七色パレット!

つきレモン

第1話 落とし物を拾っちゃった⁉

「蛍ー! 起きなさーい!」


 下の階から聞こえてきたお母さんの声で、わたし――わか ほたるはハッと目を覚ました。


 え、今何時⁉

 ガシッとつかんだ時計を見れば、短い針は7時を指していた。


 その瞬間、わたしは毛布をはねのけ、落ちるようにしてベッドから降りる。


 ヤバい、これ遅刻決定だよっ!


 や、やらかしたー!


 1階に向かおうと階段を下りるけど――


「うわああっ‼」


 見事階段でつまずき、早朝の家の中にはわたしの悲鳴がこだました。


「蛍、学校間に合う?」

「間に合わないっ!」


 お母さんの心配したような声に即答で返し、学校指定のカバンを背負しょって、わたしは玄関の扉を開ける。

 その途端、きらきらとした朝の日差しがわたしを暖かく照らした。


 ま、まぶしー!


 もう9月だよ?

 まだ夏みたいに暑いんだけど……。


 今向かっているのは、わたしが通っているはす中学校。

 先週始業式があって、始業式から1週間が経った今日。


 さすがに2学期早々遅刻はヤバいよね⁉


 そう思うと歩くスピードも自然と速くなる。

 最終的には小走りになって、わたしは蓮野中へと急いだ。


 あとあの角を曲がれば校門が見えてくるはず‼

 カバンの中のものがカタカタと音を立てる。


 角を曲がるその1歩手前――


 ――キキーッ‼


「わっ‼」


 何かがすごいスピードで目の前を通過していった。

 瞬間的に1歩後ろに下がったけど、もしあそこにいたままだったら……。


 ツーっと、と冷や汗が頬を伝う。


 通っていったその先を見れば、ものすごい速さでペダルをこぐ自転車に乗った人だった。とにかく速かったから、どんな人かは全く見えなかった。

 あんなスピードで自転車こいでたら、絶対に次の日は筋肉痛だよ。ある意味尊敬する……。


 しかも……何か落ちてる?


 しゃがんで拾うと、それは1つの腕時計だった。

 腕時計とは言ってもとてもボロボロで、ゴムでできたベルト(?)もひどく汚れていて泥などもついている。


 この腕時計はおそらくデジタル。

 ベルトには真っ黒な四角い画面がついている。

 ベルト自体は……たぶん白色。泥で汚れているからわからないけど。

 電源ボタンとかあるのかな?


 いや、勝手に人のものをいじっちゃだめだよね。

 一旦学校まで届けるか……。

 うん、そうしよう。

 この蓮野中の生徒の落とし物かもしれないし。


 ――って、そうだった‼


 わたし、遅刻するーっ‼


 近くにあった公園の時計を見れば、あと10分っ!


 ギリギリ間に合うかな?

 間に合わない……いや、走ったら間に合う?


 わたしは急いでその公園の蛇口をひねって腕時計のベルトに水をかける。

 その瞬間、あらわになった真っ白なベルトに、わたしは思わず目が奪われる。


 雪のように白く、太陽に当たってキラキラと輝くベルト。

 そこについている小さな透き通った飾り。

 つけてみたいけど、さすがに人のものだし……。


 持ってきたハンカチに包んで制服のポケットに突っ込む。


 しっかりとポケットに入ったのを確認したわたしは、静かになった公園を後にした。 


 ―――――


「ハア、ハア……」


 教室に踏み込んで数秒後、入室終了のチャイムが鳴る。

 ギ、ギリギリセーフ……。


 でも結局落とし物届けるの忘れちゃった……。

 教室に入る前に職員室に行けたらよかったんだけどなあ……。

 さすがに間に合わないと思って、そのまま持ってきちゃったんだけど。

 朝学活が終わったら職員室行こうかな。


「ほったるー! おはよー! もしかして寝坊でもしたー?」


 こ、この声は……。

 その声のした方を振り向くと、想像通りの人物が立っていた。

 紺色の髪をポニーテールにしたこの子は、わたしの親友、とき りん。通称、凛ちゃん。


「お、おはよ。思いっきり寝坊した……」

「はははっ。やっぱりー!」


 笑い事じゃないんだよー!

 しかもやっぱりって何?


「もう! わたしだって中1だよ? そんな毎日寝坊なんてしないってば」

「あははっ。でも今日寝坊してるじゃーん!」

「今日はたまたまだってば!」


 何気ないやり取りをしながら、わたしは急いでカバンの中身を引き出しに突っ込む。今日みたいに寝坊した日ってよく忘れ物するんだよね……。


 教科書、ある。昨日持ち帰って復習しようと思ったのに結局やってないし……。

 宿題……な、ないっ⁉ いや、まだわからないっ! 

 カバンをひっくり返し、わたしはノート、プリントなどをとにかく端から見ていく。

 これも違う、これは……ち、違うっ。こ、これは……?


 ノートの表紙に大きく『漢字』と書いてある。

 ほっ。よかった……。

 数学のプリントは……っ。

 うん、これもある。ふう……。


 ほーっ。

 今日は珍しく忘れ物なし⁉

 油断はできないっ、もしかしたらあるかもしれないんだからっ。


 ん? 弁当ってわたし持ったっけ。

 ごそごそとカバンを探ると奥の方から黒色の二段弁当が出てきた。

 弁当はある。箸も……ある。


 ホントに今日は忘れ物なし⁉

 奇跡だー!


「あれ、筆箱は?」

「え、筆箱ならここに、」


 ……。

 ……ない。

 引き出しの中のいつもしまっているところを指差したけど、そこにはない。


「ふ、筆箱忘れたあー!」


 さ、最悪……。

 あー! やっぱり奇跡なんか起きないんだあーっ!


「ぷっ……シャーペンと消しゴムぐらいならあたし貸すよ? ……ふふっ」

「笑いながらそんなこと言われても嬉しくないんですけどー」


 と言いつつもわたしは凛ちゃんのシャーペンと消しゴムをありがたく貸してもらう。さらには赤ペンや定規まで貸してくれた。

 赤ペンなんて2本持ってるもんだっけ? 定規こそ不思議なんだけど……。


 と、そこでわたしたち1年3組の担任の先生が教室に入ってきたので、朝学活が始まった。


 ―――――


 ――チロリンッ

 わずかな音は、わたしの耳には届かない。


『若葉 蛍さま』


 制服の中の腕時計の真っ黒だった画面には、白い文字が浮かび上がっている。


『イロの世界へようこそ』


 ―――――


「おはようございまーす!」


 もう、遅かった。

 すでに任務は始まっている。

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