第16話 社交界デビュープラン(母の)

私たちは書斎の人間用の椅子に座らされ、真向にふんぞり返った父が座った。


「一介の人間にナタリアはやれんな」


「人間は肉体的には弱いかもしれませんが、算数もできますし、穀物も作れますし、便利な道具も作れます」


「僕は肉しか食べないよ。道具もいらないね」


「でも、お似合いの服をお召しではありませんか?」


「妻の趣味だよ。そうでなければこんなもの要らないよ」


「奥様は大事なのでしょう?」


「なに? 妻は魔女だ。そんじょそこらの人間の女とは違うんだ。大事に決まっているだろう。彼女がいるから僕は生きているんだ。でなければ何千年もの寿命の間、退屈なだけだ。それとナタリア。こんなに愛らしいものがいるとは知らなかった。まさか子どもが生まれてくるとは思わなかった。お前なんかにやるものか」


「僕は、生まれだけは最高です」


「今は違うだろう。それに人間の身分なんか意味はない」


「人間は数が多い。王様というのは、その長です。人間全員に命令できる。人間を使えたら便利でしょう?」


「ん?」


ん?


結婚のお知らせではなかったの?


「すべての人間に命令できるのですよ? 以前人間を使いたいとおっしゃっていましたね?」


「一人、二人で十分だ」


「ドラゴン様がそんなことで満足されてどうします。至上の存在なのに。すべての人間を思う存分お使いになられても、十分ではないでしょう?」


何の話? 結婚の報告ではないの? あ、婚約か。


「だが、お前は王子ですらない」


「ナタリア様との結婚をお許しいただければ、王になります」


はい?


「このバカ者。今の王と戦争を起こして勝利して王になろうなどと考えているんじゃないだろうな? 僕が、人間なんかと戦うとでも思っているのか? 人の力を借りようだなんて、卑しい奴だ」


「人間に勝てませんか?」


お父様はグッと答えに詰まった。


「バカにするな。勝てるよ。でも、数が多すぎるんだ。それに殺しても何の意味もない」


「そうです。何の意味もない。つまり、使えない、利益にならないから殺さない方がマシなのです」


イケオジはプイと横を向いた。事実なのだろう。


「ドラゴン様は賢明です。でも、人間の王を使えば、本当に便利です。そして、王になる方法は戦争だけではありません」


お父様と私は、意外なことを言い出したヘロリ王子を見つめた。


「ドラゴン様、三か月おきにあと三回、王都の街から見えるところを飛んでください」


はいい?



「何か面白そうな話をしているわね」


ことりと軽い音がして、母が入ってきた。イケオジは具合悪そうに母の顔を見た。


「あなた、みだりやたらにこのヘロリ君を虐めちゃダメだっていったでしょう。今度は何なの?」


今度は……そういえば、私たちはまだ父に用事を伝えていなかった。


「あの、奥方様。わたくしヘロリはナタリア様に結婚を申し込み……」


「弱小人間のくせに出過ぎたふるまいをするんじゃないッ。出て行け!」


「出て行きます。でも、ナタリア様には了承いただけましたので、ナタリア様ともども出て行きます」


「ナタリアッ!」


父は突然ドラゴンに変身した。


私たちは吹き飛ばされた……のではなく、ふわっと宙に浮いてサッとドラゴンの大きさに飲み込まれるのを避けた。母の魔法だ。


「お前は……父を裏切るのか」


「あ・な・た」


母の声がした。


「三十年前にあなたもウチの母から同じこと言われてましたわよね?」


「…………」


プシュウウウウと父が元のイケオジに戻った。

母と私とヘロリも、元の椅子に戻った。


イケオジはしょんぼりしていて、もはやイケオジではなかった。どこかのおじさんだ。


「話を聞きましょう」


母が言った。


やっぱりこの城の絶対王者は母らしい。


「だから、あの……」


「ナタリア嬢を愛しています。申し込み続けてようやくOKしていただきました!」


「あら。ナタリア、本当なの?」


え。どうしよっかな。ゾラがイエスのハンドサインを送っている。割と必死の形相だ。なんでだろう。


「はい……」


「まああ。よかったわ。ゾラに言いつけておいたとおりね。あなた」


「ハイ」


「この青年は、なかなか見どころがありますわ。私はいいと思います」


全員、押し黙った。


「クッキーもアイスクリームも、牛タンシチューもなかなかでした。ベリーのタルトも最高でした。ココアもよかったわ」


作ったのは私です。


「それで話って何かしら? 街の周りを三周したらいいの?」


「はい。兄が三人いますが、その都度、下から順にドラゴン討伐隊に駆り出されます」


「ドラゴン討伐隊! 笑わせるわ、チャチな人間どもが……」


母の魔法で黙らされた。


「あら。大変ね。ここまでたどり着けないんじゃないかしら?」


「たどり着けないか……ないしは途中でバックレると思います」


「その方が賢明ね」


「三回回れば、誰もいなくなるので、私が登場します。ドラゴン様と一緒に王宮に行きます」


「なんで僕がそんなことしなくちゃいけないの?」


「お黙りなさい」


父は黙った。


「僕が王になれば、ドラゴン様は王を通じて貢物を直接受け取れます。異国渡りのモチ菓子やプラリネ入りのチョコレートとか各種のナッツ入りマカロンとか、職人芸の繊細な菓子がどんどん届きます。それから討伐隊は編成されないでしょうし、人間を雇うことも簡単になります」


「それから……」


私は思いついて口を出した。私が口をはさんでいい場面なのかどうかよくわからなかったけど。


「ドラゴンが友好的だとわかってもらえますわ。そうすれば、もう討伐隊は組まれない。魔女やデビル、吸血鬼なんかも、街でショッピングや商売ができるようになるかもしれないわ」


「お前は甘い。子どものくせに何を言うのだ。世の中はそんな甘くない」


父が厳しい顔になった。


「僕はドラゴンとして人の何十倍も生きてきた。人間はそう変わるもんじゃない」


私はシュンとした。


「あら、私は街へ行くわよ? ドラゴンの夫人として、王宮へ乗り込むわ」


母が言い出した。


「なんでも、王都には社交界ってものがあるそうね?」


母は興味津々といった様子でヘロリ王子様に話しかけた。


「ええ、まあ、ありますが、それこそ人間関係の塊ですので、楽しいばかりではないかもしれません……?」


「何、言ってるのよ。国王の義母ですのよ?」


「あ! はあ、そうなりますね」


「つまり、最高の身分よ。誰も逆らえないわ。しかも夫はドラゴンよ?」


母はものすごく誇らしそうだった。


「この世で最強よ!」


途端に、父がシャキーンとなった。


「しかも人の姿になれば、こんなイケメン見たことないわ!」


父がウネウネと身をよじらせた。嬉しいらしい。


「最新流行の仕立て屋を呼ばなくちゃ。この人を着飾らせるの。オーホッホッホ! 宮廷の貴婦人方がうらやましがる姿が目に見えるようだわ!」


……母の話は、最初は父を説得するために、そんなことを言っているのかと思ったけど、どうも違うらしい。


「ここは刺激が少なすぎるのよ。ダンスパーティも晩餐会もないじゃない。宝飾店で誰も買えないほどすごい値段の宝石を、周り中のため息の中で買ってやるわ。素敵なお芝居を見に行って、帰りに感想を言いあいながら、素晴らしいレストランで深夜まで食事をするの。私が王都で第一位の貴婦人として君臨して見せるわ!」


「あのう、第一位の貴婦人はナタリアですけど……」


ここでなぜかヘロリ王子様が口をはさんだ。


「こら。小僧。マーシャが第一位の貴婦人になりたいと言うなら、マーシャが最高位の貴婦人だ。お前が決めることじゃない」


「いえ。国王の僕が決めることなんですけど。というか、お二人ともお忘れではありませんか? ナタリア嬢と僕が結婚しないと、そのプラン、成立しないんですけど」




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