第36話 Lv.1のスタートライン
「――というわけで、退職祝いだ!」
「「おめでとー!」」
「……うん、ありがとう」
ところ変わってエリィたちの拠点。
エリィたちはお昼から缶ビールを開けていた。
壱郎が無事(?)に会社を退職したことを祝おうと提案しだしたエリィ。だが、平日昼間から店を開けている居酒屋などなかなか見つからず……悩みに悩んだ結果、「好きなもの買いまくって、拠点で飲めばいいんじゃね?」という結論に至ったのだ。
「~~~っ! 昼飲み最高! 今も働いてる人たちがいると考えると、より美味しく感じるね!」
「そんな、世の中の社会人を敵に回すかのような発言を……」
「いいのいいの、てか私たちは働き終わったようなもんだし! それに壱郎くん、昼飲みやったことないでしょ?」
「……まあ、うん」
お酒は贅沢品としてあまり飲んでこなかった壱郎にとって、昼飲みどころかお酒を飲むことすら珍しいのである。
「今日は私の奢り! なんなら追加注文しちゃってもいいんだよ! ピザる!? 寿司る!?」
「え、いや、そこまでしなくても……これも代金払うよ」
「はい、今の選択肢の中に拒否るという選択肢はありませーん! 寿司頼んじゃおーっと!」
「…………」
やけにテンション高いエリィに黙ってしまう壱郎の肩を、ユウキがポンと叩いた。
「こういう時は甘えていいんだよ、壱郎。そもそも退職祝いだってのに、君も出す方が間違ってると思わないかい?」
「……まあ、そこまで言うなら」
とユウキに言われ、壱郎もしぶしぶ頷いた。
「そうだ、記念に写真撮ろう! ほら、こっち見て!」
エリィがドローンカメラを操作し、カメラモードにする。
「はい、びーる!」
「びーる!」
――ちーずじゃないんだ、そこは。
なんていうツッコミは心の中で留めておく。
「……エリィさん、テンション高いな」
「ん? そりゃあ嬉しいよ、嬉しいに決まってるよ! これでようやく『エリィの愉快な一団』が本格始動できるんだから!」
「本格始動……」
壱郎はエリィの言葉を反芻する。
そう……ここからが本当にスタートライン。エリィのチャンネルはもちろん、壱郎にとっても本格始動。新たな人生の始まりなのだ。
「で、これからの活動方針なんだけど」
「あ、うん」
――急に真面目な話になったな……。
酔った人の温度差は激しい。
「基本的に三人でフリーランスの仕事を請け負うことにしよう。壱郎くん一人だけだと、受けさせてもらえないだろうし」
「助かる」
Lv.1として条件を満たせない壱郎が頭を下げる。
「で、今現在このメンツで受注可能な難易度だと……大体Cランクくらいかな?」
「ん、Cランク……? エリィさんさえいてくれるのなら、もっと上位のクエストもいけると思うんだが……」
「……さらっと自分を除外してるのが、恐ろしいところだね」
Sランクモンスターをもワンパンできる壱郎をジロリと見て、エリィは悲しそうに首を横に振った。
「でも残念。今の私たちのレベルじゃ、ここら辺が限界かな――ほら」
と、エリィがスマホの画面を見せてくる。
「今、ユウキはLv.42で私がLv.51。パーティーメンバーは三人のみとなると、このレベル条件を満たすクエスト一覧は……」
「……あぁ、本当だ。Cランクがメインになるんだな」
「でしょ?」
エリィの言った通り、検索条件に当てはまるクエストはどれも難易度Cばかりだった。
「まぁ、今は実績ゼロみたいなもんだから仕方ない。積み上げていけば選択肢も増えていくし、まずは地道にやっていこう! おーっ!」
「「おーっ」」
エリィの元気な掛け声に、壱郎とユウキもつられて握り拳を上に掲げた。
「幸いにも私たちは個人勢という枠の中で、チャンネル登録者数が18万人もいる。どんどん仕事をこなしていければ徐々に名前も知ってもらえるはずだし、直接依頼が来ることだっね難しくないと思う」
「……確かに。それは大きいよな」
フリーランスとは完全実力の世界であり、思っている以上に厳しいのは事実だが……エリィはこの三人ならうまくやっていける自信があった。
「参考程度なんだが、エリィさんは今までどうやって稼いできたんだ?」
「うーん……基本的にソロで受注可能なクエストをコツコツこなしつつ、かな。大きい報酬は既にいるパーティーの助っ人として加わって、一緒に攻略する感じ。もちろん分配方式になるから額は減るけど……その分、私の名前を覚えてもらえるだけ、宣伝費だと思えば安くない?」
「確かにな。関わる人が多いほどエリィさんの名前を覚えてもらえるきっかけができるだろうし」
「でも、今までの私のやり方じゃ上手くいかないかも。三人で報酬を分配するわけだから、単純に今までの3倍は頑張らないとっ!」
「……そうだな」
今こそエリィたちの配信を見てくれているリスナーたちの数は多いが……配信のみで食っていけるほど、安定はしてない。
「そういえば、ユウキのところは三人組だったよな?」
「うんうん、そうだよ」
壱郎からの問いかけにユウキは頷く。
「でも僕たちはエリィちゃんとはまた違った働き方だったかなー……フリーランスでクエストこなすのはもちろんあったけど、それぞれ短期バイトでも補ってたよ。で、三人で集まれるスケジュールを立てて配信してた感じ」
「あぁ……そういう働き方もアリなのか」
「あと男三人組だったから、20代から30代の女性層をターゲットに、ボイスやグッズ展開してて……まあ、そっちはほとんど臨時ボーナスって感じだったね、うん」
「グッズかー……俺のグッズは売れない気がするな……」
「私、自分のグッズ出すのやだ。媚びたくない」
「まあ、今はエリィちゃんの元で活動してるからね。エリィちゃんの方針に従うよ」
と口を尖らせるエリィにユウキは苦笑した。
「じゃあ、当面の三人での活動は、配信活動しつつフリーランスって方向だな。まずは県内を回ってクエストをこなしていく感じなのか?」
「あっ、待った! 最初の活動内容はもう決めてるの!」
「え、そうなのか?」
「うん!」
とエリィが「ちょっと待っててね!」と立ち上がり、ノートパソコンを持ってくる。
「壱郎くん。一週間前のゴールデンウイークでやりたかった企画の話、覚えてる?」
「あー……言ってたな。確か、秩父のダンジョンへ行きたいって話か?」
「そうそう!」
大型連休を使ったダンジョン攻略企画。
宿泊をも兼ねて考えていたのだが……壱郎だけはゴールデンウイークなんてものはなかったようなものだったので、その企画は残念ながらお蔵入りとなってしまった。
「でも――できるんだよ! 今なら!」
とエリィが『企画書(秩父)』という名前の文章ファイルを開く。
「内容は前に話したのと一緒なんだけど、金土日の二泊三日で秩父ダンジョン攻略。寝泊まりはテント張ってキャンプみたいな感じ。で、その時間もカメラを回して、ダンジョン攻略とキャンプの時間を同時に配信して、視聴率アップを狙おうと思ってるんだけど……どうかな?」
「おぉっ。視聴率はどうなのかわからないけど、楽しそうでいいじゃないか」
「僕も異論なしだよ。面白そう」
エリィの意見に二人は賛成する。
だが……エリィの狙いはそれだけじゃない。
「……それとね、秩父に拘るのには理由があるんだ――特に壱郎くん」
「え、俺?」
「これ見て」
と、エリィが見せてきたブラウザは、とあるネットの掲示板。
そこには最近秩父ダンジョンのクエスト難易度が跳ね上がっていること、開かずの扉と言われてるものが存在すること、そして――その扉の奥には『無限の指輪』というアイテムがあるのではないかという噂がコメントされていた。
「……『無限の指輪』ってなんだ?」
「あっ、知ってる。マジックアイテムだ」
首を捻る壱郎に対し、ユウキはポンと手を打つ。
「その指輪をつけると、ものすごく強くなれるんだよ。『新ステージ』の弓野リンってライバーさんが発見してるらしいよ」
「『新ステージ』……あぁ、
「それは『夢ハンティング』の方ね。そっか、壱郎くんが企業勢の配信者にも興味ないことを忘れてた……」
と頭をかくエリィ。その反応を見るに、『無限の指輪』というワードでピンと来てくれると思っていたらしい。
「で、その『無限の指輪』が秩父ダンジョンにもあるんじゃないか、って噂だよな? ……これ、根拠あるのか?」
「一応あるよ。今秩父ダンジョン関連のクエスト難易度が上がってるってことは知ってる?」
「あぁ、それは知ってる。よく秩父方面へ助っ人にいく社員たちが嘆いてたからな」
「そのイレギュラー的な状況って、過去にもあって――尤も酷似してるのが、当時の弓野リンさんが指輪を見つけた京都ダンジョンなんだよ」
「なるほど、確かに調べてみるのはいいかもしれないな……でも、それと俺になんの関係があるんだ?」
なんて首を捻る壱郎に、エリィは「その質問、待ってました」とばかりに得意げな顔をする。
「その指輪をつけると――色んなスキルが身について、レベルも爆上がりするみたいなんだ」
と……ここまで説明した彼女は「わかる?」と壱郎を見つめた。
「つまりね……もしこれを壱郎くんが付けたのなら、ずっとLv.1だった原因が解けるかもしれないってことなんだよ」
「――!」
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