2-3 聖女とメイド
ソリュードはマリアに今後について話した後、「ではまた明日」と言って去っていった。マリアはこの世界に来てから初めてというほどの上機嫌で、フィリッテは黙って新しいお茶を淹れる。
「王妃……王妃、ね。まさかまたその役目をいただけるとは思わなかったわ」
ぶつぶつと小さな声で呟く内容はよくわからない。フィリッテが置いたお茶をゆっくりと持ち上げて飲む様は、まるで本物のお貴族様のように美しかった。
だが、美しい所作とは反対に態度は悪い。
口が悪い。
すぐに手が出る。
わがまま。
マリアはたった一日で、平民のくせに貴族のように振る舞う厄介な聖女としての悪評を得ていた。実際、フィリッテの前についたメイドは殴られてすぐに逃げ出したし、フィリッテも朝は怒鳴られた。
しかし、怒鳴られた内容を守れば、マリアは横暴な振る舞いを続けない。
たった半日の付き合いだが、フィリッテはこの少女の扱いを心得た。
まず、マリアは気に入らないことがあるとすぐに口に出す。反発すれば手が飛び出してくるが、従順に聞けば怒るだけで終わる。その後、同じ間違いを繰り返さなければ怒鳴り続けることもない。
常に苛立っているように見えて、実はそうではないことも悟った。マリアは何かに怯えている。自分を守るために、周りをよく見て、気に入らないことがあると怒鳴り、人を近づけさせない。距離をとれば、お高くとまった聖女様というだけで、それほど害はなかった。
言わぬことも察せよ、という主人のほうが面倒だとフィリッテは思う。言ったことをやっていれば良いだけのマリアは楽だ。
「ちょっと、窓を開けてくれる?」
部屋の隅で本を片付けていたフィリッテにマリアが声をかける。聖女のためにあてがわれた部屋だが、物が多い。これまでの聖女が使っていたものを置いているのだが、マリアは「趣味じゃない」とすべて処分するよう、フィリッテに命じていた。
本棚に近い窓は開けていたが、埃が舞ってしまっただろうか。フィリッテは窓に近づこうとし、止まった。
閉じた窓は二つ。一つはマリアから見て斜め横だが、もう一つはマリアの背後にある。
後ろに立つなと怒鳴られたのは朝のこと。髪を梳こうとし、怒られ、断られた。
とりあえず、背後ではないほうの窓を開ける。
「そちらも開けますか?」
念のため声をかけると、マリアの黒い瞳がフィリッテに向けられた。
子どもには見えない、強い眼差し。大人のように堂々としているが、そういえば彼女は見た目に反してあと少しで成人なのだったと先ほどの話を思い出す。
確認したフィリッテに対し、マリアはそっけなく答える。
「こっちはいいわ。片付けを進めて」
「かしこまりました」
「なるべく早めに部屋の中を空っぽにしたいわ。手早くお願い」
「物が片付いたら、マリア様のお好きな調度品で揃えますか?」
王妃の話を聞いたときの喜びようを見れば、彼女が見栄っ張りでもおかしくない。部屋も今より立派に、自分好みに仕上げるだろうかと思い聞いたが、マリアは何も答えなかった。
質問を無視されるのは気分が悪い。だが、怒鳴られ、殴られるよりはマシだと、フィリッテは片付けに戻った。
部屋を片付け終わったらどうするか。それはきっと、マリアから指示があるだろう。
そう思い、片付けに集中するフィリッテに、マリアが呟いた小さな声は届かなかった。
——わたしは、なにもいらないわ。
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