かっぱかっぱらった
川獺右端
第一話 人魚は秋葉原で獰猛だ
海の水位が五メートル上がって、沿岸都市は水没し、人類はほぼ滅んだ。
なんで海面が上昇したのかは、俺は知らない。
きっと南極の氷が溶けたかどうかしたのだろう。
一面の海に島のようにぽこぽことビル群が突き出し並んでいて、まるで中国の水墨画みたいな風景でもある。
人間が銀座から居なくなるまで五年ぐらいかかった。
最初のうちはビルに残った人間が結構居たのだけど、下が水では生活も出来ないのでいつの間にか居なくなり、俺は銀座に一人きりだ。
山の方に新しい人の街が出来たとも聞くけど、行ったことがないので知らない。
俺は地球最後の河童だ。
河童の父、河童の母から生まれた。
「河童に生んですまないな」
「河童に生んでごめんね」
両親はそう謝っていたし、高校時代は河童ということで色々辛い目にもあったが、都市が水没した今は河童で有ることがありがたい。
ちなみに両親は五年前の水没災害時に色々あって死んだ。
地球上に残された河童は俺一人になった。
俺は本屋のビルの四階に住んでいる。
雨の日は本を読み、晴れた日は海に潜って魚を捕っている。
河童一人生きて行くには不自由はない。
太陽と風と海と海鳥だけを相手に俺は暮らして居る。
「寂しくねーのかさ?」
外でばちゃりと水音がして、いきなり声を掛けられた。
読みかけのSF小説が手から滑り落ちて張り出しから二メートル下の海面で顔を出していた
結は本を軽く空中に放り上げ尻尾で弾いて俺の方へ返した。
帰ってきた本は粘液でぬらぬらして生臭い。
「もともと一人だったからなあ、気にならないよ」
「お前はニートだな」
「ま、五年前もおんなじだったな。学校行って帰りに図書館よって本を借りて夜読んでって」
「河童の癖にインテリくせえ、生意気だ」
「ほっといてくれ」
結はぴょんと宙に跳ね上がると頭上を飛んでいた海猫をひょいと抱えるように捕まえた。
鋭い牙が一杯生えた口を大きく開けて彼女は海猫を囓った。
びゃあびゃあと海猫の上げる悲鳴がうるさい。
結は数少ない近所の者だ。
人魚をやっている。
元々は普通の女子高校生だったが、五年前に海水に包まれた時、はじめて自分が人魚だったと気がついたらしい。
見た目は凄く可愛く、愛らしく、頭が悪そうで、とても良い感じなのだが、いかんせん肉食だし、人魚なので仕方がない。
始めて会った時に結が抱きついて来たので、うほっと思って喜んだら、鋭い牙でガリガリッと肩を囓られた。
今でもそこは窪んでいる。
それ以来、俺は結の手の届く範囲に近寄らない事にしている。
「なーぐーさめてやろうか」
結が水からちょこんと出た電話ボックスの天辺に腰掛けて生殖穴を指で広げた。
まあ、本人はセクシーに誘ってるつもりなのだろうが、ぜんぜん色っぽくも無いし、猥褻感もないし、何というかそれただの穴だしなあ。
「要らない。第一やってる間に喰う気だろう?」
「え……。あー、終わるまで我慢するからさあ」
「終わったら?」
「え、食べるよ」
結は不思議そうな顔で聞き返した。
「お断りだ。それより、なんか用があったんじゃないのか?」
「え、ああそうだった。姫さんから親書を預かって来たんだ。トド夫の所にもいかなきゃならないからお前にかまってる時間なんかないや」
結は腰のポシェットから手紙を出すと、また尻尾ではたいて俺の方に飛ばした。
ビニールコーティングされた手紙にぺったりと粘液がついていた。
「姫さんが何用だ? 恋文か?」
結はげらげらと笑った。
「河童のくせに生意気な」
手紙を開いてみた。
プラスティック紙に今では珍しくなったレーザープリンターで印刷してある。
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人魚帝国建国記念大会へのお誘い
夏の近づく陽気の良い昨今。
水棲人類の皆様におかれましてはいかがおすごしでしょうか。
地をはい回るしか能のない哀れな旧人類が滅びてから五年、愛らしい人魚達も産めよ増やせよ海に満ちよというスローガンの元、約五千人の人口を数えるようになり、ますますの発展いたしております。
このたび、わたくし、人魚姫が帝王として即位し、人魚による人魚のための人魚の国である人魚帝国の建国を宣言します。
八月の満月の夜、東京ドームにて人魚帝国建国記念大会を盛大に催したいと思います。
ご近所お誘い合わせの上、是非ご参加ください
人魚姫
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「人魚帝国?」
「そうだ、私たち国を作るんだよ」
「東京ドームで建国大会?」
「準備を盛大にやってるよ」
人魚は水棲人類としては最大勢力だ、というか、水棲人類って、秋葉原の人魚の他は、上野のトド夫と東京タワーに住んでる魔法使いしか居ないぞ。
「お祭りなんだからさ、きなよ。御馳走でるよ」
「なんか俺が御馳走になってしまう気がするんだが」
「お客さんは喰わないよ、じゃ、絶対こいよ」
じゃあっと言って結は手を軽く振って海の中に消えた。
海面に映る結の影が、飛ぶような速度で沖に移動していくのを、俺はじっと見ていた。
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