第18話 Lv.1 vs Aランクモンスター
「あの人たちの気持ちさ……わからなくもないんだよね、私」
「ん?」
深層攻略を進めること数分。ふとエリィがマイクに拾われないように話し出した。
「私も知らない名前だったから個人勢なんだけど……企業に所属してない配信冒険者っていうのは、話題性こそが最大の武器なんだよ」
「話題性、ねぇ……」
「ほら、私が壱郎くんを誘った理由。覚えてるでしょ?」
彼女が誘ってきた理由――それは壱郎がLv.1だから。
Lv.1というだけでも話題に上がるだろうが、Sランクモンスターをも倒せる強さ――つまり話題になるような要素を持っていること。
「誰だってみんなから注目の的になることを夢見てる。やり方こそ気に食わないなって思うけど、動機としてなら十分わかる――だから、あまり荒れるようなことを言いたくなかったの」
「……ふぅん」
壱郎にはまだわからないが、彼女なりの信念があるようだ。
「さてと……深層なのに全然モンスターいないんだね?」
「あぁ、なんか一箇所に集まってるっぽいぞ。道なりにいけば、落ちていった三人組の方と合流できるよ」
「ならよし、まずは人命救助だっ!」
今度はマイクに聞こえるように会話をする二人。
エリィが最初の三人組と合流したいのには理由がある。
まず、戦力の増強。未開拓エリアは何が起こるのかわからないし、どんな強敵が潜んでいるのかもわからない。壱郎さえいれば問題ないとは思うが……彼らも冒険者ならば、足手まといになるわけでもないだろう。
次に冒険配信者界隈ではあるあるの突発性コラボ。相手が配信者グループであるのなら、この深層で必ず配信しているはず。向こうがどんなことを考えているのかまではわからないが、注目されるという点で断るなんて選択肢はなくなるはずだ。
暗い一本道を進んでいく。その途中、ふと壱郎が立ち止まった。
「……? どしたん壱郎くん?」
「エリィさん、身を屈めた方がいい。揺れるぞ」
「へっ? なにが――ぅわ、わっ!?」
エリィが首を傾げているうちに、それは始まった。
突如地震のような揺れが起こり、ダンジョン全体に地鳴りが響き渡る。
:地震?
:待って、ヤバくね?
:埋まるのでは?
:二人とも逃げて!
――【粘着】!
地面と手足の接地面を液状化し、自分の身体を固定。激しい揺れに立っていられず、同じ体制で屈んだエリィにも薄く伸ばした粘着性の液体を付着させ、震動で飛ばされないようにしておく。
震動は数分間続いた。何かが動くような音が聞こえ……徐々に揺れが収まっていく。壁にヒビが入ってない辺り、生き埋めになる心配はなさそうだ。
「……ふぅー。もう揺れないみたいだな」
揺れが完全に止まったのを確認した壱郎はゆっくりと身を起こす。
「エリィさん、無事か?」
「う、うんっ。平気、だけど……」
壱郎の問いにエリィはしっかりと答えるが、なかなか立ち上がる気配がない。
――あっ、そうだった。動けないのか。
「ほら」
と壱郎がエリィの元まで歩いていくと、手を取る。カメラの死角から液状化させた粘着スライムを回収し、彼女をそのまま起き上がらせた。
「あっ……えと、ありがと」
「どういたしまして」
お礼を言われるが、壱郎はあくまで自分の身体の一部を回収しただけ。それより正体がバレてないかの方が心配で、騒ぎになってないかとコメント欄を見てみる。
:近い
:近い
:離れろ山田ぁ!
:燃やすぞ
:エリィに近づくなボケェ!
:誰かーマッチとガソリン持ってきてー
「…………」
別の意味で荒れていた。
「配信は……うん、続いてるね。今の揺れなんだったんだろ」
「うーん、恐らくなんだけど――」
と。
揺れの原因を壱郎が語ろうとした、その時……何かが歩いてくる足音が聞こえ始めた。
「……え」
現れたのは2m強の巨体。
全身が筋肉質で、顔が牛のような顔立ち、手に持っているのは巨大な斧。そして――全身真っ赤な皮膚。
――レッドミノタウロス!
通常種のミノタウロスは土色に近い皮膚をしているCランク最強モンスター。一人で倒せれば一人前だと認められるほどの力だ。
だが……エリィたちの前に現れたのは赤いミノタウロス。通常種より強靭な肉体を持っていて、攻撃力も比べ物にならない。
故に呼ばれた名は『レッドミノタウロス』――高レベルではないと倒せないと言われるAランクモンスター。
:赤ミノ!?
:レッドはやばい
:Aランクモンスター!
「え、あれ……!? 壱郎くん、この道はモンスターいないんじゃ……!?」
「そのはずだったんだが……やっぱり、そういうことだよな」
突然の接敵に戸惑いつつも、エリィは大剣を抜いた。
「まあ出会っちゃったもんは仕方ない! やろう、壱郎くん!」
「了解」
――ドパンッ!
「へっ……?」
戦闘態勢を取ったのも束の間。目の前にいたミノタウロスは一瞬にして消滅してしまった。
壱郎は小さな煙を上げた拳を開くと、現状を確認して頷く。
「うん、よし」
「『よし』じゃねぇぇぇぇぇえええっ!!」
エリィの絶叫がダンジョン内に木霊した。
「え、どうした急に」
「いやいやいや! 相手、Aランクモンスターだよ!? なんで微塵も残らずワンパンしちゃってるの!?」
「えっ……あぁ、配信の見せ場ってやつか? いや、でも――」
:!?
:!?
:えぇ…
:ちょwワンパンwww
:攻撃見えなかったんだがw
:赤ミノくん突然の消失、ちょっと目を離してたワイ困惑
:お前絶対Lv.1じゃないだろwww
:皆さん、これが壱郎ニキです
「――結構反応いいみたいだぞ?」
「そうじゃない! 剥ぎ取り! 跡形もなく倒しちゃったら意味ないじゃん!」
「今まで剥ぎ取りしてきてないような」
「それはCランクモンスターだからだよぅっ!」
どうやら今まではCランクモンスターなので剥ぎ取りをしてこなかったが……流石にAランクモンスターとなれば、きちんと剥ぎ取りしたいらしい。
「それと、あの台詞は!? ちゃんと言うって約束!」
「えぇ……いやほら、今回はこっちから戦闘仕掛けたもんだし、発言的におかしいかなと」
「そんなん構うな、文法なんて捨てちまえ! モンスターと目が合えば戦闘の合図!」
「どこぞのゲームとそっくりの台詞だな……」
壱郎は小さなため息をつきつつ、「わかった」と手を挙げる。
「次は上手くやる……というか、これだけ騒げば近くにいたもう一体も来てくれるだろうし」
「もう一体……?」
首を傾げてるエリィに壱郎が指さすと……やってきたのは、同じくレッドミノタウロス。
「……え、なんでー? 壱郎くん、この道にモンスターはいないはずなんじゃー?」
「…………」
テイク2。
先程と同じ反応をするエリィだが、どこか棒読み感が否めない。
「まー出会っちゃったもんは仕方ないなー! やろう壱郎くん!」
と言いつつ――壱郎に向かってウインク。『次はちゃんとお願い』と言っているかのようだ。
「……あー」
その合図に気が付いた壱郎は微妙な表情を浮かべる。
エリィ曰く……冒険配信者には『決め台詞』なるものが必要らしい。なんでもリスナーにキャラ付けできるので、覚えてもらいやすいようだ。
よってエリィとの相談の上、戦闘に入る為の動作と一番マシだと思った台詞を戦闘前に放つことが今後の約束となった。
少し躊躇いつつも、赤いネクタイを少し緩めると――バサリ。結び目を左側に回した。
左側に回されたネクタイはまるで赤いマフラーのように
「……今からお前は倒される。俺に手を出したからだ」
――うわ、はずっ。
口に出してみて、壱郎自身がそう思った。これを毎回やらなくちゃいけないのかと思うと、どんなに強いモンスターを相手にするよりも辛いかもしれない。
対するエリィはとても満足そうな笑みを浮かべた。どうやら本気でカッコいいと思っているようで、チラリとリスナーの反応を見てみる。
:ダッサ
:ダッッッ!
:だせぇw
:かっこつけwww
:どうした急に
:はずっw
:手を出した(笑)
「よぉし。今笑った奴ら、名前覚えたかんな? 後で全員独裁スイッチしてやるからな??」
「エリィさん、戦闘戦闘」
本気でカッコいいと思った決め台詞を笑われ、エリィの殺意がミノタウロスからコメント欄へ向けられた。
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