最終話 それでも競馬は続いていく。
いよいよ勝負が終わりエピローグです。
宜しければリアルの競馬でウイニングランで流れる曲、
「HEROES 英雄 / doubleglass」という曲を聴きながら読んでいただければ幸いです。フツーに良い曲です。
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気が付いたら、意識の奥底で観衆のどよめきが聴こえた。
少しずつ意識を戻しながら頭を上げると、そこには先程まで目の前に居たライバル馬たちも目指していたゴール板も消え、第1コーナーへと曲がるカーブだけが見える。
少しずつ身体の感覚が戻ると、全力を出し尽くしたリブライトが脚を緩め、
「やりやがったなぁお前!! 勝てんかったのはメチャクチャ悔しいけど、あんな乗り方されたらどうにもならんわ」
後ろから近付いてきた川原さんがハイタッチを求めるような仕草を取りながらそう声を掛けてくれる。ハイタッチを返すと今度、その後ろから走り込んできたのは優馬。普段は寡黙で表情を変えない彼だが、心なしか興奮しているようにも見える。
「ずっと、お前がその乗り方で強い競馬をするのを待ってた。そんなお前と闘いたい! って思いながら乗ってきたんだ、俺は。だから、おかえりと言わせてもらう」
そう言っておずおずとハイタッチを求めてくる。そうだった、考えてみればコイツは話し方とか不器用であまり調子の良い事は言わないけれど、こういう事はちゃんと伝えてくる男だった。そう思い返してハイタッチを返す。
「ああ、ただいま。やっと追いついた気がするよ、優馬に」
「やっと同じ舞台で戦えるな、嬉しく思うよ」
「よし、俺らは引き揚げるから、ここから先はお前とお前の馬だけで行ってこい」
川原さんはそう言うと優馬と共に踵を返し、スタンド側に帰っていく。ここからコーナーを回り、向こう正面を駆け抜けてまた
観客席のない向こう正面をリブライトと2人だけで走り抜けながら、色々な事を思い出す。
想定以上の能力を見せた新馬戦。3着で今は充分と諦めそうになったオレに、リブライトの方が諦めない気持ちを教えてくれた事。
そんな彼の鞍上に相応しくないと自ら申し出て、他の騎手に譲った1勝クラスでの戦い。
大阪杯での色々を経て、ようやく「俺にはこの馬しか居ないんだ」って気付いて絶対の自信で挑んだ青葉賞。そこで一瞬だけ、掴めたハズの1つになる感覚。
ただそこから先は、本当に色んな事があった。
悪意と敵意の塊にしか見えないマスコミから隠れて過ごす日々に「この馬にさえ乗らなければ、こんな思いはしなくて良かったのかな」なんて思ってしまった事も一度や二度はあった。
セントライト記念での敗戦からこの4週間は、勝たせられるビジョンがどうしても見えなくて自身の無さから「オレじゃない、他の優れた騎手ならば難なくあの走りを引き出せるんじゃ……」って言って逃げ出してしまいたくなるような時だって何度もあった。いや、何度も……どころじゃないな。ほとんど毎日、そんな内心の弱音と闘っていた。
だけど、本当に最後ギリギリ、ゴールの400m手前で、幾つものヒントがあってようやく掴む事が出来たんだ。
「お前のおかげで、ようやくもう一度輝く事が出来たよ。ありがとうな」
そう声を掛けて調教が上手くいった時と同じように首の横側をポンポンと叩く。そんなオレ達の様子を見た観客席から祝福の声が上がった。顔を上げると超満員の観衆が笑顔で出迎えてくれるのが分かる。もしかしたら今日のメインイベント、無敗の三冠馬の戴冠を阻止してしまった事に罵声やブーイングの嵐になるんじゃないかとも懸念していたけれど、余計な心配だったみたいだ。
そしてウイニングランを終え、地下馬道を通って着順ゲートに戻るとそこには福山調教師と厩務員の千葉さん、桜オーナーが出迎えてくれる。福山調教師の笑顔の横で千葉さんはすでに人目も憚らずに号泣していた。
「加賀君、本当によくやってくれた……本当に……」
それだけ言ったきり、俺の両手を取って泣き崩れる桜オーナーの背は数日前に会った時以上に小さく、頼りなくなったように見える。
『まだ諦めきれん気持ちも、もう一度ここからやり直したいと渇望する想いも、同じじゃと思っておるが違うかな?』
そう言ってオレがこの馬に乗る事を快諾し、ずっと期待をかけてくれていたこの人に、ようやく恩返しをする事が出来た。間に合ったんだ、どうにか!……って思うと、安堵なのかよく分からない涙がこみあげてくる。
「はい……乗せてくださって、ずっと期待をかけてくださって、本当に……ありがとうございました」
両手を握り返してそのまま同じように号泣してしまうオレにフラッシュが焚かれ、幾つもの取材カメラがその様子を捉えていたがそんな事は全く構わなかった。
そしてリブライトが菊花賞を制してから、半年後の春。
関西・阪神競馬場に、オレとリブライトは立っていた。それはもちろん、これから行われる古馬になってから初のG1・大阪杯に参加するためだ。
「しかしなぁ、お前と『騎手と厩務員』っちゅう形でG1を争い合う形になるとは思わんかったわ」
「馬からだけは離れんな、って俺に声かけたのはお前だろ?有馬記念ん時みてぇにレース終わってから後悔すんなよ」
そんな風に言い合う川原
菊花賞を制覇したリブライトはその後、古馬と初対決になる年末最後のグランプリレース・有馬記念に出走。そこで宝塚記念・天皇賞(秋)ジャパンカップと古馬王道のG1街道を3連勝し、【秋古馬三冠】に王手をかける川原さん騎乗の現役最強馬・ファストストーリーをクビ差退けて優勝、まさかの菊花賞の再現をしてみせたのだ。
ただそれは本当に馬の実力なのか、偶然の産物だったのか、古馬と三歳馬という負担重量のハンデ差だったのかはまだ分からない。それを証明してみせるのが、今回の戦いだ。
ちなみに去年の大阪杯制覇まで【現役最強馬】と呼ばれていた塩田厩舎のスリーオクロックだが、その後の天皇賞・春を大惨敗した後はそれまでの走りは見る影もなくなって掲示板すら外す敗走を繰り返し、そのまま有馬記念を前に引退。
塩田は大馬主である相馬氏からも、種牡馬になってからの価値を著しく貶めたとして三下り半を突き付けられ、青野氏のブルー軍団に次ぐ大馬主からの信用を失って大量に馬を転厩された事でもはや厩舎存続の危機に陥っているという。去年の今頃とは大違いだが、因果応報というやつだとオレは思ってる。
「敵は川原さんの馬だけじゃないからな。俺も居る事を忘れるなよ」
川原さんと千葉さんを見ているとそんな風に声を掛けてくる優馬。
彼はセントライト記念の後、距離適性不安を理由に菊花賞から予定を変更した1600mのG1・マイルカップステークスを優勝した愛馬・シャドウオブザデイで今回の勝負に挑んできている。
菊花賞以来、幾つもの重賞で顔を合わせるようになった彼だが、やはりその騎乗技術は同年代の中でも飛びぬけていて今回も気の抜けない相手の一人だ。そしてレースが終わればお互いの騎乗について意見を言い合い高め合える、気が置けない最高の『同期の騎手仲間』でもある。
「若手同士で盛り上がってくれるのは良いね。ボクもまだ道を譲るつもりはないけど」
そう言って苦笑いを浮かべながら会話に入って来る西のレジェンド・滝 登さん。ちなみに東のレジェンドで優馬の父でもある横浜 徳幸騎手は昨日、中東ドバイで行われた芝のレース・ドバイシーマクラシックで並み居る世界の強豪を相手にクリアディザスターで逃げ切り勝ちを決めていた。
滝騎手の乗るソルトクーンも3歳時から着実に力をつけ、2月の京都記念ではそのクリアディザスターを差し切ってコースレコードで勝ってからここに駒を進めている。道を譲るどころか、目指すべき最高峰として君臨する頂の高さを思い知らされる存在といってもいい。
「加賀君はこの馬、リブライトとようやく理想的な乗り方の扉を開いたみたいだね」
「去年のこのレースの後、滝さんや和賀さん、川原さんから戴いたアドバイスのおかげです」
「それなら良かった。でもね加賀君、ここからが本当の始まりだからね」
そう言って真正面を見て表情を変える滝騎手に、オレも優馬も真剣に向き直る。
「どんなに強い馬も相性の良い馬でも、必ず衰える時は来るし引退する時は来る。そしてその後に来る
それでも僕らは騎手として、理想の走らせ方を追い求めなければいけない。例えるなら君がリブライトと見つけた輝きを他の馬とでも出せるように、その方法を探し続けていかなければならない」
滝騎手の語る言葉に、いつの間にか千葉さんに川原騎手、福山調教師も集まってきている。
「いや、騎手だけじゃない。調教師も担当厩務員も、馬に関わる全ての
「滝さん、前にボクにもそう教えてくれましたよね。確かボクがまだ騎手として未熟だった、ようやくG1を勝たせられるようになった頃です。ボクはその言葉があって、夢中で飛び込んだこの世界に一生を捧げようって思えたんです。だから」
今度は滝さんに続けて福山元騎手が言葉を注ぐ。
「出来ればここに居る皆で、そんな風にこの世界でずっと情熱を捧げて『競馬』を続けていける事を願ってます。今週も頑張って、僕たちの『競馬』を創っていこう」
福山さんの言葉にその場にいる全員が頷く。そして、それぞれの陣営に分かれて今週もまた繰り返していくんだ。
『競馬』という名前の、それぞれが存在証明を掛けた、お互いの輝きを高め合い、競い合っていくための舞台を!
Re:bright -もう一度、輝くために- 完
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ご愛読、本当にありがとうございました。
以降、閑話など追加するかもしれませんが本編・加賀君とリブライトの物語はここで終わりです。
少しでも気に入っていただけましたらレビュー・コメントなど戴けましたらとても励みになります。よろしくお願い致します。
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