第6話

 俺は喜びのあまり犬たちを一頭ずつ抱きしめて喜びを伝えて回る。そして喜びのままに犬たちと一緒にあたりを駆け回る。

 犬たちと暮らす喜び、犬たちと旅する喜び、犬たちと苦楽を共にする喜び、それらで頭が埋め尽くされ俺を無意味な走行に駆り立てる。


 ひとしきり走り終わると、巫女さんたちが声をかけてきた。

「今日はここで野営しましょう」

 とアポさんが俺に提案した。

「もう夜も遅いから、火はたかずに干し肉が晩御飯だよ」

 とアドラドさん。

「寝る時には寝袋をお渡しいたします」

 とアリシアさん。

 みんな一様にやさしい口調で、一時の高揚がおさまった俺は恥ずかしくなってしまった。


 携帯食の干し肉を犬たちと食べ、水を飲みながら今後の方針を少し話し合った。

 俺には特に考えもないので、巫女さんたちの話を犬たちと聞くだけだった。

 現在目指しているのは北にある村で、そこから先は一番近いセリアン教団の神殿がある場所まで道が続いている。それはつまり、その村までは人が通う道はないという事で、そこまでは旅を始める時に聞かされていた。


 考えるべき問題はいくつもある。俺の召喚で世界の孔が多数開いた事態は、他の誰かにも察知された可能性があり、彼らが接触してきた時にどう対応するか、世界の孔や、おそらくは他にもいる魔獣はなるべく早く処置をしなければならない、山歩きになれない俺を連れての当面の生活、今後の義勇団の拠点をどこに置くか、などなど。

 それらについて優先順位をつけつつ、突発的な事態にどう対応していくか。それはなかなかに難しい問題で、妙案はない。


 取りあえず北の方にあるセリアン教団の神殿へ向かい、そこに俺を預けて安全策を講じるまでを最優先で行う。うまくそこで協力者を得る事ができれば、問題への対処もやりやすくなる。途中で近くにある世界の孔をふさぎつつ、起こりうる事態をある程度想定しておいて、状況に合わせて対応するという事になった。


 俺に異存があるはずもなく、さらに詳しくは旅をしながら折々話し合うと決めて、今晩は寝る事になった。

 寝袋を渡されてから、寝る前に犬たちに名前を付けようと思い立った。

 声をかけると犬たちが集まってくる。


 最初に一番大きな犬を呼んだ。他の犬は中型犬だが、この犬だけは特に大きく、俺よりも体重が重い。耳は垂れ耳で、体色は白に近い薄い褐色、鼻先と耳のあたりだけ黒い。

「今日からおまえは太郎だ」

 太郎は尻尾を振って俺の付けた名前を受け入れた。そのように見えた。


 さらに二頭の犬が並んで俺に近づいてくる。

 俺は少し悩んでから、向かって右の犬を次郎、左の犬を三郎と名付けた。

 次郎は巻尾で耳は立っている。体色は背側がところどころ褐色の混じった灰色で、腹側は白。全体の配色は狼に似ている。精悍な顔つきで額が広く目じりが少し吊り上がっている。

 三郎は次郎と対照的にすっきりと細い顔つきで、もし首輪をつけたとしてもすり抜けてしまいそうだ。耳は垂れ耳で、毛は短毛。筋肉質の体つきがよくわかる。体色は黒で、褐色のまだらが目の上と鼻づらから頬にかけて、胸、足先にある。

 次郎は喜んで、三郎は少し不満そうにうなってから、それぞれの名前を受け入れた。


 余裕のありそうな顔で続いてやってきた犬に、四郎と名付けた。

 四郎は耳先が垂れた半立ち耳で眼の間が少し離れている。毛は長毛で体色は白地に黒斑くろまだら。顔の真ん中を白い部分が帯状に縦に走る。

 四郎は軽く頭を下げて、自分の名前を了承した。


 次に五郎と名付けた犬は狐を思わせる赤褐色の体色で、尾はふさふさした巻尾。とがった鼻づらとぴんと立った耳も狐を連想させる。

 五郎は名前を呼ばれると元気よく鳴いて返事をした。

 最後に一番小さい犬を六郎と名付けた。


 六郎も巻尾で耳が立っている。体色は褐色だが、五郎に比べて黄色っぽく鼻づらは白い。名前を付けてやると、独特の声で遠吠えをした。

「今日はもうお休み」

 そういうと犬たちは離れてそれぞれの寝場所を決める。


 名前を付け終えて寝ようとすると、アドラドさんがそっと近づいて袖を引き、小声で俺にささやいた。

「ちょっと、おかしらかしら

「その呼び方はやめて」

「じゃあ恵さん。いいんですかい。あの犬たちは全員雌犬ですぜ」

 いたずらっぽくアドラドさんはそう言う。


 それは俺も気づいていた。だが六頭ぶんの順序を表す女性名を、俺は思いつけなかった。

「まあ、恵さんがいいならそれでいいですよ。これで恵さんの仲間も一挙に三倍だね」

 そう言ってアドラドさんは去った。

 寝袋に入った俺は思う。


 どんな旅だって犬と一緒なら苦労は半分になる。

 そう確信すると、俺はすぐに眠ってしまった。

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