第12話 コックで参上!
ヘロリ王子様?
顔はヘロリ王子様だった。身なりはコックだったけど。
「お初にお目にかかります。ヘロリと申します」
ヘロリは宮廷風に華麗にお辞儀した。
「まあ!」
と言ったのは母である。
他のデビルたちはちょっと困ったらしかった。普通の振る舞いではないと思ったらしい。
しかし、ヘロリを取り逃したくなかったらしい。
「あ、は、は……。ま、まあ、こんな変な人間ですが、なかなかいいやつでして」
あわててフォローに入ったが、ヘロリ王子様は、こう自己紹介した。
「愛する人のためにここまで来ました」
誰も聞いてませんよね? それにヘロリ王子様、婚約者も妃もいませんよね? 何言ってるの。
次の瞬間、ヘロリ王子様は私の方を見た。
見つかった?
「叶わぬ恋かもしれませんが、命の限り尽くすことを誓います! どうかここにおいてくださいませ」
おおっ? ここにいるの? 王子様なのに? 亡命計画はどこ行った。
「えーと、まあ、頑張って働いてくれ?」
父のドラゴンが疑問形になってしまった。
「はい。まずは奥方様とナタリア様にお菓子を買ってまいりました。ドラゴン様には菓子ではないものを。お口に合うと幸いです」
当惑顔のデビルが何かワゴンを押してくると、ヘロリ王子様はその上に乗っていた入れ物の銀の蓋を開けた。
「ドラゴン様は肉専門と伺いました」
「そうだな」
「ドラゴン様には、燻製肉をご賞味いただこうと考えております」
「なんだそれは?」
「肉を燻すのでございます。独特の香りが付いて香ばしい。こちらは街で買い求めたサンプルですが、今後、お城でいつでもお召し上がりいただけるよう作成していきたいと考えております」
「ずいぶん小さいな。どれ」
父のドラゴン様は、燻製の肉をパクリと食べた。
かなり大きい肉片だったが、ドラゴンには小さすぎる。だが、鼻と舌はいいので、香りと味はわかったらしい。父は相当気に入ったらしい。鱗がキラキラした。
「うまいな。初めての味だ」
ドラゴン様の試食が済むと、おいしいものに弱いデビルたちが好奇心に駆られて次々と近づいてきた。
ヘロリ王子様は慇懃にしかし手際よく全員に燻製肉の試食品を取り分けていく。
「ほお! これは初めてだ!」
「うまいな。うまい。酒が進みそうだ。もっとないのか?」
「ただいま作成中でございます。出来上がりましたら、存分にお召し上がりいただけます」
「楽しみだな」
「それから奥方様とナタリア様にはこちら。デビルの皆様もお気に召すかもしれません」
もう一つの銀製の入れ物の中身はよく冷えたアイスクリームだった。
「なんだろうこれは?」
デビルたちは不思議そうだったが、母は目の色を変えた。
「アイスクリームね。昔、よく食べたわ」
と母は平静そうに言ったが、大急ぎで深いスープ皿を持ってこさせると山盛りにして、スープ用スプーンで食べ始めた。
そばでゾラがやきもきしていた。アイスクリームはゾラの大好物だ。ゾラは人間社会が長いので、アイスクリームの味を知っている。この母の食いっぷりだとアイスクリームは完食されてしまって、ゾラの口には入らないかもしれない。
「アイスクリームも今後、こちらのお城で作ってまいります。ほかのお菓子もね。奥方様、こちらは季節のベリーを混ぜ込んだ変わりアイスでございます。一口、試してみられませんか?」
それはきれいな赤とピンクの混ざったアイスで、小さな銀の器に品よく盛られていた。
母はバニラのアイスクリームの手を止めて、そちらに食いついた。
「ベリーのアイス? 一つ、いえ二つちょうだい。最近食べていないから」
ゾラは奥方様の関心がベリーのアイスの方に向かったので、口元をゆるませていた。アイスの残りにありつけると思ったに違いない。
しかし、もっと若いデビルどもがアイスクリームに押し寄せた。
「う、うまい! 口の中で溶けるぞ!」
「あー、これ、冷たいクリームだ。でもただのクリームじゃないな! 上品な香りとなんだろう、このうまさ」
「俺にも一口くれ!」
「俺も!」
立派な体躯のデビルたちが大騒ぎして、我勝ちにアイスクリームの争奪戦を始めてしまった。
その騒ぎに乗じて、ヘロリ王子様は私のところにベリーのアイスを持ってきた。
「さあ、お嬢様」
私は何とも答えられなかった。変わり身早いな、ヘロリ王子様。呼び捨てじゃないんだ。
「君より早くここに着いた」
王子様はささやいた。
「人間は食われちゃうって市場のみんなから散々脅かされたけど、デビルは算数ができないんだ」
「算数……何を言っているの?」
「繰り上がりより、繰り下がりで悩んでいたよ」
王子様はフフフと笑った。
「代わりに計算してあげたんだ。ドラゴン城の主はデビルを大勢従えている。奥方はとても美しい大魔女だ。人間なんか行くものではない。皆からそう言われたけど、僕は決めたんだ」
王子様の青い目は私だけを見つめていた。
「生まれて初めて、自分で決めた。このまま亡命するんじゃなくて、あのデビルどもの歓心を買って、ドラゴン城に行く。だって、今の僕には何もない。君への思い以外、本当に何も」
人の目がこんなに雄弁だとは知らなかった。
「料理番のデビルに食い下がって、愛する人に会いたいのだと訴えた。デビルって意外に情に厚いんだね。おかげで君に会えた」
そんなに頑張る人だとは思っていなかった。もっとチャラい、難しそうだったらすぐにあきらめる適当な人間だと思っていた。
「会ってどうするつもりなの?」
父の正体はドラゴンだ。絶対に弱っちい人間の男なんか気に入らないに決まっている。下手をしたら、パックリ食べられてしまうだけだ。
「誰よりも君の意思が大事なんだ。嫌いだと言うなら仕方ない。僕はハムになる」
ハムになるだけの余裕があるかしら。生肉のままで食べられてしまいそう。
「僕は戦うよ。胃袋をつかむんだ」
いや、ちょっと待って。王子様は料理はまるきりできなかったはずよね?
父はうまそうに残りの燻製肉を平らげ、デビルどもはアイスクリームの争奪戦を繰り広げていた。母は久しぶりの新味のアイスクリームに夢中だ。
「僕たち、いつでも楽しかったじゃない。僕はデビルを巻き込んでここまで登ってくることができた。デビルは翼があるんだ。僕は、大量の食料品と一緒にここまで運ばれた」
え? ちょっと待って。ゾラのやつ飛べたのか。私はあんな苦労しなくてもよかったんじゃないかしら。
「こら。そこで何をごそごそしている」
ドラゴンの深紅の瞳が青くなっていた。
「薄汚い人間だな。最愛の妻を探しに来ただなんて、嘘だろう。うちの娘に何をする気だ」
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