第21話
結局、健の提案に反対意見は出ず、健の家で昼食を食べることとなった。
自宅に到着して早々、健は昼食の準備に取り掛かる。
考えている作業としては二つ。不足している量を埋め合わせるため、簡単な付け合わせを作る作業と、先日のあまりをおせち箱に詰める作業だ。
三人にはリビングで待ってもらい、自分一人で準備しようとしたのだが、明莉が手伝うと手を上げたため、明莉と二人で準備をすることになった。
明莉はテキパキと作業をこなしつつ、からかうように健に声をかけてきた。
「しっかし、ケン。今年はおせち多めに作ってたから不思議に思ってたけど、元々おせちを餌に知聖ちゃんを家に連れ込む予定だったんでしょー? あーやだやだ、やらしー」
図星だった。こういう時だけ妙に鋭くなるのが何ともうっとうしい。
「……バカ、変な言い方をするな。麻由も会いたがってたし、丁度いいと思ったんだよ」
誤魔化すために妹を言い訳に使うと、明莉は含み笑いを浮かべながら、肘で健の腕をつついてきた。
「今日麻由ちゃんいないじゃん。どうせ二人っきりになる計画だったんじゃないの~?」
しまった。今日麻由は友達との遊びで、父は親戚へのあいさつで、二人とも朝から家を出払っていたのだ。
知聖を家に誘おうとしていたのはその通りだが、家族が出掛けるタイミングと、知聖を誘うタイミングが重なったのは本当に偶然であり、決して知聖と二人きりになろうと下心があったわけではない。
健は明莉の腕を払いのけながら、彼女の言葉を否定する。
「別に変な考えはなかったよ。というかさっきから、『連れ込む』だとか『計画』だとか、言い方に悪意が感じられるんだけど?」
明莉は、健の腕払いをひらりと回避して距離を取ると、首を傾げて健の顔を覗き込んでくる。
「え~、そうかな~? 下心があるからそう聞こえるだけじゃないかな~?」
その声は弾んでいて、どこか楽しそうだった。
明莉はきっと、健が知聖に好意を持っていることに気付いており、からかって楽しんでいるのだろう。何と意地の悪いことだろう。
健は「ふん」と鼻を鳴らしながら、明莉から視線を外し、これ以上は取り合わないと意思表示をする。
その時、リビングにいる八坂と知聖が一瞬目に入り、サーっと血の気が引く。ダイニングキッチンであるため、今の会話が筒抜けだったのだ。
もし、今の会話を知聖に聞かれていたら、家に連れ込むことを計画していた変態だと思われてしまう。
そう思い、リビングの二人の様子を恐る恐る確認する。
知聖は、こちらには一切目もくれず本を読んでおり、八坂はリビングを興味深そうに見回していた。
二人の様子を見る限り、こちらの会話は聞こえてなかったようだ。
健は安心すると同時に、二人の様子にある違和感を覚える。
普通は、二人きりの状況を作られると、関係性が浅い人程、会話を繋ごうと気を遣うものだ。
だが、二人の間にはそういった気遣いが欠けているように見えた。知聖は一人で本の世界に入り込んでおり、八坂をそれを気にも留めていない。なのに不思議と空気の悪さはなく、それが自然であるような……例えるのは難しいが、まるで熟年の夫婦のような空気を感じてしまう。
「なに? 二人の様子気になるの?」
「うわっ」
いきなり耳元で明莉の声がしたため、驚いて変な声を上げてしまう。
いつの間にか距離を詰めていた明莉は、驚いた健の姿を見て、いたずらが成功したようにニシシと笑った後、知聖たちの方へ視線を向ける。
「ケンも気づいた? あの二人、知聖ちゃんがテニスサークルに入ってきた時から、なーんか親し気だったんだよねー」
「……へぇ」
知聖がテニスサークルに加入する前からの関係、という事だろうか。
気になったため、少し探りを入れてみる。
「同じ高校だった、とかなのかな?」
明莉は、「んー」と天井を見つめて数秒思案した後、健の質問に答える。
「私もわかんないや。でも、仲いいのバレバレだよね。二人とも……特に知聖ちゃんは隠そうとしてるみたいだったけど」
明莉はそう言って彼らから視線を外すと、この話はおしまい、とでも言うように、別の世間話を語り出した。
分からない、というには不自然な間だった。もしかしたら、明莉は何か知っているのかもしれない。
だが、それを隠したという事は、きっと彼女の口からは言いにくい事情があるのだろう。であれば、あまり詮索しない方がいい。
そう思った健は、なるべく知聖たちの方に目を向けないようにしながら、調理を開始した。
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