2-7 口が悪い聖女
聖女を連れた蓋閉めの儀式への出立は、国民の目に止まらないようにひっそりと行われた。通常なら正門から通るところを西門へ、聖女のために造られた馬車は使わず、貴族が使う屋根付きの箱馬車を使って出る。当然、事情を知らぬ者は城仕えの誰かが出かけたとしか思わないだろう。
王子付きの護衛騎士として顔が知られているシュヴァルドは隣町で合流した。王都から離れれば、シュヴァルドの顔はそこまで売れていない。馬に乗り、マリアが乗る馬車に並ぶことができる。
聖女とともに馬車に乗ってはどうかという声も上がったが、マリアから拒否された。互いに年頃のため、同乗は嫌だということだ。彼女のなかではいずれ王子の妃になる予定だから変な噂が立たないように気をつけたのかもしれない。
マリアはソリュードと本気で結婚するつもりだ。そのことを考えると、シュヴァルドは胸の奥にずんと重い石が落とされたかのように暗い気持ちになる。訪れない未来をマリアは見ていて、それは叶わないと知りながら黙っている自分はとても悪い人間だと、シュヴァルドは苦いものを抱える。
それでも、自分の勤めとしてソリュードの考えを口外はできない。そして、マリアには勤めを果たしてもらわなければならない。
せめてものの償いで、新しい聖女が召喚されるまでの間、マリアには恙なく過ごしてもらおうとシュヴァルドは気負ったが、それもまた難しかった。最初の町・トンノに着いたとき、今日の宿泊場所だと案内された町長の館を見て彼女は眉を顰めた。
「この世界の人たちって、聖女に対してこんな扱いをするのね」
不満をありありと滲ませてた声だ。幸い、町長はその場におらず聞かれなかったが、荷物運びをしていた者たちは一瞬ギョッとして、目を逸らす。隠された視線は嫌悪だ。
町長の館は決して貧相ではない。町民から見れば立派なもので、中も豪奢な飾りはないものの清潔感があり、必要なものはすべて揃っていた。
マリアが部屋に通されたところで、シュヴァルドは「マリア様」と声をかける。
「あのようなこと、外で言うものではありませんよ」
「あのようなって?」
「こんな扱いだとか言われたら、館の者は良い気がしません。今回、聖女のためにトンノの町長はできうる限りの心尽くしをしてくれています。それを……」
「尽くされれば文句を言うなってこと?気に入らないことがあっても、嫌なことがあっても口を閉ざしてろってあなたは言いたいのかしら」
「この待遇に不満はないでしょう?」
「あるから文句を言ってるんじゃない。なければ何も言わないわよ」
マリアは大きくため息をついて、シュヴァルドに背を向ける。それを見て、シュヴァルドは慌てて立つ位置を変えた。——背後に立つなとは、最初に命じられたことだ。
シュヴァルドの行動はマリアの機嫌を良くしたらしい。彼女は珍しく満足げな笑みを見せ、追い払うように手を振った。
「言動を制限されるのは御免だわ。夕食まで時間があるのでしょう?私はそれまで休むから下がってちょうだい」
「……かしこまりました」
一礼し、ドアを開けて下がろうとする。ちょうどそのとき、フィリッテがやってきて、ドアのところで互いに譲り合う形となった。
部屋を出るのが遅れたシュヴァルドの耳に、マリアの声が届く。
「この待遇に不満がないなんて、そんなことあるわけないじゃない」
苛立ちを含む声。シュヴァルドは、町長はよくやってくれてることを説明したかったが、下がれと言われて残ればマリアの機嫌が悪くなることは必須だった。その状態で素直に話を聞いてくれるとは思えない。仕方なく、何も言わずに部屋の外に出る。
町長はよくやってくれている。広い部屋に上等な家具、お付きの人間にも休めるように部屋を与えて軽食を用意した。当然、マリアの部屋にもフィリッテが運んでいた。町長は聖女を大切にしているのだ。
それなのに、これ以上の待遇をマリアは望むと言うのか。
ソリュードに地位と権力を欲しがったマリアの欲深さを思い、シュヴァルドは嘆息する。彼女のこの先を思えば、悪い未来しか想像できない。その未来で、シュヴァルドはきっと、剣を抜いているだろう。
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