3-2 モナの帰還


マリアの私室に向かう途中、シュヴァルドは小さく息を吐く。ため息が漏れてしまう原因はソリュードだ。


先ほど、また明日から黒い吹き溜まりに蓋をする儀式に向かうマリアの護衛を命じられた。シュヴァルドはマリアの不調を訴えたが、既にリヤンから話を聞いたというソリュードは聞く耳を持たず、「行け」とだけ命じた。


命じられればシュヴァルドは言うことを聞くしかない。マリアが休みたいなら休めばいいと言われたが、ソリュードとの結婚を目指す彼女が止まるはずなかった。王城に戻って体調を整える案も何度も却下されたのだ。最終的にリヤンがマリアに癒しの祈りが効かなかった原因を探りたいと言わなければ、次の町に移動していたかもしれない。


しかし、王城に戻っても休みはなかった。ほんの数日、儀式を先延ばしにしただけ。マリアの体調は次の町に着くまでに回復しているだろうか。


「シュヴァルド」


気持ちが塞ぎ込むシュヴァルドに、一人の男が声をかけてきた。振り向かずとも、学生時代からの友人の声をシュヴァルドが忘れるはずもない。


「モナ! 無事に戻ってきたんだな」


すぐ後ろに立っていたのは、シュヴァルドと同じくソリュードの護衛棋士を務めるモナだ。伸びた黒い髪は少しうねっており、彼の目を僅かに隠す。元々表情が固いきらいがあるから陰気な顔に見えて、シュヴァルドはモナの髪を後ろになでつけてやった。賊退治に出て帰ってきたわけだが、怪我はないようだ。モナなら大丈夫だろうと信頼していても、無事な姿を見れば安心する。


ほっとして息をつくシュヴァルドに、モナは仏頂面のまま口を開く。


「聖女の件、聞いた。今回は厄介な相手らしいな」

「まあ、少し今までとは違うだけさ」

「随分とわがままで自我が強いと聞いている。それから、前世では人を殺そうとしたとも」


モナの口から出た言葉に、シュヴァルドは何を返せばいいかわからず、止まった。


モナはソリュードの護衛騎士だ。だが、仕事はソリュードの護衛ではなく、主に王都の治安維持と政敵の始末にある。つまり、彼は人を殺すことが仕事だ。


そして、彼は人を殺したい。


「マリア様は確かにわがままだけれど、進んで人を害する気はないから大丈夫だ」

「そうか」

「ああ。大丈夫。国に害はない。斬る必要なんてないんだ」

「わかった。……もしお前ができないなら、俺がやる。だから、あまり気を負うな」


ぽんっと肩を叩く手は優しい。表情に変化はなくとも、彼の本質が殺しに快楽を感じていようとも、根っこが優しいことには変わりはない。


だから、シュヴァルドは頷かなかった。


「それは俺の仕事だ。モナこそ、気を使いすぎるなよ」


軽い調子で笑って、背中を叩く。本当はどんな悪人でも殺したくはない。だが、シュヴァルドは、この友人に人を殺させたくなかった。

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