第9話 ドラゴン城見参!
これまで、籠に乗って、平地を馬で走るくらいのかなりの速さで移動してきた。紫に霞む山はロマンチックで、途中までは美しい森や川の流れを堪能し、たまに広がる草地でご飯を食べた。ゾラに言わせると、そういった場所は、雷が落ちたか山火事になった跡で、木がまだ大きく成長していないために空き地になっているのだと言うことだった。だが、その美しさは格別で、私は息をのんだ。
大きな倒木に腰かけて、ぽっかり空いた空き地でご飯を食べるのは最高のひと時だった。森の中ではたまにしか差し込まない日の光がさんさんと降り注ぎ、ゾラには内緒だけど、王子様がいてくれたらなと思った。
二人でご飯を食べたら、きっとすごく楽しかったと思う。
竜に会うのも、ドキドキの体験だ。きっと同じように胸を躍らせながら、竜ってどんな姿かたちなんだろうとか、一緒に話し合っただろう。あいにく、王子様は虚弱過ぎて連れてくるわけにはいかなかったんだけど。
「さあ、ふもとに行きましょう」
「チャンスを待って、竜が飛んでいくところを見るの?」
「その籠で登るのです」
丸見えだと思う!
「見つかっちゃうわ!」
「大丈夫ですよ。あちらが登山道です」
登山道?
「はい。ドラゴン様を拝みたい方はあちらから登ることになります」
見ると、実にいろいろな人が集まっていた。拝み用にミニチュアドラゴンが設置されたお宮があって、その前にはお賽銭箱もある。
人々は列をなして拝み、お賽銭を入れていた。
「あの山を登るのはなかなか難関です。普通の人間には無理なので、大抵お参りはここまでになりますね」
この光景に私は呆然とした。
誰だ、竜の討伐隊とか言い出したのは!
「ドラゴン様信仰は根強いですから」
ゾラが説明した。
「えええ?」
「実は人間社会には魔女だけではなくて、精霊や半獣、吸血鬼や鬼なども人に化けて住んでいるんです。彼らはドラゴン様を幸運の象徴として拝みます。人間の間でも、特にこの辺りの人々はドラゴン様を拝みます」
「ええと、ええと?」
竜って何か悪いものなんだよね? だから退する話になっているわけで?
魔女の教科書にも、ドラゴン教なんて言葉は出てこなかったよ?
「ナタリア様がいらっしゃった国は圧倒的多数を純血の人間が占めていますから、偏見もありましたが、ここはそうじゃありません。空気も清浄でしょう?」
多数と偏見と排除……難しいな。似たタイプと一緒だと気楽だって言うのもあるよね?
「それでいくと、ナタリア様はあの王子様と一緒だと、めちゃくちゃ気楽そうでした。似たタイプという結論でもよろしいのですか? 」
「いやいやいや、違いますよね!」
私は思わず叫んだ。料理……いや生活力は段違いだ。比べてもらっては困る。
ゾラはふふふと笑った。ネコのくせに。
「じゃあ、それはとにかく登りましょう!」
誰も登っていないじゃないの?
登山口には立派なお詣り用の参道があったが、ほぼ垂直に上がっている。
絶対登れないって。
「籠で」
えっ。私は上を見上げた。そりゃ理屈で言うと登れないわけじゃないけど、すごく大変。力がいる。
しかもなんと言うか、観客多すぎ。
「さあさあ、行きましょう!」
ゾラは、先に乗り込んで手招きした。
なんだか急いでいる。
大勢の人(?)たちが、ザワザワ私たちの様子を見ていた。
「すごいな」
「魔女か。でも、相当力のある魔女じゃないとあそこまで登れないぞ?」
「ドラゴン様にお願い事でもあるのだろうか。直接、会いに行こうとは」
私はすっかり行く気のゾラに取り縋った。
「ね、ねえ。行かなくても良くない? 私、単にドラゴン様を見てみたいと思っただけで……」
竜はやはり孤高の存在らしい。畏れ多いのだ。
「早くっ! 出発しますよ!」
仕方ない。籠はゆらゆらと真上に向かって動き出した。周りからは、おおっと言う声があがる。
その時、たかっている人をかき分け、ザザザザッと言う音と共に、
「その籠、待ったあー」
と筋骨逞しい半裸の男が走って来た。
半裸……でもないかな。服がボロボロで髪もバラバラ。それが一足飛びに籠のそばまで来ると手をかけた。
「一緒に乗せて!」
「ぎゃああ」
誰なの? 怖すぎる。何をするの!
「振り落として! 籠、揺らして! 早く落とさないと、落下距離が長くなって、コイツ、死にますよ!」
まだ一メートルも上がっていないが、私は必死になって籠を揺らし、その男を振り払った。
「冷たい! せっかく追いかけて来たのにー」
「何言ってんですか。ストーカーじゃないですか」
男が無事振り落とされたのを確認すると、ゾラは忌々しそうに言った。
私は全力で籠を上げることに専念していた。一刻も早く手の届かないところへ行きたい!
怖すぎる。
あんなのと一緒に狭い籠で同居なんてごめんこうむる。
「ナターリアーーー」
下から絶叫が響いた。
「あれ?」
恐怖で男を払い落とすこと以外何も考えていなかったが、その声には聞き覚えがあった。
「あっ、ヘロリ王子様……」
籠の縁から下を覗いて、私は言った。
ゾラが満足そうに言った。
「よく追いかけて来ましたねー。私たちは籠で移動したので楽々移動でしたけど、地面の上を移動するのは大変ですよ。なかなかやりますね、あの王子」
「ナターリアー……」
王子様の声が虚しくこだまする。
「ちょっとかわいそう」
「でもあんな体重のありそうな男まで、一緒に上げられますか?」
「無理ね」
もうちょっと前のヘロリ王子様なら乗せられたかもしれない。でも、今の肉付きでは絶対無理。
「肉なんか付けなきゃいいのに」
「まあ、これで今生のお別れですよ」
ゾラは、カラカラと笑った。割と縁起でもない例えだな。
籠を上げ続けるのは結構大変だった。
「なんでこんなに重いのか」
「重力は嘘をつきませんから」
「私、そんなに太ってないわ!」
それでも、よたよたしながら籠は上がっていく。
「まだかしら」
途中で止めるわけにはいかない。必死だった。
竜を見てみたいだなんて考えなければよかった。そう思うくらいには、後悔した。
ようやく頂上にたどり着いた時、私はへとへとだった。
「えっ? 頂上ってこんなところなの?」
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