巻き毛のビーと学園の亡霊≪赤の魔女は恋をしない9≫

チャイムン

1.巻き毛と昔話

 王都から馬車で約一日ほどにあるリャドの町からさほどはなれていない森の中に、ハーフ・エルフの魔女デーティアは住んでいる。

 百四十五歳になった今でも見かけは十代後半ほど。父親譲りの真っ赤でくるくる渦巻くような髪と丸くて小さな耳、母親譲りのほっそりとした長身に少し吊り気味の猫のような緑の瞳の魔女だ。

 普段は黒いドレスに表が深紅、裏が漆黒のフード付きマントを羽織っている。


 実はデーティアは、現在のラバナン王国の国王の祖父の母親違いの姉なのだ。


 当時、第三王子だったデーティアの父親は王家から出奔し、エルフであるデーティアの母親と出会い恋に落ちてデーティアが産まれた。二人は人間の町に住んでいたが、デーティアが生後半年にも満たない頃に竜巻に合い、母親は亡くなった。父親は乳飲み子のデーティアをエルフの祖父母に託した。身の証になるペンダントとまとまった金子も渡し、デーティアに王立学園での高等教育を受けることを願った。


 その後流行り病で第一王子と第二王子が相次いで亡くなると、デーティアの父は王家に連れ戻され国王となった。


 デーティアは十歳から十五位歳まで王立学園ですごし高等教育を受けたが、父親はついに名乗らずじまいだった。

 デーティアはそれでよかったと思っている。


 ところがデーティアは王家数代に渡って問題を解決した縁で、今では行き来がある。

 夏には子供達がやってくるし、普段は週に一回、魔法を教えに王宮へ赴く。


 その日、デーティアは十四歳になったビーことベアトリスに魔法を指南するために王宮にいた。

 ベアトリスは末っ子で、王家の唯一の未婚の子供だった。

 四年前に兄のジルリアはライラ・ダルア侯爵令嬢と結婚して、今年二歳になる息子がいる。姉で双子のフランシーヌも四年前にダンドリオン侯爵家に降嫁しており、アンジェリーナはフィランジェ王国へ嫁いでいた。

 上の三人は赤みがかった金髪なのに対して、ベアトリスは渦巻くような赤い巻き毛だった。

 赤毛とロイヤル・パープルの瞳は王家に出やすい色だった。

 上の三人は母親譲りの金髪と王家のロイヤル・パープルの瞳を受けづき、ベアトリスは王家の赤い髪を受け継いでいた。


「なんでこんな巻き毛の癖っ毛なのかしら」

 可愛らしい口をとがらせて、ベアトリスがぼやく。


 年頃になりつつあるベアトリスの目下の悩みは、くるくる渦巻くような癖の強い赤い髪だ。

 メイド達に調えられた髪は、豊かな巻き髪が幾房も垂れている。豪華な髪だ。


「お父様の髪は色は同じだけど、もっとゆるやかなのに」

「仕方がないよ。ビーの髪はあたしと同じ癖っ毛で、整えようとしたら巻き毛の房になってしまうからね」

 デーティアとベアトリスの髪は、渦巻くような癖毛で、髪を梳かせば大きく膨らんでしまう。落ち着かせるには指先でくるくると巻くように調えるしかない。

 元々デーティアは長い髪を好まず、肩口で乱雑に切り無造作に手櫛で調えるだけだった。ところがジルリアの婚約騒動から王家の依頼で社交の場に出なくてはならず、さらに結婚式が続いた上に、可愛い末っ子の結婚式にでる約束もあり、しぶしぶ伸ばしている。今では背中を巻き髪が、豊かに垂れて覆っている。


 ベアトリスは小さな頃にデーティアに教わった通りに、くるくると指に巻き付けるようにして整えているし、メイド達もそのようにしている。

 だからえんどう豆の巻きひげのようなカールが房になっている。


「エルヴィラ嬢が陰で言っているの。物語に出てくる悪女みたいだって」

 そういうベアトリスにデーティアは鼻で笑ってみせる。

「人はないものねだりだったり、自分が一番と思ったりするものさ。それを書いた人にも、色々と考えることがあったんだろうよ。妬みからそう表現したのかもしれないよ。または昔の醜聞に刺激されているのかもね」

「どういうこと?」

 尋ねるビーにデーティアは皮肉っぽい口調で言う。

「あたしの学園時代にこういう房になった巻き髪が流行ったのさ。一所懸命にコテで巻いたり、寝る時に髪を湿らせて布で巻いたりしてね。子供だったあたしには不思議でしょうがなかったよ」

 笑って付け加える。

「尤も、あの頃のあたしは十二歳の小娘で、二つの三つ編みのおさげだったんだけどね」

 一息置いて続ける。

「そのうち、あたし達みたいな巻き毛のご令嬢が言ったものさ。『偽物の巻き髪なんてみっともないわ。しょせん偽物よ』なんてね」

「まあ!」

 ビーは驚きの声を上げる。

「そのご令嬢は意地が悪くてね。伯爵令嬢だったけれど、野心に溢れていたよ。当時人気者だった公爵令息と結婚する気満々だったよ。当時は王子もいなかったし、独身公爵令息はたった一人だった。ただひとつの障害は…」

 にやっと笑って右手をひらひらさせる。

「公爵令息には幼い頃からの婚約者がいたのさ」

「それでどうしたの?」

 興が乗ったベアトリスがデーティアの腕にぎゅっとしがみつく。

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