第25話 心の距離の縮まり②
「先にお菓子とお飲み物をどうぞ」
「ん、ありがと……」
一分という指定した時間ピッタリにドアのノックしたレオンが入室し、差し入れを机上に置いた後のこと。
「いいわよ、そこに座って」
手をソファーに向けて伸ばしたテトラは、立ちっぱなしにならないようにすぐ指示を飛ばしていた。
「お心遣い感謝します。では、腰を下ろさせてもらいますね」
「姿勢も崩していいわよ? どうせだし、あたししかいないから」
「いえいえ、仕事中ですので、そちらは遠慮させていただきます」
「……そ」
楽になるようなことを伝えたものの、首を左右に振り、笑みを浮かべて否定をするレオン。
『大いに手を抜いた』なんて冗談を言うような人が、この通り融通を利かせないのだ。
この一件で、
『もう少し信憑性のある内容を言ってちょうだいよ。現状、なにもセンスが感じられないわ』
——と、学園まで送迎に来てくれた際に入れたツッコミはより正しいものになっただろう。
そして、ソファーに座った瞬間、少し表情が柔らかくなった彼をテトラは見逃していなかった。
「あなたいつぶり? そうやって腰を下ろしたのは」
「そうです……ね。思い返せば、テトラお嬢様と一緒に馬車に乗らせていただいた時ぶりでしょうか」
「やっぱりそんなことだろうと思ったわ」
あの表情から、なんとなくそんな気がしたのだ。
レオンについては、アイラ・フリアから詳しく教えてもらったこともあり、彼への理解度が高まったのだ。
「ねえ、少しは休憩するための時間を作りなさいよ? あたしは怒らないし、誰かに怒られるようなら庇ってあげるから」
「…………もったいないお言葉をありがとうございます」
「え? 今、なにか間があったけど……おかしなこと言ったかしら? あたし」
いつも通りの返事ではあったものの、普段とは違うところがあったからこそ、違和感を覚えた。
「いつも以上にテトラお嬢様がお優しいような気がしまして」
「角が立たないように気をつけているのでしょうけど、普通に失礼なこと言っているわよ。あなた」
「率直に申し上げますと、自分のことを多少なりに好きになってもらえたのかな……と、淡い期待を」
「ふぅん。そのくらい優しく感じたのね」
なにかと疲れているだろうに、そう感じさせない笑顔を向けてくるレオンに対し、容赦なくジトーっと目を細めるテトラである。
「一体なにを誤魔化そうとしているのかしらね、あなたは。随分とおちゃらけたし」
「ッ……、あはは……。今回はそれには当てはまりませんので……」
「息を呑んだ反応からはとてもそうだと思えないけれど? 本当、アイラ嬢からいい情報が聞くことができたわ」
レオンの癖というのか、手札を教えてもらえたのは本当に優位に立てることだった。
「……で、教えてはくれないの? あなたはあたしと話したかったのでしょ? なら隠さない方が盛り上がると思うのだけど」
深掘りをするのは、単純に気になるから。
『少しは休憩するようにしなさいよ? 別にあたしは怒らないし、誰かに怒られるようなら庇ってあげるから』
——この言葉に対して、発生した
本来、引っかかるようなことはない、当たり前の発言であるにもかかわらず起きたことなのだ。
「テトラお嬢様、こればかりはご慈悲をいただけないでしょうか」
「……え? そんなに教えられないことなの? 教えたくないことなの?」
「本当に申し訳ありません。ただ、
「別にその……そこは勘違いすることはないけれど……」
『一ヶ月も経っていないのに彼を信用しすぎでは?』という疑問を持つ者がいるかもしれない。
実際のところ、そのクエスチョンは正しいだろう。どんな働きぶりをしていたとしても、完全に信用をするのは早すぎる話。
しかし、2年間を共に生活していたアイラとフローリアの二人が、レオンのことをこれでもかというくらいに褒めていたのだ。悪口をなに一つとして言わなかったのだ。
こんなこと、本来はあり得ないだろう。
どれだけ真摯に向かいあっていたのか、その姿勢が十分に伝わること。
「一つだけ言わせてもらうと、あなた二個目よ? あたしへの秘密ごとは」
——昨日。同じ時間帯でのこと。
『それでは紅茶をどうぞ。熱くなっておりますので、火傷やけどにはお気をつけください』
『グチグチ言われるわよ。見ればわかるわよってあたしに』
『はは、テトラお嬢様が火傷さえされなければ構いませんよ』
『……そんなことを言っても褒めないわよ』
『下心はありませんのでご安心ください』
『一般的に見れば責任重大でしょうしね、あなたの立場って。一応は家名も背負っているわけだから、下心を持っている余裕はないのは納得できるわ』
『お言葉ですが、自分にとって責任や家名は二の次ですよ』
『そ、そうなの……? じゃあ一番はなんなのよ』
『
——と、この部屋で言われたのだ。
「無論、理解しております」
「ねえ、あたしがそういうこと……無理に聞けないからって逆手に取ってない?」
「そのようなことは決して。そして、時期がきた際には必ずお教えしますので」
「じゃあ……信じてあげるけど、隠されれば隠されるだけ気になるものなんだから、そこだけはわかってちょうだいね
聞きたい気持ちを我慢して、今の気持ちを訴える。
「本当にありがとうございます」
「……ん、そのお礼は受け取ってあげる」
深く頭を下げるレオンを見て、この選択が正しかったことを感じる。
『まだ教えたくないこと』なのだと伝わってくる。
彼が一線を引いていることにはモヤが残るが、今はまだ仕方がないと思うこと。
いつか教えてくれることを楽しみにする。
「じゃ、話を変えましょ。話の主導権もあなたにあげるわ。……あたしと話しがって言ってくれたから、特別にね」
気持ちを切り替えて口にすれば、『改めてありがとうございます』というように嬉しそうに微笑むレオンがいる。
「でも……これでアイラ嬢とフローリア嬢の件であなたが裏で動いてくれた恩は帳消しにしてちょうだいよ。文句はないわね?」
「文句もなにも、自分はなにも動いておりませんので」
「はあ、本当に隙がないわねえ。この流れなら墓穴を掘るかもって期待してたのに」
人まででは絶対に見せないこと。
頬杖をついて、ソファーに座るレオンの顔を凝視する。
「……まあ、あなたらしいってことで納得するわ」
このような関係も悪いものではない。と、目を細めるテトラである。
「それで、今回はどうしたのかしら。『お話ができたら』ってことだから、なにか本題があるのだと思うのだけど」
「おっしゃる通りでして、自分の口からお伝えするのもなんですが……テトラお嬢様をガッカリさせてしまった罰の内容について、お伺いしたいことが2点ありまして」
「ん」
用件が用件なだけに、頬を掻きながら申し訳なさそうに言っているレオンを見て、大きく頷くテトラ。
『アイラ嬢と同じ仕草をしている』と、うっすら口角を上げながら耳を傾けるのだ。
「一点目はお付き合いをさせていただくに当たっての日程につきまして、週末のどちらになられるのか。二点目はお付き合いさせていただく場所について、になります」
「ぁ……そう言えばまだ教えてなかったわね。本当ごめんなさい。うっかりしていたわ」
「テトラお嬢様はなにもお気になさらず。こちらがミスをしてしまったことが全ての原因ですので」
「……助かるわ。そう言ってもらえると」
スケジュールに空きを作らないといけないのは、レオンも同じこと。
今の今まで困らせてしまっていたのは間違いないだろう。
「日程について、土曜日にお稽古がたくさん入っているから……そうね、日曜日のお昼からでお願いできるかしら」
「把握しました」
「付き合ってもらう場所はこの敷地内で考えていることだから、特になにかを準備してもらう必要はないわよ」
——これはレオンが多忙であることを考慮してというわけではない。
彼のことを考えてというよりも、本心からのテトラの都合である。
「街の方に出られる予定はないのですか?」
「そうね。この立場だからって言い方はよくないけれど……街に出たら正直、楽しむどころじゃなくなるのよ。たくさんの注目を浴びてしまうし、頭まで下げられてしまうし、悪いように映ってしまうようなことがあれば、すぐに噂が広まってしまうから」
「ご説明ありがとうございます。納得しました」
「本当……贅沢を言えば、周りの目を気にせずに街並みを見て回りたいのだけどね。特に夕方の街並みを」
目を伏せるテトラは、ポロッと願望を漏らす。
衣食住が全て整っている生活は、生きる上でなんの不便もない。
この日常に憧れる者も多いだろうが、全てが便利というわけではない。
皆が当たり前にしていることが当たり前にできず、対等な立場を見つけることもできない。
それは鳥籠の中にいるような、閉塞感を感じる毎日なのだ。
「っと、お願いだから今の言葉は忘れてちょうだいね。敵を作ってしまうものだから」
「もう忘れました」
「ふふ……。嘘つき」
頼んだ側なだけに責めるところではないが、本来取り繕いが上手なレオンのわかりやすい嘘に笑ってしまう。
「週末の予定合わせもできたことだし、あなたの話はこれで以上かしら」
「いえ、これからは雑談のお時間をさせていただけたらと」
「……ざ、雑談するの?」
予期していなかった流れ。
大きな目をパチパチと早めながら、頓狂な声を上げるテトラ。
「『テトラお嬢様とお話ができたら』と、お伝えしたはずでは……?」
「だから、それがさっきのお話でしょ? 週末の」
「いえ、メインはこちらです。でなければ腰を落としたりはしませんよ」
「…………」
当たり前の顔で、前のめりの体勢に変えて、嬉しいことを言ってくる。
元々から長居する予定だったと教えてくれる。
「はあ……。あなたって物好きよね。なんのメリットもないのに、あたしに食いつくんだから。やり取りをしていて疲れないの?」
「どうしてそのように思われるのですか?」
「恥ずかしいことを言うけれど、そう感じる出来事が以前あったのよ。……陰口も聞いたわ」
会話をする上での話し方や表情、態度からどのような印象を持っているのかというのは大雑把に伝わること。
また、誰が言っていたのかは定かではなかったが、偶然耳にしてしまったことで確信ができたこと。
「……まあ、全てはあたしが悪いのだけどね。お話を盛り上げることができなかったし、相手を気遣わせてばかりだったから」
「テトラお嬢様の悪い癖ですよ。全てを抱え込まれることは」
「——っ」
ここでレオンの声色が真剣なものに変わった。
驚くように視線を合わせれば、『冗談を言ってはいない』とわかるほどに怖いと言えるくらいの表情を向ける彼がいた。
「な、生意気な口ね、相変わらず。一瞬、このお部屋からあなたを追い出すことが頭によぎったわ」
「はは、正直なところ先ほどの発言は自分でも思いました」
「まったくもう……」
そして、同一人物だとは思えないほどに……即、フニャっと表情が柔らかくなった。
この変化と、簡単に認めたこと。毒気を抜かれてしまう。
『やられた』と思ってしまう。
「こほん……。えっと、お話を戻すのだけれど、入室の許可をした以上……あなたの好きにさせてあげる。会話に付き合ってあげるわ」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
「ただ、話題はあなたから出しなさいよね。『話せたら』って啖呵を切ったことが正しいのか判断するから」
これは生意気を言った罰である。
手のひらで転がされないように、手が打てるところではしっかり打ち込むテトラ。
また……『嬉しかったこと』がレオンの口先だけでないか、それとも本心なのか、確かめたかったこと。
「そこまで疑わなくとも……と、小言を言わせていただいてよろしいでしょうか?」
「それもう言っちゃってるじゃないの……。そもそものお話、掴みどころのないあなたのせいでしょ? あたしに対して二つも秘密を作っているし」
「ご命令一つで暴くことができますが」
「……イジワル」
『無理に吐かせることはできない』ことを見透かされているテトラは、ふんっと、そっぽを向く。
「テトラお嬢様、顔を合わせてお話ができると嬉しいです」
「あ、あなたねえ!」
広い空間にポツンといる二人。
しかしながら、賑やかな会話が交わされるばかりだった。
*
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