第39話 雷歌先輩の色仕掛け

 雷歌先輩との接点がなくなることを危惧していたオレであったが、それは杞憂に終わった。


「鏡夜ー!」


 雷歌先輩は相も変わらずオレの教室にいる。

 まぁ、考えてみればここ最近、風歌先輩いない状態で雷歌先輩来てたもんな。なんだったら風歌先輩より雷歌先輩の方が接点多いか……。


「ねえ聞いてる?」

「聞いてますよ」

「それでね……──」


 雷歌先輩がしゃべりながら遠慮なく村雨の机に腰を下ろす。

 村雨は困っている様子だが、相手が上級生かつ話したこともない相手とあってなにも言えず、我慢している。


「雷歌先輩、人の机に腰を下ろさない」


 オレは雷歌先輩を注意する。

 仮にオレの席によく知らない人が腰かけてたら、オレもなにも言わないだろうが気分がいいものでもないだろう。

 と言うか、オレと仲良くしてくれる村雨にオレのせいで不快な思いをして欲しくない。

 教室内の視線がこちらに集中しているのを感じる。


「えー、なんかお父さんみたい。別にちょっとくらいいいわよね?」

「え!?あ、はい。大丈夫です……」

「ほらー!いいって!」


 接点はないが校内でも人気があり味方も多いと噂の先輩に圧力かけられたら、そう言うだろうな。

 村雨は注目を浴びていることもあって、小さく縮こまっている。

 村雨心和は仲良くなれば冗談も言い合えるが、そうでなければ相手を優先して自分の意見を押し殺してしまう性格の女の子だ。

 そんな子の意見を封殺してしまうような立ち回りは、オレの気分が良くない。


「村雨どうこうじゃない。オレが不快なんです」

「──ッ!?…………わかったわよ……」


 なにか言おうとした雷歌先輩であったが、その言葉を飲み込み唇を尖らせながら村雨の机から降りる。


『ちょっと!!なにやってんの!?これじゃあ、完全に好感度落ちちゃうじゃない!!』


 しょうがねーだろ!村雨も困ってそうだったし、オレも嫌だなって思ったんだから!

 あと、昨日プレイした『ワンコといっしょ』の躾モードが出てしまった。

 教室は完全に静まり返ってる。

 沈黙が重い。

 沈黙を破ったのは雷歌先輩であった。それも予想外の方法で。


「鏡夜、手出して」

「はい?」

「両方。伸ばして!」

「はぁ?」


 オレは言われるがままに両手を雷歌先輩の方へと伸ばす。

 オレの腕が伸びきった瞬間、雷歌先輩がオレの膝の上に乗ってきた。

 沈黙から一遍、教室内がざわつく。


「ちょ!?なにしてんすか!?」

「だって、鏡夜が机に座るなって言ったんでしょ?ずっと立ってるのは疲れるもん!だから鏡夜の上に座ることにしたの!」

「じゃあ、オレの席譲りますから、一旦どいてください」

「ダーメ。さっき私が言うこと聞いたんだから、今度は鏡夜が私の言うこと聞いて」

「そんな無茶苦茶な……」

「なに?嫌なの?うりゃうりゃ!男子ならこの状況ご褒美なんでしょ!?」


 雷歌先輩がオレの上に座ったままお尻を押し付けるようにぐりぐりと動く。

 ちょ!?体温と柔らかさがズボン越しに伝わってきてやばいから!!

 みんな見てるから!!


「わ、わかりました!わかりましたから!」


 オレの懇願により雷歌先輩は動きを止める。


「はあ~。もう、しょうがないなー」

「なんか安心するかも」


 雷歌先輩は後ろに体重をかけ、オレに体を預けてくる。


「オレは落ち着かないですけどね」


 雷歌先輩の髪がオレの頬を撫でる。

 くっそ、いい匂いするな……。瀬流津といい阿雲姉妹といい、女の子ってみんなこうなのか?


「ねえ、私と風歌って似てないでしょ?」

「性格の話っすか?」

「そう」


 ああー、こういう二択の選択肢のやつね。

 「私~じゃないでしょ?」の質問パターンは否定して欲しいってやつだったな。


「オレは似てると思うっすけど?」

「え!?なんで!?なんでそう思うの!?」


 か、顔が近い……。


「なんでって……。

 なんとなくですけど、雷歌先輩も風歌先輩も無理してる気がするんすよね。

 なんかこう、周りの目とか評価とか気にしてるというか……。

 だから、似てるなかなって」

「初めて言われた……鏡夜には私ってどんな風に映ってる!?どこが無理してると思った!?」

「え!?えーっと、その~、完璧な阿雲雷歌を演じるために背伸びしてんのかな~、なんて……」


 なに、わけのわかんないこと言ってんだオレ!!

 完璧な阿雲雷歌ってなに!?

 テキトー言い過ぎて完璧にテンパってんじゃん!

 アドリブ力が足りない……。


「なんで風歌の練習付き合ってあげたの?」

「頼まれたからですけど」

「そんだけ?」

「まぁ」

「ふーん。じゃあ私がお願いしても聞いてくれたりするのかな?」

「まぁ、限度はありますけどね」

「ふふ。ありがと!」


 お礼を言った雷歌先輩はオレの耳に近ずくと吐息がかかる距離で囁く。


「気が向いたらまたご褒美してあげる♡」

「いや、いいすよ」

「ほんとに?嬉しかったんじゃないの?」

「別に」

「えーでも、硬いのが私に当たってたけど?」


 なッ!?


「あれは生理反応ですから!感情とはまた別のアレですから!」

「えー、ほんとかな~?ドキドキしてたんじゃないの~?今夜は雷歌さんが瞼に焼き付いて離れないんじゃないの~?ねえねえ?」


 めちゃくちゃ煽ってくるな、この人。

 しかも生き生きしよって。


「しかし、感触があっても気にしないとは」

「ん?」

「経験豊富なんすね、雷歌先輩」

「そ、そんなわけないでしょ!」

「えー、でも雷歌先輩はモテるって聞きますし!別におかしくは──」

「違うから!私、経験ないから!!」


 雷歌先輩はオレの膝の上から跳ね上がると、教室に響き渡る大声で宣言する。


「経験……」

「……処女ってこと?」

「えー、意外ー」


 女子たちはこちらを見ながらひそひそと話し、男子たちは気まずそうにもぞもぞしている。


「あっ…………じゃ、じゃあね!!」


 自身の失態に気が付いた雷歌先輩は茹でダコのように顔を紅潮させ、涙目になりながら走り去る。

 からかい過ぎたか……。


『ちょっと!なにやってんの!!』


 そらトーカにも怒鳴られるわ。

 雷歌先輩が退室した瞬間、ひそひそと話していた女子たちに男子たちも混ざり教室内が一斉にざわつく。

 あーあ、この雰囲気どうしよう。

 先輩の女子をセクハラで泣かせたとして、またオレの悪名が広がってしまうのか……。

 そう思ったオレに声をかけてくれる救世主が現れる。


「きょ、鏡夜、なにしたの?」


 そんなに距離を取りながら恐る恐る聞かないでくれ詞、話しかけてくれたのは嬉しいけど……。

 あと、クラスの連中!そんな露骨に静まり返ったら聞き耳立てようとしてんのバレバレだから!


「雷歌先輩に煽られたから、仕返しでちょっとからかうつもりだったんだけど、やり過ぎたみたいだ……」

「そうなんだ……」

「なんやカップルの痴話げんかとちゃうかったんか」

「いや、そもそも付き合ってないし」

「そうなの!?」「そうなん!?」「「!?」」


 詞と村雨が驚くのと同時に、クラスメイトたちも驚く。


「お、おう」

「それなのによー先輩にあないこと言えるな」


 え?なに、あないことって!?


「あないことって?」

「ほら、不快ですってやつ。ウチやったら絶対に言えへんよ」

「あー、それか。実際、あんまり気分よくなかったからな。それに村雨も困ってただろ?」

「それは……ありがと」

「鏡夜のそういうはっきりと言いたいこと言えるのいいよね」

「そいつはどーも」


 詞と村雨のおかげで、教室内のざわつきは無事静まった。

 それにしても圷は雷歌先輩が好きと言っていたが、なにも言ってこなかったな。

 普通、恋愛ってそんくらい移ろいやすいもんなのだろうか?

 だとすると、やはりスピーディーな攻略が求められるか……。

 また図書室で作戦練るか。

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