第18話 イケメンは世界を救う

討伐隊にとっては、夜が恐怖だった。


人間は寝ないでは生きていけない。


しかし悪魔はうし三つ時を狙ってやってくる。


「王太子殿下はとても善良な方に見受けられますわ」


私は言った。だって討伐隊を騎士団で組織しているんだもん。

勇者だ僧侶だって勝つ気があるのかよくわからないラインナップだと思う。


「あの方が一番真面目に討伐隊を組織されたような気がしますわ」


「それが困るんだよ」


ヘロリ王子様は肩をすくめた。


「彼は真面目に国力のすべてをつぎ込んで、悪をなすドラゴンと戦おうと思っている」


確かに。身分を問わず、徴兵制を敷いたと聞いた。


「優秀なら、貴族の家の大事な跡取りも徴集する仕組みだ」


ヘロリ王子は厳しいくらいの口調で言った。第四王子という順位の為、公爵家などの嫡子連中にバカにされて育ったらしく貴族には冷淡な人なんだけど、この徴集制度には反対らしい。


「農家の働き手もお国の大事だと徴集した。貴族も平民もないと」


それは確かに困るわね。

農家は働き手を取られたら、下手をすると一家全滅。

貴族の家も、後継者争いに発展するから、これまた壮絶。


「竜の存在は危険かもしれないが、現在のところ実害はない。おそらくこの先もないだろう」


ウチのお父様、興味なそうだもんね。


「物事の順番の決め方がなあ……」


騎士様たちは、数名を残して全員デビルの餌食となってしまった。つまり主にコックだが、そのほか刺繍職人や帳簿係や武器の修理などに駆り出された。


「なぜ、俺が刺繍を!」


と、すごんだものの相手は自分より二回りは大きいデビルである。指も二回りは大きく、どう考えても刺繍は無理。騎士様がやった方がマシである。


帳簿係に徴集された騎士様も、デビルが指を折って計算しては、結果が行方不明になるのを目前にして黙っていられなくなり、暗算でさっさと足し上げて書き込もうとしたが、あまりに無残な帳簿に黙り込んだ。


人間、いやデビルには向き不向きがある。


これまでは筋肉隆々、力自慢が誇りだったのだが、デビルを目の前にすると騎士様は貧弱。しかし、手作業や計算、技術職に関しては騎士様の圧勝だった。


そしてお人よしのデビルは、めっちゃくちゃに感動して尊敬のまなざしで騎士様を見つめる。


「二桁の足し算を暗算で!」


「え? 誰でもできるでしょ? これ」


「またまた、ご謙遜を! なんて謙虚な天才なんだ!」


「て、天才?」


照れる騎士様。噂を聞きつけてドヤドヤと集まってきて、尊敬のまなざしで見つめるデビルたち。


今まで、帳簿の整理はどうやってたんだろう?

素朴な疑問を抱くが、ほめられて悪い気はしない騎士様たちだった。


「刺繍の天才だ!」

「天賦の才とはこのことか!」


デビルたちが本気なだけに始末が悪い。なんだか居心地がよろしい。

騎士様たちはさらわれてきた割に、充実した日々を送り、ややメンドクサイタイプの王太子殿下のことは忘れていた。思い出したところで、崖下にダイブするしか参上する手段がないのである。


その頃、王太子殿下は悩んでいた。


騎士たちが残っていないのである。まだ討伐隊は道半ば、例の参道の入り口にすらたどり着けていない。


「殿下、引き返しましょう!」


弟三人は既に竜と戦って命を散らした……と、王太子殿下は信じている。

くそまじめな王太子殿下に、ご都合主義の討伐隊の裏事情を教える度胸が誰にもなかったので。


「私だけが、おめおめ王都に戻ることなどできない!」


側近は考えた。


「では、援軍を呼びましょう。徴集制度が役立つ時が来ました」


お触れが出されただけであれほど反発を買った徴収制度だが、王太子殿下は目的のためにはやむなしと信じている。


「頼んだぞ」


王都は当然蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。どこの貴族の家も農家も、そんな死にに行くような竜退治に人手を割きたくなかったのである。


「頃合いやよし」



ヘロリ王子様は、竜とともに王都へ戻った。


「えっせ、ほっせ」


デビルが輿に乗せてくれて、馬より早く快適に森を行き過ぎて行く。問題の崖は、デビルたちが抱いておろしてくれた。


「あなたん」


マーシャ様は当然夫のドラゴンに抱っこしてもらった。ヘロリ王子様は当然婚約者の籠に乗せてもらった。


「うちの婿は軟弱だのう」


「いいではありませんか。彼は頭脳が優秀ですのよ」


「そうなの?」


「わたくしたち、盛大にデビューしましょう。なんでも王宮にはシャンデリアや金張りの広間や、おいしいお酒がたあっくさんあるそうではありませんか。宮廷の小娘どもに、早くあなたを自慢したいわ」


途中で王太子殿下とすれ違った。私は顔を知らなかったので、王子様だってわからなかった。だって、すごいくらいやつれていたんだもの。


「あっ! ヘロリ! 無事だったのか!」


「兄上。私はドラゴン城に無事たどり着きまして」


「な、なんだと?」


「この度、ドラゴン殿の娘と結婚することになりました」


「え?」


「初めまして。ドラゴンの娘のナタリアです」


「王都へ戻り父上母上に報告申し上げる予定です」


「お、おい! すると、竜退治はどうなるのだ」


「私にとっては大事な舅。退治などとんでもございません。そのような失礼な発言は撤回してください」


「なんだと、この裏切り者め。私一人でも竜の居所へ行き、邪悪な生き物を退治して、この世の平和を守るのだ」


肝心の竜はニヤニヤしながらその様子を眺めていた。ドラゴン城に竜はいないけどね。


「王都は地方から押し寄せた徴集反対派の農民や、有力貴族たちの反対派が陳情に現れるなど、収拾がつかない状態になってるそうですぞ」


王都へ向かう途中で、ゾラが教えてくれた。


「へ……?」


「ま、悪いのは第一王子でしょうが……」


どうするつもりなのかしら? 私は焦ったけど、ヘロリ王子はニコリと笑うと私の手を取った。


「何の心配もいらない。僕、そういうのは得意なんで。まあ、安全なところから見てて」


「ナタリア、私たちは、ここから高みの見物と行きましょうよ」


誰にも見られないで移動することなんて、魔女の母には簡単なこと。私と母は王宮の塔の縁に、足をぶらぶらさせながら腰かけた。


王宮前広場には大勢の人が集まっていた。険悪な雰囲気だ。


「大丈夫かしら? 一触即発に見えるわ。何をするのか、お父様から聞いていらっしゃらない?」


「知らないわー。見てたら楽しいって言ってたわ。万一、何か起きたらドラゴンになって王宮ごと全員つぶすから大丈夫よ」


血の地獄か……いや、それ、怖い。


大騒ぎを尻目にヘロリ王子様は単身王城に入った。彼はおかしい。何の魔法も使っていないのに、人混みをスイスイかき分けて中へ進入していく。私は、胸が痛くなってきた。

私のヘロリ王子様は、どうしてこんな人なんだろう。


ちょうど宰相が事情説明……竜討伐隊の必要性の説明と荒れ狂う民衆の説得にあたろうとしているところだった。宰相は遠目からもめちゃくちゃ緊張しているようだ。


突然バルコニーに通じるドアが開くとヘロリ王子様が現れた。ヘロリ王子様は、あっさり宰相を押しのけた。そして自分がバルコニーの真ん中に立った。


王宮の高い塔の半ばにあるバルコニーは広場に面していて、お触れを伝えたり、国王がたまに民衆に姿を見せる場所だった。

大勢の人々が新しい登場人物に注目した。


「王に代わって宣言する」


ヘロリ王子様の声が響き渡った。


「徴集制度は廃止する」


ピタリと農民も貴族も動きを止めて、ヘロリ王子様の姿を見つめた。


誰かが気づいた。やがてみんなが気づいた。


「あれは……ヘロリ第四王子殿下?」


「生きてた?」


ヘロリ王子様が独身王族の中では最も顔がよくて絵姿が多く売られていたことが功を奏した。


「ヘロリ王子様だ!」


「本物だ!」



王妃様が奥から部屋着のままバルコニーに走ってくる。


国王陛下も上着に腕を通しながらやってきた。


「ヘロリ!」


「生きていたの? 何の連絡もなくて、お前は!」


「死んだとばかり思っていた! 今までどうしていたのだ?」


息子に取りすがって泣き出す王妃様。さすがの民衆も息をのんだ。


ヘロリ王子様はおもむろに宙を指した。


「私の友人です。一緒にここまで来てくれました」


「なんだ?」


王の王妃も民衆も、王子様の指さす先を見つめた。何かが光っている。


緑色にきらめく小さな光が見る見るうちに大きくなって、近づいてきて、それは巨大な竜になった。


人々は悲鳴を上げた。あんな大きなものが王城に衝突したら、王城はつぶれてしまう。


バルコニー目指して、一直線に竜はものすごいスピードで飛んでくる。


誰もが王家の人々の命はないと思ったとたん、竜の姿は消えて、ピシッと隙のない衣装に身を固めた背の高い美しい男がにこやかにバルコニーに現れた。


「はじめまして。ドラゴンです」


「え? え?」


部屋着の王妃と、寝間着の上に上着を引っかけただけの王、演説する予定だった宰相はすっかり我を失ってうろたえた。


一瞬民衆はシンとなってその男とヘロリ王子様をひたすらに見つめた。


「僕は誰もたどり着けなかったドラゴン城に行った」


一瞬の静寂ののち、うおおおおおという声が上がった。


「そしてドラゴンと友人になった」


「え……」


にこやかに背の高い美男がうなずいた。


その時、民衆の間を二人一組になった騎士様とデビルが行列を組んで割り込んできた。彼らはにこやかに群衆の間を列になって行進してくる。


「キャー、悪魔!」


「失礼な。デビルだよ!」


「彼は私の友人だ。失礼がないようにしてほしいな。私は王太子殿下に従って従軍した騎士だ」


騎士様がデビルをかばう。


知らせておいたらしく、騎士様たちの家族が駆けつけてきた。


「デビルに助けてもらったって?」


「そうです、母上。いいやつです。おかげで助かりました。崖も助けてくれて無事降りることができました」


「それは……感謝の言葉もありません」


喜びと当惑と好奇心に駆られる民衆の間を、帰還兵と友人のデビルが王城へ向かって行進する。


その時、ばっちり恰好を決めてきたドラゴンだと名乗る男が、バルコニーの縁に登った。そして一番高いところから下へダイブした。


ギャーと上がる悲鳴。だが、あっという間に男はドラゴンの姿に早変わりして宙を旋回し始めた。


「ドラゴン様あー」


打ち合わせ通り、デビルと騎士様連中が手を振ると、ドラゴンは尻尾を振った。


美しい。竜って、こんな生き物だったんだ。


鮮やかに光を跳ね返す金属的な鱗、大きな翼で自由自在に空を飛ぶ。


そしてまたもやバルコニーに突進して、ぶつかる寸前で先ほどのイケメンに変わった。


「……イケメンじゃないの……」


なぜ、そう言うことにだけは敏感なのだ、おかみさんたち。


「アラ。ほんとだ」


「ねえねえ。こういっちゃなんだけど、国王陛下より全然……」


「それどころかヘロリ王子様より……」


一人がごくりとのどを鳴らした。


「ねえ。不思議だと思わない?」

「なにがさ」

「だって、竜の姿は裸だよねえ?」

「え? そういえばそうね?」

「本来なら、あのイケメンの全部が視れるはずなんじゃない?」

「おっ。そうだね」

「あんなにカッコイイ服なら服のままでもいいけどさ」

「私は顔だけで十分だけど」

「いやあ、見たいもんだよね。眼福だよねー」


イケメンは世界を救う。


ドラゴン様が調子こいて、手を振ると今度はキャーという黄色い悲鳴が響き渡った。


そうじゃない。そういう場面じゃないはずだ。


騎士様の親たちは喜びと感謝の涙にくれていたし、それは王妃様も同じだった。

民衆の方は働き手を取られる徴兵問題が解決して、喜ぶ場面のはず。


そうではなくて、どんどん前に押し寄せてきたのはおかみさん連中だ。


「ドラゴン様あ」

「キャー! ドラゴン様ああ」



唯一ヘロリ王子様だけがニヤリ悪い顔で笑っていた。


「計画通り」















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