第32話 魔導書

「ヤミン君のお父さんとお祖父さんは商人だって言ったよね?もしかして魔道具とかも販売しているの?」

「勿論扱ってるよ。でも、魔道具は貴重だからあんまり数は揃えていないと思うけど……」

「その中に収納鞄みたいな異空間に物を預けるような魔道具はないの?」

「いや、そういう商品は取り扱ってないな。そもそも商人ならそんな便利な魔道具を売ったりしないよ」



収納系の魔道具は荷物の運搬などに役立つため、どんなに金が困っている商人でも売りに出すなど有り得ない。仮にヤミンの父親の商会が収納系の魔道具を所持していたとしても、それはあくまで商会の所有物であって勘当されたヤミンが持ち出して良い物ではない。



(そういえばゴーマンさんも俺の収納鞄を欲しがってたな。う~ん、この収納鞄を貸せば荷物ぐらい預けられるけど、魔王様から借りた物を勝手に渡すわけにもいかないし……)



ナイトが所有する魔道具の類は全てアイリスの物であり、彼女の許可なく他人に貸し与える事はできない。そもそもナイトも収納鞄は普段から利用しているので手放したくはなかった。



(どうにか収納系の魔道具を手に入れる方法はないかな……ん?そういえば前に魔王様が闇属性の魔法の中に異空間に繋げる魔法があると言ってたな)



以前アイリスが城の中で闇属性の魔法を利用して大きな石像(先代魔王の姿を模した石像)を異空間に収納した事をナイトは思い出し、彼女の魔法をヤミンが覚えればどんな荷物でも運び出せる可能性はあった。



「ヤミン君、俺も自分の荷物をまとめないといけないから……」

「ああ、分かった。話を聞いてくれてありがとうな……少しは気が楽になったよ。僕はもう寝るよ」



ヤミンは眠気が限界を迎えたのか、荷物の隙間に身体を横たわらせて眠り始める。そんな彼を見てナイトは任務を抜きにしても力になってやりたいと思い、部屋の外に出てマオを探す――






――マオは洗濯中だったらしく、宿屋の裏庭で洗濯物を干していた。ナイトは彼女の仕事を手伝いながら相談する。



「ほうほう、つまりヤミン君に私の収納魔法を教えてほしいという事ですね」

「はい……あの、魔王様の魔法は人間でも使えますか?」

「それは問題ありません。収納魔法は闇属性の適性があれば扱えます」



黒色魔術師であるヤミンならばマオが扱う「収納魔法」も習得可能だった。洗濯を干し終えたマオは両手を前に掲げると、黒色の渦を想像させるを作り出す。



「収納魔法は異空間に物体を預ける魔法ですが、無限に取り込めるわけではありません。術者の魔力量に応じて預けられる質量が異なります。だから魔力量が少ない人間が収納魔法を覚えたとしても対して役に立ちませんね」

「え、そうなんですか!?」

「でも、ヤミン君は一応は勇者候補ですからね。魔力量は常人の数十倍はありますから、きっと荷物を預ける事は問題ないでしょう」

「す、数十倍……」



ハルカもヤミンも勇者の素質があるために常人とは比べ物にならない魔力量を誇り、仮にヤミンが収納魔法を覚えれば全ての荷物を異空間に預ける事ができる。問題なのはどうやって彼に収納魔法を教えるかだった。



「本来魔法というのは時間をかけて覚えなきゃいけないんです。しかも収納魔法は異空間に干渉する高等魔術ですからね、私が指導したとしても数日で覚えるのは不可能です」

「え、それじゃあ……」

「待ってください。まだ話は終わってませんよ」



マオは黒渦の中に手を突っ込むと、一冊の本を取り出した。分厚さは辞典並にあり、それをナイトに渡した。不思議に思ったナイトは表紙を確認すると「黒渦ブラックゲート」と記されていた。



「これが収納魔法の魔導書です」

「魔導書?」

「分かりやすく説明すればこの本を読むと魔法を扱えるようになります」

「えっ!?これを読むだけで!?」

「読むだけとは言いますが簡単ではありませんよ。中身を開いて下さい」



ナイトは魔導書を開いてみると見たこともない文字が記されており、こちらの文字は魔術師にしか読み解く事ができない暗号らしく、普通の人間には解読はできない代物だった。



「この本の暗号を全て読み解かないと収納魔法は習得できません。でも、普通に修行しても覚える場合はどんなに早くても一か月はかかります。ヤミン君が収納魔法を早く覚えたいというのならこの魔導書を読ませるしかありませんね」

「け、結構分厚いと思うんですけど……何ページあるんですか?」

「さあ?私は収納魔法は自力で習得したので読んだ事はありません。ページ数も記されているわけではありませんから」



辞典並の分厚さを誇る魔導書をナイトは眺め、こんな物をヤミンが数日で読み解けるのかは不安を抱く。しかし、彼が本気で収納魔法を覚えたいというのであれば魔導書を読み解く以外に方法はない。



「マオちゃん様、この魔導書は借りても良いですか?」

「何ですかその斬新な呼び方は……その魔導書なら予備もありますから差し上げますよ。そもそも魔導書は一度読み解けば効力を失いますからね」

「え、そうなんですか?」

「魔法を習得した時点で魔導書は《《色を失います》。色が無くなった魔導書は文字も消えてただの本に戻ってしまうんです」

「へ、へえっ……」

「ちなみに魔導書はとても高価な代物なので滅多に手に入る代物じゃありません。その魔導書も売れば豪邸が立つぐらいのお金になりますね」

「ええっ!?」



魔導書の価値を知ってナイトは慌てふためき、まさかそれほどの価値がある代物を渡されるとは思わなかった。いくらヤミンの役に立ちたいとは思ったとはいえ、そんな高価な物を受け取って大丈夫なのかと不安を抱くが、マオは全く気にしていなかった。



「さっきも言いましたけど、それぐらいの魔導書ならいくらでも持ってるので遠慮はいりませんよ。何でしたらハルカさんの分も渡しておきましょうか?」

「ハルカの分も?」

「私としても勇者には強くなってもらわないと困るんですよ。他の魔王を倒すためには勇者の力は必要不可欠なんですからね……という事でこれを渡しておきましょう」



黒渦の中にマオは再び腕を突っ込み、今度は真っ白な本を取り出す。こちらの本には「中級回復魔法ヒーリング」と記されており、ハルカが扱う「初級回復魔法ヒール」よりも上位の回復魔法を覚えられる魔導書だった――






――二つの魔導書を受け取ったナイトは部屋へ戻り、どのように魔導書を二人に渡すのかを考える。二人とも疲れて休んでおり、しばらくは起きそうにない。



「魔導書なんていきなり渡したら怪しまれないかな……」



売れば豪邸が建てるほどの価値のある魔導書を急に渡されても怪しまれる可能性が高く、どのように渡せばいいのかナイトは思い悩む。だが、疲労の限界を迎えたのかナイトは眠気に襲われてベッドに横になる。



(そういえば昨日から碌に休んでなかった……俺も眠ろうかな)



ベッドの上で目を閉じたナイトは眠りにつこうとした時、不意に大きな魔力が近付いている事に気が付く。魔力の主にはナイトも心当たりがあり、慌てて彼はベッドから起き上がる。



(まさか!?どうしてあの人がここに!?)



宿屋に接近する魔力にナイトは非常に焦り、この宿屋にはマオが従業員に化けて潜伏している。もしも魔力の主とマオが鉢合わせしたら大変な事態に陥る可能性が高く、慌てて部屋を飛び出す。


現在のマオは魔力を封じる魔道具を装着しており、ナイトの魔力感知でも居場所を捉える事はできなかった。一先ずはナイトは宿屋の表口に接近する魔力の元へ向かう。



(どうしてあの人がここに!?まさか魔王様の正体がバレたのか!?)



ナイトが宿屋の受付に辿り着くと、そこには既に受付席に座るマオと城下町の警備隊の隊長のモウカが向かい合っていた。



「すいません〜うちの宿屋は勇者学園の入学生の方で貸し切りとなっておりますので宿泊はできません」

「だから泊まりに来たわけじゃないって言ってるだろ?あたしはここに泊まっているはずのガキ共に会いに来ただけだよ」



受付に座るマオにモウカが普通に話しかけ、二人の姿を見てナイトは全身から冷や汗を流す。片や魔王、片や魔族を圧倒する力を持つ「剛力の加護」を持つ超人、もしもこの二人がお互いの正体に気づいたらとんでもない事態になるのは明白だった。

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