第20話 Lv.1・イン・モンスターハウス!
「じゃ、開けるぞ」
壱郎はそう一言入れると、目の前のドアを開け放つ。
「うっ……!」
覚悟を決めていたエリィも、その光景を見た瞬間思わず呻いてしまった。
何故なら……目の前に広がったのは、まさに地獄絵図だったからだ。
レッドミノタウロス、ケンタウロス、サーベルタイガー、ガイアガルーダ、レッドミノタウロス、ブラッドオーガ、ガイアガルーダ、サーベルタイガー、キリングレンジスパイダー、etcetc……。
どこを見回してもAランクモンスターばかり。油断すれば、一瞬で食われてしまいそうな部屋。
:こっわ
:リアルに悲鳴出たわ
:ここが人生の終着点ですか?
:Aランクモンスばっかw無理だこれw
「エリィさん、まずは目の前のガイアガルーダを相手してくれ。他のヘイトは任せろ」
「どのガイアガルーダかな!?」
さらりと指示してくる壱郎だが……エリィの見る限り、ガイアガルーダは2~3体はいる。
「じゃ、作戦開始だ」
「さ、作戦? 作戦内容、私聞いてないよ?」
「目の前の敵をとにかく倒せ。以上」
「脳筋プレイじゃねぇか!」
なんて気楽に会話できたのもここまで。
モンスターの群れが壱郎たちを見た瞬間――一斉に殺意を向けてきたからだ。
「エリィさん、頼んだ」
「――っ!」
まだまだ言いたいことが山積みなのだが……今はそれどころじゃない。
エリィは大剣を構えると、ガイアガルーダに向かって駆け出した。
――出力25%!
「【インパクト】っ!」
スキルで加速し、勢いのまま大剣を叩きつける。
パワーの込められてない一撃だが、それでもガルーダを怯ませることはできた。
――今のうちだな。
エリィが大立ち回りしている間に壱郎はドローンの死角へ回り込み、戦闘態勢に入る。
壱郎の目的はただ一つ。カメラ外でモンスターを殲滅すること。
というのも、流石に複数相手となれば壱郎もある程度の力を発揮しなければならない。
そうなると、少なくとも両腕はスライムにしておかなければならない……つまり配信で見せるわけにはいかないのだ。
ドローンカメラはエリィを追尾する設定にしてある。360°カメラではないので、エリィの対角線上にいれば映ることはない。
なので彼女には大立ち回りをしてもらい、その間にその他のモンスターを倒す――これが壱郎の作戦である。
だが、相手はAランクモンスター。全てを秒で倒すなど、無理難題。まさに机上の空論なのだ。
ただし――この作戦を実行するのが普通の冒険者ならばの話だ。
壱郎は跳び上がると、壁に足をついて張り付く。
「……あ、台詞台詞。今から……くどいな。えー、手を出した。倒す。以上」
決め台詞はイマイチ決まってなかったが……壁を勢いよく蹴りあげると、射程範囲内に向かって拳を繰り出した。
――【酸】+【伸縮】+【衝撃波】!
瞬間――目にも止まらぬ衝撃波がモンスターの群れに襲い掛かる。
「……よし、まずは5体」
一撃。
たった一撃で5体のモンスターを葬り去ってしまった。
――うーん、威力低過ぎたか……? いや、バレないように立ち回るにはこのくらいで抑えておいた方がいいだろう、うんうん。
そしてまだまだ威力を上げられるらしい。
「っとぉ! い、壱郎くん! とりあえず1体はなんとかなりそう――って、いなぁぁぁい!?」
向こうでエリィが騒いでいるが、大丈夫そうなので今は放っておくことにする。
壱郎は次のカメラの死角内にいる敵に視線を向けた。
――エリィさんの動きに対してカメラの画角も変わるから、今度は衝撃波のみで……。
天井に張り付いた壱郎は次の攻撃に備える。
――【伸縮】+【伸縮】+【伸縮】+……【衝撃波】!
力を溜めて、溜めて、溜めて……一気に放出。
真下にいたモンスター全てを衝撃波で圧し潰していく。
「う、わぁあっ! また地震!!?」
――あっ、やばっ。加減間違えた。
勢いが強すぎて部屋全体に震動が伝わってしまった。
「と、とにかく片づけないと……!」
――むっ。
あと一撃で瀕死になるガイアガルーダへ刃を向けるエリィだが……その背後から忍び寄る複数の相手。
:エリィ、後ろ後ろ!
:後ろいるぞ
:コメント気づいて!
リスナーも必死にコメントを打っているが……戦闘中のエリィは気づいてない。
――仕方ない。
ここは緊急事態。やむを得ず、壱郎は両手を前に構えた。
親指以外の指を親指に引っ掛ける。それはまるで、8つの指で同時にデコピンするかのように。
――【伸縮】+【酸】+【分離】+【衝撃波】……指弾!
「【インパクト】っ!!」
エリィが攻撃したと同時に発射。
:逃げて!
:まずいって
:おい見ろ
:やばい
8つの第一関節から上の指が弾丸のように飛び、彼女の後ろから攻撃を仕掛けようとしたモンスター全てに命中した。
:!?
:!?
:は
:え
:なんか飛んできたw
:青い弾丸飛んできたんだがwww
:え、なに今の
:いきなり吹っ飛んだぞおい
「よ――っし! まずは1体目! ……ん? みんなどうした?」
ガイアガルーダを倒しガッツポーズを取ったエリィがようやくコメント欄が爆速に流れていることに気が付いた。
――これでよし、と。
「壱郎くん、次はどうすれば!?」
「あぁ、終わったよ。お疲れ様」
「おっけー、お疲れ様! ………………ん? お疲れ様?」
壱郎の言葉に元気よく返事するエリィだが、ふと辺りを見回してみる。
さっきまで強敵だらけだった部屋は……気が付けば既に静寂なものとなっていた。
:は?
:えw
:どゆことw
:なんでぇ…?
:え、こわ
:えええええ
:???
:カメラバグってますよ?
:ワイの時間消し飛ばれたぞ
:マジか
:ありえないっておい
「えっ……えぇっ……??」
この間、20秒程度。
強敵揃いのモンスターはあっという間に消えてしまい、エリィもリスナーも困惑することしかできない。
「すまない、エリィさん」
そんな中、至って通常運転な壱郎がペコリと頭を下げてきた。
「モンスターが多かったから、加減ができなくて死体はほとんど残ってない。剥ぎ取りは難しそうだ」
「え、あ、うん……それはいいんだけど……いいんだけど……」
呆気にとられた表情で辺りを見回したエリィがおそるおそる壱郎に訊いてみる。
「あの……倒しちゃったの?」
「え、うん」
「……全部?」
「もちろん……え、倒しちゃマズい敵、いた?」
「い、いや、そんな敵いないんだけど……15体くらい、いたよね?」
「そうだな。まあ、20秒もあればちゃんと倒せるよ」
――いやいやいやいや。
大したことないという風に語る彼だが……心の中で全力否定。
エリィは壱郎という最強のサポートを借りて、20秒程でAランクモンスター1体を倒せた。エリィとも相性が良い相手だった。
それが早いのか遅いのかわからないが……少なくともその他15体を軽く倒せる壱郎は、早すぎるなんてレベルじゃない。あまりの実力差に嫉妬を通り越して、恐怖してしまう。
:ヒエッ
:はえー冒険者ってこんなすごいんすねー
:いや無理やwww
:もうこいつだけでいいんじゃないかな
:やっぱりおかしいよ壱郎ニキw
:山田ぁ!…おま、人間かぁ??
:エリィ、ポカーンとしてて可愛い
:化け物すぎるw
:なんでこんな奴が今まで表に出てこなかったのん?
困惑まみれのコメント欄がなによりの証拠。数々の冒険者を見てきた人たちも、壱郎以上の実力は見てきたことがないようだ。
「あと体質上の関係で、カメラから隠れて戦闘した……見せ場シーン潰しちゃってすまない」
「……ううん」
とマイクに拾われないように小声で謝ってくる壱郎だが、エリィは首を横に振る。
「十分だよ、撮れ高」
「へ? でも……」
「戦闘シーン映ってなくても……いや映らなかったからこそ、十分すぎる撮れ高だったよ」
「……?」
彼女の言ってることがわからず疑問符を浮かべる壱郎だったが、あまり深く考えないようにした。
「さて、と。エリィさん、少し休憩するか? 配信始めて1時間は過ぎてる」
「あっ……もうそんなに経ってたんだ」
ふと気が付けば時刻は既に19時を回っていた。
これはエリィが体力が化け物だから気づかなかったからではない。いつもは30分に一度は小休憩を挟むようにしているのだが……壱郎といると体力を使わな過ぎて、そこまで動いてないのに時間が経過してしまっているのだ。
このまま彼といると、今までの攻略に戻れなくなっちゃうな――なんて苦笑しつつ、ウエストポーチから小袋を取り出す。
「はい、壱郎くんもどうぞ」
「? これは?」
「えっ? エナジーメイト……ただのバランス栄養食だけど」
「へぇ、最近の食事はすごいな」
「10年前からあるけどね?」
:壱郎ニキ古くて草
:おっさんか!
:おっさんでも知ってるやろこれはw
なんてコメントもあったが、壱郎からすれば初めての食事。外袋はスライムの材質を使用しているようで、衝撃で中身が崩れないようになっていた。
黄色いスナック棒を一口齧り……壱郎は驚愕の表情を浮かべた。
「え、うまっ……めっちゃ美味いね、これ」
「……そう、かな?」
「うん、美味いよ。味がしっかりついてるし、飽きないし。なにより食感がすごくいい」
「……これ、他にも味があるの。チョコ味とかバター味とかベリー味とか」
というエリィの付け足しに、壱郎は「え?」とまじまじとエナジーメイトを見つめる。
「……これ、もしかして高級食品?」
「いや、超安いよ。大特価だよ」
ただのバランス栄養食を高級食品と認識するのは、エリィの人生で彼が初だった。
「……ふふっ」
「ん?」
夢中でがっつく壱郎を見て、思わずエリィは笑みを浮かべた。
「なんか壱郎くん――可愛いね」
「へ? 可愛い? どこが?」
「エナジーメイト一つでここまで美味しそうに食べるのって、部活帰りの中高生くらいだよ?」
それはさっきまでAランクモンスターを蹂躙していた彼とは違い、どこか親近感が湧く印象である。
「うーん……エリィさん、男として『可愛い』は素直に嬉しく思えないな……」
「でも可愛いの。あと、ずっと思ってたんだけど呼び捨てでいいよ。壱郎くんの方が年上なんだし」
「いや、そうは言っても……女性とは適切な距離感をだな」
「……そういう初心なとこも可愛いね、壱郎くん」
「えぇー……」
:なんか可愛く見えてきた
:ちょくちょく子供みたいでかわいいw
:可愛いぞ山田ぁ!
「ほら、みんなもそう言ってるよ?」
「……これは悪ノリってやつじゃないか?」
突然の可愛いコールがコメント欄を埋め始め、壱郎はそっぽを向く。
壱郎自身、他人から褒められることなんて一度もなかったので照れくさいという部分もあるが……この可愛いという流れが変わらないかな――なんて思っていた時。
――ピーピーピーピーピーッ!
タイミングを計ったかのように、けたたましい着信音が鳴り響いた。
「もしもし」
『お兄、見つけたよ』
電話に出ると、相手は百合葉だった。
「あぁ、ありがとう。で、あの三人組は誰なんだ?」
『いや、詳細は後で説明する。それより急いだほうがいい』
「……? どうした?」
何故だか急かしてくる妹に壱郎は疑問符を抱く。
だが彼女の次の一言によって、事態の深刻さが理解できた。
『信号機三人組、未知のモンスターと出会ってる……おそらくSランクモンスターだよ』
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