2-10 大司教の嘘?
儀式を終え、トンノの町へ戻り、町長の館にまた世話になった。その間、マリアは終始無言で機嫌が悪そうだったが、行きと違い、口に出して文句は言わない。
リヤンは次の目的地への道をシュヴァルドと確認後、共にマリアの部屋を訪れる。
「少しよろしいでしょうか」
ノックをしてもすぐに返事はなかった。訝しげに思いつつも一旦下がろうとしたとき、ドアが開く。フィリッテが僅かに困惑した様子でリヤンを見上げた。
「何か御用でしょうか?」
「明日からの行程について話をしておきたい。マリア様はまだ起きていらっしゃるだろうか?」
「マリア様は、その……」
言い淀み、フィリッテは頭を下げてドアを閉めてしまう。何事かと、リヤンとシュヴァルドは顔を見合わせた。
ドアを閉められたのに押し入ることはできない。もう一度ノックをしようとしたところで、中から怒鳴り声が響く。
「明日!? 今、明日って言ったの!? 何を考えてるのかしら、あの馬鹿司教は!」
マリアの声だ。怒り心頭といった様子で、フィリッテが困っている姿が目に浮かぶ。
リヤンはもう一度ドアを叩き、声を張る。
「リヤンです。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「入りなさい! あなたに言いたいことがあるわ!」
挑むようにマリアが声を張り返す。シュヴァルドと目を合わせ、リヤンがドアを開けると、いきなり枕が飛んできた。
枕は目の前でシュヴァルドが受け止める。枕の次に飛んできたペンも、彼が掴んだ。
「マリア様! さすがに危な……」
「役立たずの人間が死のうと私には関係ないわ!」
とんでもない暴言を吐かれ、リヤンは内心腹が立った。役立たずと言われる覚えはない。それに死んでもいいとなぜマリアは叫ぶのか。
だが、言い返すよりも先にマリアの顔色が気になった。彼女のほうこそ死ぬのではないかというほど、血の気が引いて、びっしりと汗をかいている。
「マリア様、一体どうした……」
「どうもこうもないわ! あなたは儀式に痛みはないと言ったのに、あれからずっと体は重いし、頭は刺すように痛いし、息苦しいし、最悪よ! この嘘つき司教!!」
「痛い……? しかし、我々は癒しの祈りを……」
「そう言うからこっちは信じて話に乗ったんじゃない。でも、嘘だった。いいえ、私を苦しめるためにわざと癒しの祈りなんてしなかったんでしょ!」
「そんなことありません! マリア様も見ていたでしょう。我々は確かにあのとき祈りを捧げて……」
「みんなで私の死でも祈ってたんじゃないの? 神に仕える者のくせに最低ね……!」
そんなことは断じてない。この少女がどれほど素行が悪くても、聖女はこの国に必要な存在だ。決して、死を願う者はいない。
しかし、マリアの苦しみ方は異常だった。ここに戻ってくるまでの間、沈黙を守っていたのは取り乱さないよう虚勢を張っていたのだろう。
恨みがこもった目が、リヤンを射抜く。
「騙したわね……! お前たち、絶対許さないから……!」
違う、と言ってもマリアの耳には届かない。シュヴァルドもフィリッテも、リヤンが嘘を言っているとは思っていないようだったが、マリアだけは違う。
自分の死を望まれたと、リヤンたちを恨んだ。
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