第3話

 戦いを終えたアリシアさんが第一階梯に戻って、俺のそばまでやって来た。

 アリシアさんの場合、第一階梯では舌と手の指の爪が長くて尖っているのが特徴だ。


「犬が心配ですか?」

「まあ、少し」

 何しろものすごい勢いで遠くまで飛ばされていったので、ヒトより体重が軽くても怪我をせずに済みそうとは思えなかった。

「心配ありません。『能動投擲のうどうとうてき』の術を使いました」


 能動投擲とは自分が投げ飛ばす対象に術をかけ、その後の運動量や方向をあらかじめ決めて変化させる神術と説明してくれた。

 犬たちは勢いよく遠くまで飛んでいった後に、やさしくというわけにはいかないが、ゆっくりとした速度で地上に落ちたはずだという。


 俺は安堵しつつも別の事が気になっていた。

 犬たちとは別に遠くからなにか大きな動物がやってくる。それは先ほども漠然と北の方に感じられていたのだが、犬と俺たちの間まで移動してきて、今は止まっている。大きさは犬にくらべてかなり大きい。


 そこで俺は、アリシアさんに先ほど使用した世界の孔を感知する神術を使用してもらうようたのんだ。

 アリシアさんはすぐにその術を、「世界漏孔検知せかいろうこうけんち」というそうだが、それを使ってくれた。

 その結果、やはり犬たちと俺たちの間には別に世界の孔がある事がわかった。


「ちょっと様子を見てきます」

 アポさんが空を飛んで確かめに行く。

 「世界漏孔検知」では孔の存在と位置、大きさはわかるが、そこに何があるのかはわからないのだそうだ。


 待つ間、アリシアさんが話しかけてきた。

「恵さんが感じるのは動物ですか、それとも世界の孔、どちらですか?」

 そう言われて俺は少し考えこんだ。


 今までは単に動物を感知していると思っていたのだが、六頭の犬たちと今アポさんが見に行った何かには違和感があった。

 だからアリシアさんに「世界漏孔検知」を頼んだのだが、それはつまり、俺が無意識のうちにその違和感の原因が世界の孔だと感じていたという事かもしれない。


 その事をアリシアさんに話した。

「なるほど、両方とも感じとれるのかもしれないですね」

 アリシアさんはうなずいた。

「もしもそうならば、かなり有用な能力です」


 「世界漏孔検知」は停止した状態で発動させねばならず、その瞬間の情報しか得られない。それに対して常時発動で移動しながら連続して感知でき、それが動物なのかどうかもわかるなら、かなり役に立つという。

 俺は自分の能力が役に立ちそうだと聞いて、少しうれしかった。

 そしてもう少し世界の孔について聞きたかったが、今はこの近くにいる何かに対応しなければならない。


 アポさんが戻ってきたが、上空からは木に隠れてよく見えないそうだ

 アドラドさんがやってきて言った

「足音は聞こえない。草木とこすれあうような音がするだけだね」

 そして続けて言った。

「もう日が沈みそうだから、その前に直接見て確かめてくる」


 アドラドさんは小さなアナウサギの姿になると、それがいる方向に駆け出した。

 ところが、アドラドさんが行って少しすると、それが動き始めた。ほぼまっすぐにこちらに向かってくる。

 俺がその事を告げると、二人の巫女さんは再び戦いに備える。


 俺はもちろん、後ろに下がって事態を見まもる事しかできない。

 そうしているうちに、日はついに沈んでしまい、まだ薄明かりは残っているが、月が昇るには早く、次第に闇が濃くなっていく。


 やがて下草の茂みががさがさと鳴ると、アドラドさんが飛び出してきた。

 アドラドさんのすぐ後で茂みが再び揺れると、何か大きくて長いものが姿を現し、頭部をたたきつけるようにしてアドラドさんを襲う。

 アドラドさんは素早くかわし、何度も飛び跳ねてアリシアさんの後ろまで移動した。


 第一階梯まで戻ると

「ごめーん、引き離せなかった。みんな気をつけて!」

 と謝った。

 それが何か確かめて戻るつもりが、相手がすぐ後ろを追ってきたために、知らせる暇もなかったという事なのだろう。


 俺たちの前にいきなり正体を現したそれは、一見大蛇の様だったが、よく見ればまるで異なる生き物だとわかった。


 それは蛇のように胴体と明確に区別できる頭部を持たず、長い筒状の体が同じ程度の太さで先端から胴体の後ろの方まで続いている。目がなく、先端に開いた成人をひとのみにできそうなぐらい大きい口には、顎がなく歯もない。全身に短い毛が生えていて、体を蛇行させて動くのではなく、伸びたり縮んだりしながら蠕動ぜんどう運動で移動する。


 そのあたりは、蛇というよりは巨大なミミズの様だが、柔軟に体をくねらせながら、狭い木々の間を器用にすり抜けて来て、こちらに向かって鎌首をもたげるような動作をした。それはミミズとは明らかに違う。


 俺の知っているどの動物とも一致しないそれが何かについて考えているうちに、ようやく、「野槌のづち」と呼ばれる妖怪の事を思い出した。

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