」

「ああ、そんなのもあったな」

「それの、『このメールが来た事を五人に伝えないと死んじゃうぞ』って届くバージョン」

「誰か届いた人がいるのか?」

「あー……絶対、聞いてないと思ってた。やっぱり聞いて無かったか」

「え?」

「時島に届いたんだってさ」

「え」


 確かに俺はそんな話をまったく聞いてはいない。


「話した相手には同じメールが届くらしいから、俺に話した時島も大概酷い奴だよな」

「ちょっと待って、それって紫野から聞いた俺にも届くって事か?」

「着たら俺と時島に話せよ」


 そう言って紫野はその日笑った。

 ちなみに俺にそのメールが届く事は無かった。後で聞いたのだが、紫野は俺に、十一人目に話したらしい。


 なお俺は、時島に話してもらえなかったという事実に、頼られなかったような気になって、数日間落ち込んだ。それで勇気を出して問いただした所、「左鳥に何かあったら困る」と笑われた。


「紫野に話したのは、紫野が俺に話してきたからだぞ。紫野の話を聞いた夜にメールが届いたから、即座に紫野に話返しただけだ――全く、酷いのはどっちだろうな」


 俺はそれを聞きながら、時島が楽しそうに見えて、心配して損をした気分を味わった。





 ――そう言えば、これも紫野に聞いた話だ。


 なんでも紫野のバイト先の一つの店長に起きた出来事らしい。


 店長は、一人暮らしをしていて、ある日引っ越しをした。家具など何も無い部屋だったから、何か置こうと考えていた時、正面にあった集積場で一つの箱を見つけたそうだ。そのゴミ捨て場には様々な家具が捨てられていたから、棚や本棚を拝借するついでにその小箱も店長は持ち帰ったのだという。


 小箱は、よく見ると、オルゴールだったそうだ。

 どこかで聴いた事のある音色を奏でた。何の変哲もないオルゴールだった。


 ……一度聞いて飽きたそうだ。


 次の日も仕事が合ったから、すぐにその後眠ったらしい。

 そして――午前二時ごろ目が覚めた。


 オルゴールの音がしたからだ。


 最初は夢だろうと思い、覚醒してからは――さすが捨てられていただけあって、あのオルゴールは壊れているのだろうと判断した。


 それから改めて眠り、翌日も仕事へと出かけた。


 ――その翌日の夜も、再び午前二時頃、オルゴールが鳴った。


 時計でも仕込まれているのかと思い、そのまま起きて箱を確かめる。

 蔦の模様が描かれている四角い小箱で、上の部分が透明なガラス張り。

 中を覗くとピアノの形をした細工が見えたそうだ。


 側部に螺子がついていて、それをねじると音が出る。


 沢山の小人が彫られていた。


 そうして見ていくと、やはりありきたりなオルゴールで、時計や仕掛けなど、ありそうにも無かったそうだ。


 だが、その翌日も、さらに翌日も、延々と午前二時ごろオルゴールは鳴った。

 正確には、午前二時十五分で、もうその時間を店長は覚えてしまったらしい。


 はっきり言って仕事に差し支えるのと、次第にその音色が不気味に思えてきた事もあり、ついに店長はオルゴールを、元々あった場所に捨てる決意をしたそうだ。


 しかし次の日仕事から戻ると……棚の上には、捨てたはずのオルゴールがあったのだという。


 不審者の犯行だとしても気持ちが悪いし、すぐにまたその小箱を捨てに店長は外へと出た。


 そして部屋へと戻り、何気なく窓を見た瞬間、そこに張り付いている無数の小人を見た。


 べたりと顔を窓ガラスにはりつけ、小さな手もべたべたと押し付けられている。

 怖気が走り、慌ててカーテンを閉めた時――もうオルゴールは無いというのに、例の音色が響き渡ってきたそうだ。


 早く寝てしまおうと思い、その日は早く布団に入った。

 だが夢の中でもオルゴールの音色がこびりついたように鳴り響き、結局あまりよく眠れなかった。


 このままでは精神的に厳しい。そう思いながら翌朝、仕事へ出るため、翌日玄関の扉を開けて絶句した。

 扉の前にオルゴールの小箱があったのだという。


 店長はすぐにその部屋を引っ越したそうだ。


 結局あのオルゴールが何だったのかは、今でも分からないらしい。

 ただ直感で、「あの音色を聞き続けていたら、自分は死んでいただろう」と店長は語ったそうだ。


「ま、店長が無事で良かったよ。あの人は気が良い人だからな」


 そんな事を言った紫野が印象的だった。




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