第11話:デートするカモ

 町の様子は、相変わらずわいわいと賑わっている。

 ヤマシロの町並みには、とにもかくにもいろんな人種がいた。

 その大半がいわゆる、人非ざる者である光景はやはりカモを驚愕させる。


(まぁ、人種についてはこの際どうだっていい……)


 あくまでも目的は【禍鬼まがつき】である。

 あれを斬れる、とそう思ったからこそカモは新撰組にいる。

 しかし、肝心の獲物がカモの前に現れる兆しは微塵もない。

 ひどく穏やかな時間だけが、ずっといたずらに流れていく。

 途中、ちょっとした不祥事――女を無理矢理連れ去ろうとした輩である。斬る価値すらないので、しこたま殴るだけに留めてやった――はあったものの、カモが欲する獲物は未だ現れない。


「今日は外れだな」


 と、カモはもそりと呟いた。


 平穏であることは、とてもよいことである。

 誰しもが闘争を求めているわけではなく、なにもない一日こそ民草は真に求めていることも。

 それがわからぬほど、カモも愚かな男ではない。

 とはいえ、やはり生粋の武人であるが故なのだろう。

 胸の内にふつふつと湧く闘争心に、カモは苛立ちを憶えつつあった。

 どこか手頃な相手でもいないだろうか、などと思うのは人斬りの所業である。

 見境がつかず、誰でもよいと手当たり次第に刀を振るうのは畜生よりも余計に質が悪い。

 しかし、退屈という気持ちはカモはどうしても誤魔化すことはできなかった。


「――、なんだ?」


 と、カモは不意に歩みを止めた。


 なんだか楽し気な歌がどこからともなく聞こえてきた。

 もっともそれは、カモが知る歌とはあまりにもかけ離れすぎている。


(な、なんだこの音楽は……妙にガチャガチャしているな)


 けれども、不思議とそれが不快ではない。

 いつしかカモは、この音楽に導かれていく野次馬の中へと混じっていた。

 程なくして、歌の正体を垣間見た時。カモの目は驚愕によってぎょっと丸く開かれる。

「あいつら、こんなところで何をしてるんだ……!?」

 と、カモはいぶかし気に彼女らを見やった。

 コテツたちである。ただし、その出で立ちは新撰組の象徴でもあるだんだら模様の羽織ではない。

 一言で言うなれば、露出が極めて高い衣装だった。腹部や太ももを大胆にもさらし、胸部に至っては上半分が大胆にも見えてしまっている。


「いいぞーコテツちゃーん!」

「カネサダの姐さん今日もかっこいー!」

「キヨミツちゃん今日は鼻血出すなよー!」

「クニちゃぁぁぁぁぁん! ごっぢみでぇぇぇぇぇぇぇ!」

「…………」


 開いた口が、塞がらない。


(これはなんだ? 一種の……邪教とか、そんなのか?)


 と、カモははて、と小首をひねる他なかった。


 しばらくして、カモは少し離れた場所でじっとコテツらを見やっていた。

 警邏という名の獲物探しは、今日はどうやら遭遇しそうにない。

 そう判断してからは、この光景を一人の傍観者として楽しむことにした。


「それじゃあ最後の曲、いっくよー!」


 コテツらの明るく、はきはきとした姿はとてもきらきらとしている。

 不覚にもカモは、そんな彼女らに対して――


「……きれいだな」


 と、思わずそう呟いてしまっていた。


 カモからすれば、コテツらはただ歌って踊っている。

 それだけにすぎないし、関心のない者には特になんの感慨もわかない。

 しかし、野次馬たちは彼女らが提供するこの時間を心より楽しんでいる。


(何がそんなにいいもんなのかねぇ……)


 カモはまだ、いまいちよくわかっていない。

 とは言え、野次馬らが心より楽しんでいるのにはなんら違いはなかった。

 同様に、提供する側のコテツら自身も心から楽しんでいる。


「……もう少しだけ、見ていくか」


 ここに長居する道理は、カモには欠片さえもない。

 しかし、未だカモは立ち去ることなくコテツらの歌を静聴していた。

 悪い気は、しない。むしろ逆にだんだんと楽しんでいる自分がいる。


(まったく、俺らしくないな。たかが歌や踊りだぞ? それなのに、なんでかねぇ)


 と、カモは自嘲気味に小さく口角を緩めた。


「――、あ、カモくんも来てくれてたんだ」


 野次馬らがぞろぞろと去っていったのよりやや遅れて、コテツがパタパタと駆け寄ってきた。

 およそ一刻、ずっと歌って踊っていたのだ。彼女に限らず、各々呼吸はやや乱れ、汗もじんわりと滲んでいる。

 疲れているのは明白だ。にも関わらず、四人の顔にはいつのなくいい笑顔が浮かんでいた。

 やりきった、という満足感で満ちた笑顔に対するカモの表情は、ひどくいぶかし気である。


「さっきのは何をやってたんだ?」

「あれはライブですよ」


 キヨミツが手拭いで汗をごしごしと拭う。


「なんだ、その……“らいぶ”ってやつは」


 当然ながら、カモはこの言葉の意味について何も知らない。

 名は体を表す、とはよく言ったものだが南蛮語となるともはや想像すらも困難の極みである。


「ライブというのは、今さっき私達がしたように歌やダンスを民衆の前で披露することだ」

「それも新撰組の仕事の内なのか?」

「せやで。これも立派な仕事の一つや」

「よくわからん」

 再び小首をはて、とひねった。

「もちろん、これにはちゃんとした意味があるんだよ?」

「例えば?」

「まず、資金集め。運営していくからにはやっぱりお金が必要だからね」

「そりゃそうだな。でも、新撰組にはクズノハ神社っていう後ろ盾があるんじゃないのか?」

「あ~あることにはあるんですけどねぇ」


 キヨミツがたはは、と苦笑いと共に頬をぽりぽりと掻いた。


「カエデ様、あぁ見えて生活面に関しては壊滅的だから……」

「特にお金の使い道、だな。あの方は欲しいと思ったものにはとにもかくにも迷いがない……いや、迷いが生じないのはいいことかもしれないが」

「……要するに、後ろが頼りないから自分達で路銀を稼ぐしかないってことだな」

「まぁ、そうともいうな」


 カモはほとほと呆れてしまった。


「そしてもう一つは、【禍鬼まがつき】の発生を少しでも下げるためでもあるの」

「【禍鬼まがつき】の発生を下げる? それはどういうことだ?」


 これにはさしものカモも、尋ねずにはいられなかった。


「【禍鬼まがつき】は人の負の感情の集合体っていう話は前にしたよね? じゃあその負の感情を抑えることができたら、どうなると思う?」

「そんなもの、答えは一つしかないだろう」


 馬鹿にするな、とカモはぎろりとコテツを睨んだ。

 しかし、当の本人であるコテツはからからと笑って返す始末である。

 まるで怯まない様子に、カモはさすがだと素直にコテツを称賛した。

 あの程度の気迫だけで怯むようであれば、今頃彼女はここにいなかっただろう。


「我らの歌やダンスで人々に楽しいと思える時間を提供する。つまり、我々新撰組はヤマシロの治安を守る組織にしてアイドルグループってわけなの!」

「いや、知っている体でそう断言されても俺にはなんのことだかさっぱりだからな?」

「なんでカモやんはそんなに言葉知らずやねん」

「ほっとけ」


 子供がすねるようにカモはふんと鼻を鳴らした。

 南蛮語が横行する異世界での生活は、未だ慣れそうな気配がない。

 そもそも、慣れるのだろうかというそんなわずかばかりの心配がカモの胸中にはあった。


(いずれはなれるだろうが……うん、無理だな。てんで想像できやしない)


 果たしてそれはいつ頃なのだろう。カモは内心で深い溜息をもらした。

 ライブの後、カモは屯所へとは戻らずクニシゲと出会った廃寺へとまた赴いた。

 相変わらず、時間問わずここには穏やかな静寂によって支配されている。

 見た目がこうもボロボロなのだ。

 よっぽどの用でもない限り、わざわざ廃寺などという場所に赴く輩はまずおるまい。

 カモにはそれがちょうどよかった。

 しんとした静寂の中で、カモはゆっくりと抜刀した。

 陽光を浴びた刀身がぎらり、と妖艶に輝く。


(やっぱり……ムラマサが打った刀だけあっていい出来栄えだ)


 自然と口角が、くっと釣りあがった。


「あ、こんなところにいたんですね!」


 カモが修練をしばらくしていると、キヨミツがパタパタと駆け寄ってきた。


「どうして――」


 ここにいるとわかったのだ、とカモは怪訝な眼差しをもってキヨミツにそう尋ねた。


「だってここ、僕もよくきますから」


 あっけらかんと答えるキヨミツに、カモはげんなりとした。

 思いの他、この廃寺に訪れる者がいるらしい。

 それが新撰組の面子であれば、新参者のカモがとやかく文句を口にする資格はどこにもない。

 ここでは彼女らが先輩である。

 それはそうとして、いったい彼女は何用で参ったのだろうか。


(大方、俺を連れ戻しにきたってところか……)


 と、カモは静かに納刀する。


 勤務中であるにも関わらず、好き勝手に行動しているカモは立派な隊律違反者である。

 現にこうして警邏を放棄して、修練に時間を割いているわけだから言い逃れはできない。

 故にカモも今回に関しては素直に自らの非を認めてはいた。

 だが、それでも退屈であることには大して変わりはなかった。


「それで、用件は?」

「デートの約束、したじゃないですか」

「……あぁ、その話か」

「もう、皆してカモさんを独占しようとするから困ったもんですよ。でも、こうして僕が一番のりでカモさんを見つけたわけですから……付き合ってくれますよね?」

「……了解了解。新参者の俺に拒否権はありませんからねぇ」

「もう、もっと楽しそうにしてくださいよカモさん!」

「楽しそうって……仕事“でぇと”なんだよな?」


 と、カモはいぶかし気にそう尋ねた。


「もちろん、デートですよ?」


 と、キヨミツもさも平然と言った様子で返答する。


「とにかく! 今から僕とデートなんですからカモさんはもっと楽しそうにすること! はい返事!」

「わかったわかった、わかりましたよ! まったく……」

「それじゃあ、出発!」


 次の瞬間、カモはぎょっと目を丸くした。

 キヨミツが、右腕に身体をこれでもかと言うぐらい密着させている。

 小さな体躯とは不釣り合いな豊かな胸が腕をすっぽりと包み込む。

 そこに不快感があるはずもなく、ふよふよとして柔らかい。

 優しい温もりはそれだけで心に安らぎを与え――


「って、お前いきなり何するんだ!?」


 と、カモはひどく驚愕した。


 対するキヨミツはというと、きょとんとした表情を返した。


「なにって、腕組ですけど?」

「いや、腕組ですけど? じゃないんだよ。いいから離れろ!」

「あれぇ? カモさんなんだか顔が赤くないですかぁ? もしかして、照れちゃってます?」

「う、うるさい! 早く離れろ!」

「はいはい。わかりましたよ」


 と、キヨミツがくすくすと笑った。

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