4-2
墨華が魅了される出来事は、私が中学二年生のときに始まった。これはこの物語の初期に述べた通りである。しかし、私と墨華との物語を話すとなると、小学生の頃にまで遡る必要があるだろう。
とはいえ、そう大した話ではない。まどろっこしいから結論から述べれば、要するに私はいじめられたというだけだ。
私は幼い頃から色素の薄い子どもだった。本当に色素が欠落していればアルビノというのに合致したのだろうが、髪は多少薄くとも黒に近い。しかし、肌は奇妙なくらいに白く、眼が灰色である。一部の遺伝子が、中途半端に機能しなかったか、異常を示したか、そんなところなのだろう。
幸い視力は最低限保たれているし、いや色つき眼鏡をかける全うな理由を得られなかったから幸いではないのかもしれないが、兎も角、日常生活に支障のある状態にはなっていないし、その他も大きな問題はない。敢えて挙げるならば、直射日光に晒されると焼けるように肌が痛いくらいだが、まぁ、燃えて悶え苦しむ羽目になったどこぞの吸血鬼の高校生に比べれば余程恵まれている。
冗談はさておき、子どもというのは純粋無垢と評されることがしばしばだが、時に残酷であることも世間の周知する所である。思ったことは直ぐ言うし、言語による解釈という術をあまり心得ていない場合が多いから、自身の言葉の理不尽さに気がつかない。
――変な色だね。
誰が言ったかは覚えていないが、その、音にすれば五音しかない形容が、私のラベルの色をも決定した。あとは周囲の環境に適したように己の立ち位置が決定されるだけである。均衡を保つために決して存在が破壊されないのが、思い返せば凄惨だ。
ところで、たちの悪いことに、概ねの教室においては集団への帰属意識が芽生えている。結果、何らかのキャラを演じることが当たり前となる。
演じる。そう、まさに演じるのだ。
意識的にでなくとも、能動的でなくとも、環境が勝手にそれを誘導して、自然発生的に演者を創出させるのだ。
だから、私もいつの間にか演じていたらしい。
「いじめられっ子ってね、ある意味幸せなんだよ」
「えらく攻撃的な科白が飛び出したな」
「あぁいや待って、幸せって言うのは語弊があるかもしれない。私の感覚だと、そうだな、安心感っていうのかな」
ここで冬木は目を伏せて思案したようだったが、瞼を二度か三度ほど瞬いた後に、ぼそぼそと、何かを確かめるような声音で言った。
「他者との関係を維持してはいる、ということか」
「そうかな。うん、たぶんそんな感じ」
但し、きっと道徳としては正しくはない。褒め称えられるべきものでは到底ない。それくらい誰だって、一寸頭を働かせれば分かる。でも、正しくはないけれど、間違ってもいないのだろうとも、思ってしまう。
要するに、それが当然で、一般で、是なのだ。 とどのつまり、己が可愛いだけなのだ。
そうして、そんな自分に気づいて惨めになる。惨めな自分を哀れむ。
いや、哀れんでいるつもりになる。そうやって演じているだけなのかもしれない。演じていることにも気がつかずに。
いっそ、目一杯悲しんでみようか。悲しんでいる姿を思い浮かべてみようか。鏡に映してみようか。なけなしの涙くらいは、流れるかもしれない。
ふぅ、と私は嘆息を漏らした。それから左頬を鞄に押し込む。自然、視界が扉の方へと移動したが、その先に人影があるのが見えた。
「あぁ、そういえば水曜日だったっけ」
「ん? あぁ、本当だ。気を遣わせてしまったみたいだな」
「七夜先輩、もういいですよ」
言ってから、これで人違いだったら酷く恥ずかしいなと気づいたが、程なくしてがらがらと開いた入り口から覗いた顔が彼女であったため、心配は無用に終わった。
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