2-5 夜中に見る夢は
マリアは夢を見る。
そこは明るい太陽が燦々と降り注ぎ、空に目を向ければ眩しく、白い雲は見つめ続けることもできない。
鼻腔に広がる甘い香りは庭園に植えられた花のもの。マリアの好きな花を植えようと言って、婚約したばかりの頃に揃えられた色とりどりの花。
輝かしい庭園は天国のようで、幸せに満ちていた。
だが、太陽に雲がかかる。
暖かな日差しが遮られ、風が冷たくなる。
ビュッと一瞬、強く吹いた風が花弁を飛ばした。
ただ、過ぎる時間のひとつの出来事。
そう思っていたマリアを裏切る、弱く、優しく、鳴る声。
「殿下」
すがるように、甘えるように、自分ではない者が殿下を呼ぶ。私の婚約者を、他の女が頼りにする。
マリアの心は動揺した。婚約者が他の女に優しくし、笑顔を見せ、背中に手をそえるのを、我慢できなかった。王族の立場にあるのだ、彼女を支える立場にいるのだと、自分を納得させようとしても無理だった。
嵐が吹き荒れる。空は黒い雲で覆われて、どこからか幾人もの笑い声が響く。
甲高い女の声。
低く唸るような男の声。
マリアを笑い、怒鳴り、誹り、きらりと空から眩しいものが落ちてきた。
パッと暗転する。光がない世界で、音がくぐもる。息苦しく、埃っぽく、暗闇に閉ざされ何も見えないなかでも、汚い部屋にいることがわかった。
押し潰される。柔らかく、それでいて重量があるものに、マリアの小さな体が押し潰されていく。
だが、声は出なかった。あげてはだめなのだと悟っていた。
声をあげれば、怪物が来る。
しかし、黙っていても、怪物はマリアを探し、低い唸り声をあげて汚い部屋を壊した。
ハッとして、マリアは目覚める。夢の内容は鮮明に覚えていた。気持ち悪くなりながら、吐き気は懸命に堪える。喉までこみ上げてきた酸っぱいものを飲み込み、窓に映る汗ばんだ自分の顔を睨みつけた。
「あんなの現実じゃないわ……!」
夢は夢。実際は怪物に部屋が壊されたことなどない。
嫌な夢だった。嫌な、リアルな夢。
マリアの視線が窓から自分の体に向けられる。ガリガリに痩せ細った体。年齢よりもずっと小さな体躯。これが人の同情を引くものだと知っている。
だが、あの王子は一切マリアに同情していない。それもまた、見抜いていた。
ハッ、と笑いが漏れる。薄暗い、冷たい部屋で、寝汗で体が冷えていくのを感じながら、運命を呪った。
「この世界も、死ねばいい」
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