第43話 母親
戦争が終結して3ヶ月が経過した。
ムンディルファリ辺境伯となっているトールは、ヘイム村が所属していた旧伯爵領の領都の近くである山岳部の麓までの領地を受け取る事になった。ヘイム村と似た環境にあったホイフ村、ルイナ村、ヒイル村、ハイネ村の4村の管理も任されるようになったため、ヘイム村の砦を解体し、その4村より先にあるもっと川下にある山岳部の麓に砦を作る事になり、土属性の魔法使い達をそちらに向かわせる事になった。
ソールマーニの街に旧プロムナ王国出身の冒険者達がの殆どが戻って来ていた。それといつの間にかスコルが冒険者を引退を宣言して街から去っていた。贅沢しなければ一生働かなくても良いぐらい稼いでいたようなので、危険な冒険者稼業から足を洗ったのかもしれない。
「砦の前に元村人だって人が来たんだって?」
「えぇ、けれど旧プロムナ王国は村人の移動が出来なかった筈なので嘘だと思いますがね」
「そういえばそうだったね」
「また10日後に来ると言ってましたぜ、本当に来るなら明日来ます」
「名前は聞いてる?」
「ヘイム村のスコルだそうです」
「なるほど・・・その子は聖女と言われて公爵家の養女になった子かもしれないね」
「聖女? 魔法が使えない子は教会行きだったんじゃないんです?」
「なんでも姿を消しているソール様が見えていたらしくて、追いかけてたらしいよ」
「なるほど・・・光の妖精に導かれてた娘って事ですかい」
「ただの幼い子の妄想だった可能性もあるけどね」
「それもそうですね・・・」
聖女と光の妖精の物語はこの世界では非常に有名だ。ラステア聖国が管理する教会に行けばその物語を聞かされる。だから夢見がちな女の子が、自身を聖女だと妄想する話は巷に溢れていた。
「じゃあ村に入れても良いんです?」
「一応面談しようかな」
ソールマーニの街ではトールと顔見知りの関係でもあるからね。
△△△
「トールさん・・・」
「シェリアじゃないか、ヘイム村のスコルというのは嘘だったのかい?」
「違います! シェリアは偽名なんです!」
「偽名?」
「私、バラティーア公爵家の養子になっていたんですが逃げたんです。だから身分を偽るために偽名を使っていました」
「公爵家の養子になってたのに逃げたのかい?」
「えぇ、無理やりヴィクル帝国に連れて行かれ、ハティ皇太子の嫁になれって言われたので逃げたんです」
「ふーん・・・聞いてた話と違うね・・・」
「えっ?」
「俺はヴィクル帝国の貴族だよ? スコルという娘が学園でどういう子だったか知る機会ぐらいあってもおかしくないだろ?」
「どういう事ですか?」
「皇太子妃を陥れるために作った偽の脅迫状・・・覚えているだろ?」
「・・・」
「ここはヴィクル帝国だ? 皇太子を騙し皇太子妃と陥れようとした毒婦が生きられる国じゃ無いぞ」
「わ・・・私・・・」
「君は顔馴染でもあるし捕まえたくはない、君が今後ずっとシェリアとして生きていくのなら見逃しても良いと思っている」
「家族に会う事が出来ませんか?」
「君は村を出たあと、一度でも家族に手紙を出したかい?」
「りょ・・・両親は文字が読めないので・・・」
「文字が読めなくても村長に読んで貰う事は出来る、小さい頃の君はそうやって文字を覚えたって聞いたよ?」
「何で知ってるんですかっ!」
「俺はこの周辺の領主だよ?」
「そんなっ!」
「君がそれでもスコルだと名乗るなら、俺は帝国貴族として君を拘束し宰相様に引き渡さなければならない。宰相様は皇太子妃様のお父上だ、どうなるか分かるだろ?」
「トールさん・・・」
「君も貴族だった経験があるなら分かるだろ? 貴族は我儘ばかりの他人に優しかったかい?」
「・・・」
「俺は元平民で、君の顔馴染でもあるから優しく追い返すという選択をするんだ。産まれも育ちも貴族だったら有無を言わさず君を拘束してたと思うよ」
「私はどうしたらいいんですか」
「さぁ・・・君には綺麗な顔と光属性の魔法の才能がある、どこでもやっていけるんじゃないか?」
「トールさんの所に居ちゃダメですか?」
「エリを怒らせるような事はしたくないな」
「・・・」
スコルはエリの名を出したら顔を真っ青にして震えだした。スコルってそんなにエリが苦手だっけ?
「わ・・・分かりました、ここには二度と来ません」
「うん、それがいいね」
スコルが席を立ち、砦にある面会室から出て行こうとしたので、最後に忠告をすることにした。
「ヴィクル帝国に居る間は、貴族時代の知り合いに合わないよう注意した方がいい。それと元バラティーア公爵はスレイ公国に亡命しているらしいからそれも注意して」
スコルは俺悲しそうに見たあと部屋の外に出て行った。
「彼女を砦の外に送ってやって」
「はいっ!」
部屋の前にいた砦の兵士にスコルの案内をお願いした。
『家族と引き離すのは可哀想だったな』
『ソールはあの女によってエリさんから引き離されたんだよっ!』
『それは分かるんだけどさ・・・どうも俺はスコルを憎めないんだ』
『私は怒ってる! まだヘイム村の両親に対してきちんとして来たのなら同情も出来る、でもあの女は違った!』
『まぁそうなんだけどね・・・』
俺はトールを自立させると、マーニを抱き寄せて頭を撫でた。
『ありがとう、俺の代わりに怒ってくれて』
『うん・・・それが私の役目だもの』
『俺は笑っているマーニの方が好きだよ』
『私も笑っているトールが好きよ』
『俺は笑っているだろ?』
『ちっとも笑ってないわ、あなたは母親を求めて泣き続けている子供よ』
『マーニにはそう見えるんだね』
『そうにしか見えないのよ』
マーニは俺とトールを収納にしまって、領主邸に瞬間移動した。
マーニはエリを俺が最後に見た母ちゃんそっくりな姿に変えて自立させた。
『ソールは義体を死んだ日のタイヨウの姿に変えて自立させて』
『分かった』
俺はマーニに言われたように、トールを死んだ日のタイヨウの姿に変えて自立させた。
母ちゃんの姿のエリはトールに近づいて抱きしめ頭を撫でた。トール母ちゃんに抱きしめられて静かに泣いた。
俺は義体にそんな命令は与えて居ない。けれど義体は俺の心を反映してそう動いた。
『本当に俺は泣いて居たんだ・・・』
『そうよ、あなたはずっと泣いて居るのよ』
自分でも知らない自分を義体によって証明されてしまった。
マーニは俺を抱き寄せて頭を撫でた。
『今日の私はソールの母親、トールとエリが眠ってしまうまで、ソールを撫でてあげる』
『うん』
『だからキスはダメよ? 母親にキスはしないでしょ?』
『ケチ・・・』
マーニを愛おしく感じてキスをしたくなったけれど、マーニに従って俺は大人しく撫でられ続けた。
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