第55話 Lv.1 vs 炎の番人

「お前――どっから来たんだど!?」


 メンバーより一足先に第5階層へ降りた壱郎を待ち構えていたのは赤い鎧の巨人だった。


「えっと……上層から?」

「えっ、上……層……!? 怖いど、怖いど……! 天井から突き破ってくるやつなんて、今まで見たことも聞いたこともないど……! お前、何者なんだど……!?」

「…………」


 十中八九モンスターらしき存在に恐怖されていた。


 ――意思疎通はできる感じなのかな?


 人の言葉を話せるということは、相手がSランクモンスターの証なのだが……そんなこと気にせず、壱郎は対話を試みる。


「えーっと……初めまして。冒険者やってる山田壱郎です。あなたの名前はなんですか?」

「おら? おらはブレイズ! 炎の番人だど!」


 ――あ、会話してくれんのね。


「壱郎は、なにしに来たんだど?」

「うん、ここのダンジョンの攻略しに」

「攻略――ということは敵だど!? おらを倒しに来たどね!?」


 平和的解決失敗。素直に目的を言った壱郎に向かって巨人は斧を構えた。


「まあ落ち着けブレイズ。俺は話が通じる相手とは――」

「問答無用! 【ブレイズ】!」

「――っと!」


 一閃。炎の一撃が壱郎へ襲い掛かった。


「さぁ――おらと勝負だど!」


 ――困ったな。


 今の攻撃からして相手は炎使い。壱郎の弱点であるのだ。


「【ブレイズ・フィールド】!」


 ブレイズが斧を突き立てると、二人の周りを炎が囲い込んでいく。


「おぉぉっ――らぁ!」

「――!」


 迫り来る炎の刃。壱郎は受け止めることなく身を躱す。

 今はカメラがないので好きなように戦えるが……いつものように直接受け止めるわけにはいかない。直接触ってしまえば、たちまち溶かされてしまうからだ。


 ――だから、狙うのは。


「――ここ!」

「むっ――!?」


 ブレイズの横薙ぎを避けた壱郎が掴んだのは柄の部分。

 相手の攻めを一瞬怯ませ、一気に肉薄する。


 ――【伸縮】+【衝撃波】!


「おらっ!」

「おごぉっ!?」


 壱郎の拳が見事ブレイズの頭を撃ち抜いた。


 ブレイズの頭部はいとも容易く吹っ飛んでいく……が。


「や――やったな!? 今度はこっちの番だど!」

「! 頭部飛ばされても大丈夫なタイプなのかお前……!」


 頭がないのにも関わらず、ブレイズは依然と動いていた。


「当然! おらは鎧のモンスター! 頭部を吹き飛ばされたくらいじゃ――やられないんだど!」

「ちっ……厄介な相手だな、おい」

「【ブレイズ・アーマー】!」


 瞬間、ブレイズの鎧から炎が溢れ出す。


「っとぉ! あっぶな!」


 咄嗟に壱郎が巨体から離れていく。

 バックステップして距離を取った彼だが……身体が火照っていくのを感じた。


 ――時間がないな……。


「おぉぉっ――!」


 焦る壱郎を余所に、ブレイズは駆け出してくる。


 一撃、また一撃。壱郎へ巨大な斧を振り払っていく。

 壱郎はそれを躱すのみだが……体中から白い蒸気が溢れ出してきた。


「むっ、お前……熱いのが苦手なのか!」


 と向こうも壱郎の身体の変化に気が付いたようで、大きく斧を振り上げる。


「それなら――一気に畳みかけるど! 【ブレイズ・フルブレイク】ッ!!」

「――っ!!」


 斧が振り下ろされた瞬間――途端に吹き出す火柱。

 大振りのスキルを読み、距離を取った壱郎だが……蒸気は止まらない。


 ――ダメだ、もう……。


「外したか! だが、次は――!」

「……次なんかねぇよ」

「――むっ?」


 バックステップした壱郎が――ゆらりと構えを取る。


「本当は――本当は終わらせたかったんだがな」

「? なにを言ってるど?」


 壱郎の言ってることが理解できず、首を捻るブレイズ。


 スライムの弱点は火。直接受けてしまえば、たちまち溶けてしまう。


 ……では、熱は?

 高熱の戦場に囚われ、蒸気が出るほど身体が温まった今は?


「もう知らないぞ、どうなっても」


 スライムの身体である壱郎にとって弱点であり……次なる段階!


 壱郎がゆっくりと拳を構える。


 ――瞬間。


「う――ぉぉおっ!!?」


 凄まじい拳の連打がブレイズを襲った。


「【伸縮】+【衝撃波】――


 そう――自身の体温の蒸発を利用したスピード強化。


 今の一撃で、壱郎は五回殴りつけたのだ。


「まだまだいくぞ」

「――っ!?」


 そう言った途端――壱郎の姿が消えた。


 ――ど、どこに……!?


「はっ!」

「がぁあっ!!?」


 瞬間、後ろから衝撃が走る。

 いつの間にか後ろへ回り込んだ壱郎が、ブレイズの身体に殴りかかってきたのだ。


「炎がダメなら――風圧でかき消す!」

「――!」


 そう言うと、また一撃。斧ごとブレイズの右腕を吹き飛ばす。


「ぐ、ぐぐぐっ!」


 ――は、速い!


 先程とは比べ物にならないスピード。ブレイズは彼の動きを追うことが出来ない。


「おらっ、おらぁっ!」


 左足、続いて左腕。ブレイズの身体がどんどんと吹き飛ばされていく。


「……やっぱりな。お前、胴体から離れた部位は動かせないんだな?」

「――!!」


 ――バ、バレてるど!


 そう、それこそブレイズの弱点。四股全てを飛ばされてしまえば――もう動けない。


「こうなったら――【ブレイズ・フルアーマー】!」


 残った右足と胴体が完全に炎で包まれていく。


「これなら、火の苦手なお前なら――!」

「――こうするんだよなぁっ!」


 と、壱郎が投げつけてきたのは――ブレイズの頭部。


「――おおおぉぉぉぉぉっ!!?」


 投げられた兜は回転し、残りの右腕を吹き飛ばしていった。


 ――【伸縮】+【伸縮】+【衝撃波】+【衝撃波】+【衝撃波】……一点集中、五連打!


「っらぁぁぁあああっ!」

「うがぁぁぁあああああっ!!?」


 壱郎の拳がブレイズの胴体を捉えた。

 衝撃波の拳を受けたブレイズは壁に叩きつけられる。


「が、ぁあっ……!」

「はぁっ……はぁっ……!」


 もう力を失ってしまったのか、周囲の炎が搔き消えていった。


 ――あのモード、短時間しか持たないから助かったな。


 発熱モードはスピードを飛躍的に向上させるが、自身の身体を溶かしていく諸刃の剣。

 早めに戦闘が切り上がったことに感謝しつつ……壱郎はゆっくりとブレイズに近づいていく。


「ま、待て……待つんだど……! 降参だ! 今は……今はまだ、おらを殺さないでほしいんだど……!」

「…………」


 慌てて命乞いをするブレイズだが……壱郎は歩みを止めない。


 やられる――ブレイズがそう覚悟した時。


「ほいっ」

「……!?」


 壱郎は彼の兜と片腕を胴体にくっつけてあげたのだ。


「な、なっ……!?」

「はぁ……だから最初に言っただろ? 落ち着けって」


 予想だにしない展開にブレイズが混乱していると、壱郎は小さなため息をつく。


「最初――最初お前を見た時から思ってたんだ。あんま殺意を感じないなって」

「…………」

「番人であること、俺と対話してくれたこと――そして、お前の命の原動力」

「――!」


 頭部を吹き飛ばされた相手はどうやって倒せばいいのか。

 そう、壱郎は吹き飛ばした時、確かに見たのだ。


 彼の空っぽの胴体にくっついていたを。


「それを守る為に……お前は番人やってるんだろ?」

「お、お前、気づいて――!?」

「対話できるやつと戦うつもりなんてなかったし、それに――」


 と、壱郎はぶっきらぼうな顔をしてそっぽを向く。


「守るために降参してるやつに……トドメを刺すなんて、できないしな」

「――!!」


 その一言が決定打となった。


「うっ……うっ……うっ……」

「?」

「――ウオオオオオオオオオッ!」

「お、おぉっ!?」


 大広間のような空間の中、ブレイズの雄叫びが轟いた。


「お前……お前、面白いやつだど! 気に入ったど!」

「……あ、うん」


 ――いや、いきなり大声上げないでほしいんだけどな。普通にビビるし。


 なんて思う壱郎に構わず、ブレイズは壱郎を指さした、ニンマリと笑った――ように見えた。



「決めたど! お前、おらとトモダチになるんだど!」

「……へっ?」



***



「――あっ、いた! こっち!」

「! いた!? いたのかい、うちの問題児くんは!?」


 数分後。

 壱郎が降りた穴を使わず第5階層へ降り立ったエリィたちが壱郎を見つける。


「ちょいちょい――ちょいちょいちょい、壱郎くんっ!!? また勝手なことしたね! 一人で下層に行くだなんて、配信者として――って、ん? んん?」


 とエリィが眉を吊り上げ彼に詰め寄るが……彼のすぐ後ろに何かがいることに気が付き、勢いが止まった。


「勝手なことしてすまん。それでなんだが……あー……」


 壱郎は一旦謝りつつも、後ろにいる存在をなんて言ったらいいのか考えるも――これしか言いようがなかったので、素直に告げることにする。





「友達できた。巨人というか、巨大な鎧というか……モンスターの」

「ブレイズだど! 壱郎のトモダチなら、みんなおらのトモダチだど!」


「「「へっ……へっ……??」」」



 彼の言葉に……エリィのみならず、後ろにいたメンバーたちもわけがわからないという風に目を丸くさせた。


 正直、壱郎にもわけがわからなかった。

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