神々の国へは帰らない

天夏マナ

第1章

第1話 過去の記憶

 ガタン、と大きく揺れる。

 天蓋のない質素な荷馬車に、同じく誘拐された仲間たちとつながれている。どこへ行くともわからない道中に誰もが口をつぐみ、はち切れてしまいそうな緊張の最後の一線を守っていた。

 一言でも口を開けば、不安や焦りの言葉しか出てこない。そうしたら、全員がパニックに陥ってしまう。だから黙って目も合わせずにいることでしか、最後の砦を守ることができなかった。

 エデルはその中で唯一、落ち着きなくあちこちに視線をさまよわせていた。彼女は誘拐された少女たちの中では飛び抜けて幼い。まだうまく状況を把握できていなかった。


 ――たぶん、まずいことになっている。


 それは理解できる。しかし何がどうしてこうなったのか、これからどうすれば良いのか、この先どうなるのか――そういう具体的なことには想像が及ばない。ただ仲間の少女たちが深刻そうにしているから、それに倣っているに過ぎなかった。

 流れ行く景色は、初めて見るものばかりだ。

 街の外に出ると建物や人がなくなって、代わりに木や緑が増える。じっと一点を見つめていると、景色が緑と茶色の二色だけになっていくさまが面白かった。

 視線を転じて空を見上げると、この緑層りょくそうでは珍しいくらいのすっきりと晴れた空が広がっている。

 ――今日は上の島・・・が見えないから、いい天気なのにな。

 こういうすっきりと晴れた日はみんな喜ぶ。しかし今それを口にしたところで誰も取り合ってはくれないし、そんな呑気なことを言うなと怒られそうだ。

 ここから逃げなきゃいけない。しかしエデルを誘拐した男たちは「逃げられると思うな」とか「痛い目を見るぞ」としきりに脅していた。抵抗する素振りだけでも見せたら、きっと自分だけではなくこの中の誰かが犠牲になる。

 エデルだけなら、たぶん、魔導具まどうぐの縄くらいは破壊して逃げられるかもしれないが。

 どうするのが正解かわからずにぼんやりとしていると、不意に青の中に黒点が浮かんだ。

 空に黒いシミのようなものが浮かんでいる。青層せいそうの島が近づいてきたのか――いや、それにしては小さい。

 その黒い点が、見つめているうちにどんどん近づいてくる。

 島が落ちてきたのだろうか? ――違う。人だ。

 あっと思ったときには、突如として空から降ってきた人が大剣を振りかざし、エデルたちが乗った馬車めがけて刃を閃かせた。

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